第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その30
オレはキュレネイに背中を守られながら、ジグムント・ラーズウェルがいる場所に向かう。そこには猟兵たちもいるからな。
硬く閉じられていた城門もこじ開けられて、今では苦労することなく『岸壁城』に誰もが入って来ることが可能だった。すでに『ノブレズ』の町は『北天騎士団』の制圧下にある。
戦力で劣る帝国軍は、こうなることを理解してはいたはずだが……バシオンの計算よりも、はるかに早い敗北だっただろう。まさか、『岸壁城』の岩壁を破壊されるとは、さすがに想像もしていなかったさ。
戦況は有利ではあるが―――それでも多くの敵兵が『岸壁城』の本丸に立て籠もっている。6階建てで頑強そのものに見える、四角い要塞。小高い丘のような大きさがあり、忍び入ることが可能な窓も無い。武骨なまでの岩の固まりだ。
「……難攻不落の要塞ですが、我々は包囲しています。ホフマン・モドリー氏から提供された情報と北天騎士たちの記憶に基づき、侵入経路も複数確保しています」
ロロカ先生がその見取り図を皆の前に広げた。ホフマン・モドリーが描いた、『岸壁城』の内部構造が記されたものだよ。
「地上の固く閉ざされた門ですが、ここには現在、破壊するために人員を割いています」
巨大な丸太を何人もの戦士たちが抱えて、そのまま突撃していく。ドシンッッ!!……と、腹の底まで揺さぶられるような音が響いている。有効な破壊ではあるだろうが、しばらく時間がかかりそうだな。
上空から矢も降ってくるから、その対策をしつつの攻撃になる。どうしたって時間を要してしまうな―――。
「―――入り口の前には段差があり、入り口は硬い岩の壁の奥にある。丸太で突撃するには、少々、やりにくい形状ですね。効率的ではない。ですが……あの行動は、敵の人員を割くことにつながるという意味でも実行する意味はあります」
たしかにその通りだ。あの正門だって、いつかは破られる。それが遅いか早いかは帝国軍にも予測することは困難だ。それに備えるためにも、相当数の兵士をあの正門の裏側には配置しているだろうさ。
「前面に5つある門に対しては、同等の作業を実行しています。どれもが、そう容易く開かれることはないでしょうし……開いたところで、そこを通り抜けることは困難です」
「でも、人員を割けるということですね、ロロカ姉さま?」
「そうです。敵の数は、そう多くはありません。あの巨大な要塞のなかに1000人ほどはいるでしょうが……分散させることで、突破すべき数は減ります。そして……敵の知らない進入路もある。それが、私たちの『本命』です」
ロロカ先生の指が見取り図を指差す。
そこにあるのは、地下からの道だった。
「……『岸壁城』の地下には、本丸に対しての潜入に使えるルートが複数存在しています。分厚いレンガと岩の壁で、本丸の地下とそれ以外の施設は区切られているわけですが、構造的な『弱点』もあえて造られています」
「えー。『弱点』をあえて造ったの?」
「なんだか、おかしくないかしら?」
「考えようですね。この『弱点』は、本丸がいよいよ追い詰められた時、そこから本丸の外へと北天騎士たちを包囲の外へと脱出するための『薄い壁』なのです」
「もしもの時に逃げたり、敵の裏をかいて攻撃を仕掛けるために、『穴を開けやすい場所』を造っていたんだ?」
ミアが正解を語る。ロロカ先生は微笑みながら、ミアの賢い頭をナデナデしていたよ。
「そういうコトです。それらの『弱点』に対しても、『バガボンド』のドワーフ兵たちが削岩作業を行っています。敵に悟られないように、錬金術で造った岩を融かす薬品を用いながら、コツコツと削っています……近いうちに開くでしょう」
「そのルートも5つあるぜ……オレたち『北天騎士団』の精鋭たちが突入するには、悪くないルートだ」
「ち、地上からの5つと、地下からの5つ……敵の数を、分散することが出来ますね!」
「ウフフ。良さそうな策ですわね。でも、ロロカのことですから、それ以上の策を考えているハズですわ」
「えー。これ以上の策?」
「あるかしら、ロロカ?」
「……はい。我々にはゼファーがいますから。本丸の屋上は竜と戦うことを想定はしていません。せいぜい、カタパルトで巨石をぶつけられた時のダメージ耐える程度の構造です。他の部位……自然の岩壁を利用して造った場所に比べて、あきらかに脆弱」
「―――そこに、穴を開けるってわけね?」
……見かけないと思っていたら、アイリス・パナージュお姉さんが姿を現した。
「アイリス、どこに行っていたんだ?」
「会えなくてさみしかったかしら、それとも心配させたかしらね、サー・ストラウス」
「君たちが死ぬとは考えていないよ」
「まあ、しぶとさも売りですからね」
「……それで。何をしていたのだ、アイリス・パナージュ?」
「フフ。大人の仕事を少しして来たところよ」
「むう。何をして来たというのだ?」
「『ノブレズ』の議員をね、北天騎士たちと共に縛り上げたの。そして、議員たちに用意していた文書に署名させているのよ」
「まあ、脅しているのかしら?」
「ちがうわよ、レイチェル。私たちは、『拒んでもいい』って言ったのだけれど、皆、気分よくサインしてくれてるわ。人間族のオジサンたちって、合理的よね。自分が死ぬかもしれないと考えたら、政治的信条なんて一秒で逆転しちゃうもの」
「……なんとも同じ『ベイゼンハウド人』として情けないハナシではあるがなぁ」
悲しげなため息を吐く、ジグムント・ラーズウェルがこの場にいたよ。態度を変えた『ノブレズ』の議員たちのことが気に食わないらしい。カッコいい行動とは呼べないが、でも、我々には好都合ではある。
「仲間に戻るってんだ。受け入れてやれよ、ジグムント」
「……状況次第で、すぐに敵に寝返りそうではあるがなぁ」
「そうなったら。今度こそ問答無用で殺せばいい。裏切りを許してやるのは、一度だけでも十分過ぎる」
「……そうだなぁ。まあ、ヤツらにもそれなりの大義名分はあるのだろうが、二度は許してやる必要もないか」
人間族の議員たちだって、自分と『ベイゼンハウド』が豊かになるかもしれないと持ちかけられたら、帝国になびくこともあるだろうよ。
皆、豊かにはなりたいもんだからな。ヒトは自分が豊かになるためなら、他人を幾らでも犠牲にすることが出来る動物だから。
極めてヒトらしい行動をその議員たちは行ってはいるのだが、責任を取らされる日が来ることもあるのさ。
「私たちはムダな殺生は好まない。でも、親帝国派の筆頭だった都市代表の方には、消えていただいたわ。悪いけど、そこは譲れないトコロなの。交渉上手な方だから、生かしておいても、こちらの害にしかならないものね」
「……それをオレに語る必要はあったのか、アイリス・パナージュ殿?」
「ええ。どうせバレるでしょ?……理想的な関係性を保ちたいから、白状しているの。本来ならば『ベイゼンハウド人』が殺すべき人物でしょうけど。裁判を待っているほど悠長にしてはいられないわ」
「オルドリンは……たしかに、帝国の犬だったが……だからこそ、オレたちで処分すべきだった男だ」
「……分かってる。前もって相談したら、そう言われて仕事が遅くなると判断して、しなかったの。でも、これ以上は誰も暗殺しないから、許してもらえないかしら?」
「……ジグムント。彼女を許してやれよ。アイリス・パナージュは無意味な殺しを好まない。彼女の判断は、おそらく正しいぞ。口が上手い帝国の犬を生かしておいても、我々のためにはならん」
「……そうかもしれんなぁ。まあ、いいさ。オレも、目の前にオルドリンがいたら、斬り殺しただろうから」
「そうだと思うわ。自己弁護に長けたヒトよ。『ベイゼンハウド人』にも、いるのね。男らしくない男」
「君のおかげで減ったよ。『ベイゼンハウド』の人々から賞賛してもらえるんじゃないかね」
「そうだと嬉しいけれど、表舞台の注目を浴びることには興味はないわね。まあ。ともかく、都市代表が不在となったおかげで、議員たちから新たな都市代表が選ばれたわ。ザックス・ゴルドバ都市代表……『北天騎士団』ね」
「『隻腕のゴルドバ』か」
「勇猛果敢で知られた方。帝国に対しては、反抗も同調もしなかった中立派でもある。私たち『自由同盟』としては理想的ではないけれど、反・帝国派の議員が誰もいないから、彼でベター。彼もサインしたわよ。『ベイゼンハウド軍』に対しての、撤退命令書に」
「……なるほど。そいつがあればハイランド王国軍と対峙している『ベイゼンハウド人』部隊には、戦に参加する大義が消えるか」
「オルドリンと『ノブレズ』議会の命令で、徴兵および志願兵として帝国側の兵力に組み込まれて戦に参加しているけれどね。この文章があると、彼らの義務も保証も全て消える。戦でどんなに活躍しても、帝国は彼らに何も与えてやれない状況になるわ」
「あくまでも『ベイゼンハウド』の兵力ですからね。彼らは、法的には帝国人ではない。それを送るのですね、アイリスさん」
「ええ。一つはハイランド王国軍と対峙している帝国軍に。もう一つは『ベイゼンハウド人』部隊の人々に。あくまでも法的な根拠でしかないけれど、彼らを混乱に陥れることぐらいは出来るでしょうから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます