第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その29
……ジーンはいいヤツだな。そして、やはり賢くて冷静でもある。『自由同盟』がその内、バルモア連邦と手を組むだろうってことを予想しているし……オレがガルーナを取り戻した後……いつかバルモアと戦う日が来ることも理解している。
それでも冷静になれと諭してくれてもいるのさ。そうでなければ、帝国打倒もガルーナ奪還も成し遂げられないから。やがて……その未来が来た時に、アリューバは力を貸してくれると心強い言葉と共にな。
……ある意味で、オレよりも大人のトコロがある。若くして海賊たちの首領をやれるだけの器と才覚を持ってはいるんだよ。
バルモアのタカ派、帝国への恭順を拒み、独自の野心に邁進するであろう勢力。そいつらが望むのは、帝国からの分離―――自分たちだけのバルモアを取り戻そうとしているヤツらだ。かつてのように領土的野心に取り憑かれた勢力、ガルーナを滅ぼした連中だ。
ファリス帝国を倒すためには、そんなヤツらの力も借りなくてはならん……現実的ではあるし、オレにとってそれは大いなる屈辱でもある。
敵を倒すために敵と手を組むか……ろくでもないハナシじゃあるが、世の中ってのはまぎれもなく、ろくでもないモンだしな。
そんな世界を生きて行く上で、頼るべきモノは?
ヒトとの絆であるのも、まぎれもない真実だったよ。
ろくでもない世界で、信じられる絆があるということはありがたい。『パンジャール猟兵団』の『家族』たち。そして、『アリューバ海賊騎士団』の友人たち。最高に頼りになる力だよ。
慣れぬ地上での戦いに疲れ果てているジーンは、部下である海賊たちと共に地上を引き上げていく。海の生き物たちは、海に戻るのさ。勇敢な海賊たちは、何人も死んでいたし、皆がズタボロになっている。
彼らは死者を肩に乗せて運んでいくのさ。オレは勇敢なる友人たちのために竜太刀を掲げ、彼らのくれた『勝利』を讃えたよ。
『アリューバ海賊騎士団』がいなければ、今の状況は作ることが出来なかっただろう。密かに潜入しての工作となったさ。命の危険も犯すことになるし、何よりも時間をムダに費やすこととなったはず。
彼らの活躍のおかげで、『北天騎士団』も『バガボンド』も大きな被害を免れている。最高の結果をくれたのさ、我が友たちはな―――。
「―――団長。無事でありましたか」
キュレネイ・ザトーが現れる。『予言』を心配しているのか?……いや、そうじゃないか。ただの心配か。
「ああ。お前も無事だな、キュレネイ」
「イエス」
そう言われても確認するよ。返り血まみれの無表情な美少女を見る。『戦鎌』を抱えた長い腕、あの細身の体、水色の髪に赤い瞳……たしかにどこにも傷が無さそうだ。
「みたいだな」
「ふむ。舐め回すように体を見られてしまいました、これが視姦でありますか」
「人聞きが悪すぎることを言うなよ」
「冗談であります。我々は無事です。おそらく、ゼファーが最もダメージがあると思うでありますが、リエルの側でノドをゴロゴロ鳴らしているであります」
城塞の上から地上を見下ろす。
たしかに、ゼファーの周りにはリエルを始め『パンジャール猟兵団』とカーリーの姿が見えた。ああ、ジグムントもいる。ロロカ先生がジグムントと作戦会議中のようだ。リエルはナイフを使って、ゼファーの体から矢を抜いてやっている。
誇らしげな表情をしていたよ、オレの恋人エルフさんは。我が仔の勇猛さを褒めているのさ。ゼファーはノドをゴロゴロ鳴らしてはいないが、疲れた身体を地上に寝かせて、瞳を細めている。
ミアとカーリーがゼファーに取りついて動いている、矢傷にエルフの秘薬を塗り込んでいるのようだ。ゼファーはその行為に幸せを感じている。『家族』に傷を診てもらえることを喜んでいる―――野生では、味わうことのなかった優しさだ。
孤独であることの強さもあるが。
多くの者と交わることで得られる強さもあるのさ。
そいつを確かめたからか、口元が歪む。
「……団長は、ときどきイケメンのように見えますな」
なんだか心外な言葉を耳にする。
「ときどきかよ?」
「イエス。いつもは目が鋭すぎて、獣のように見えるであります。でも、たまにやさしげに微笑むと、じつは顔の造りがそこそこいいことに気づける」
「いつもヘラヘラしてるような生き方しちゃいないさ。オレは、ガルフみたいに器用じゃないんだぞ」
「……イエス。でも、団長とガルフじーさまは違う人物なので、これはこれで良いでありますぞ」
「そうかよ。褒められて嬉しいぜ」
「ふむ。両手放しで喜んでおられる様子ではありませんな。私のような美少女さんに褒められているというのに。もっとデレデレとするのが定石では?」
両手放しで喜べるような褒められ方でもなかったような気がするしな、ときどきイケメン。ふだん、獣って言われようはな……。
「喜んでいるよ」
「そうでありますか?……最近は、ちょっとヒトさまの感情が分かるようになって来たような自覚があるでありますが……今の団長は……あれ。喜んでいるときの顔面でありますな」
「ククク!……またイケメンになっちまっていたか?」
「イケメン・モードではないでありますが、好ましいタイプの顔面であります。それは私のための顔面であるような気がしますので」
「そうだ。お前のための顔面だよ」
他人様の感情が分かるようになって来たか―――3年前、拾った時には人形みたいだったのにな。そんなセリフが聞ける日が来るとは……ガルフが生きていたら、ニヤリとあの人間族のくせにドワーフみたいに大きな牙を見せながら笑っただろうよ。
キュレネイのための顔面に、いつもの無表情の美少女フェイスを近づけて、じーっと観察しているキュレネイを撫でてやるのさ。
「セクハラでありますか?」
「いや、もっと優しげなタイプの行動だ。こう、愛しい子供を撫でるパパのようなヤツだから」
「なるほど。それならばシアンへの相談は無しの方向で行くであります」
……キュレネイにセクハラすると、シアンが来て無言のままにオレのコトをブン殴ったりするのだろうか?……あの琥珀色の双眸に嫌悪の冷たさが宿り、無言のまま思いっきりビンタとかされるのか?……そいつはドM野郎以外、心が粉々になりそう。
シスコンだけど、ドMじゃないからな。そういうの喰らうのはイヤだよ……。
「オレは、そんなにセクハラとかしないだろ、最近は」
「イエス。初対面で全裸にされて体を洗われたりはしましたが」
「……うぐ。そ、そうだけど。あんときは痩せすぎてボロボロで、男か女かも分からなかったしな」
「その発言もセクハラであるよーな気がするであります。キュレネイさんのハートは、ぷんすかですぞ」
「美少女サンだぜ、今は」
「ふむ。それこそが正統な認識でありますな」
そう言いながら美少女サンは『戦鎌』の柄を腕と胸ではさみながら、自由となった両手の指で唇の両端をグイッと上げるのだ。笑うことの出来ない彼女が使う、『キュレネイ・スマイル』さ。
美少女サン扱いされて嬉しいんだろうな。まあ、いいことだ。オレもイケメンっぽいとか言われると、それはそれで嬉しくもある。
「さてと、移動しようぜ」
「イエス。団長……今夜は、私がずっとその背中に張りつくであります」
「……『予言』のことは気にするな」
「……信じているであります。それでも、あの城は『北天騎士団』のための城……強者が待ち構えているような構造。今夜は、私が同行するであります。それならば、団長も心強いでありますし―――皆も安心するでありますから」
「……たしかにな」
「私を頼ってくれると、嬉しいであります。私は、いつも団長を頼っているでありますから、おあいこになりたいでありますな」
「頼ってくれているのか?」
「イエス。やれやれ、気づいてもらっていないとは。団長は、とっても鈍感なのでありますな」
「そうか?ヨメを4人も娶った恋愛マスターだと思うんだが?」
「他の者ならば、大爆笑モノの発言でありますぞ」
「……ヒトさまを笑わせられるのなら、悪くないぜ」
「なるほど。レイチェルも同じようなコトを言っていたであります」
「……彼女のは、感動させるとか技巧を見せつけて笑顔にするヤツで、オレの滑稽さを使うタイプの笑いとは違うかもしれんがな」
「笑顔は難しいであります」
「そのうち、笑えるようになるさ。エルゼも言っただろ?お前のダメージは回復して来ている」
「ふむ。そうなったら、いい笑顔を最初に見せてあげるでありますぞ」
「ああ。そいつは、何よりも嬉しいコトの一つさ」
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