第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その28
城塞の制圧はほぼ完了しつつあった。敵の弓兵を多く排除したことにより、ハシゴとロープを登り、次から次にこちら側の戦士が『岸壁城』の内部にやって来るからな……人手は十分に足りているのさ。
北天騎士たちもバテ始めているが、その後を担うための新たな戦力が次々にやって来るからな……帝国兵どもは、すっかりと怯えてしまっている。圧倒的な戦況だと判断したセルゲイ・バシオンは、そろそろ合図をするかもしれない。
敵の弓兵を斬り殺しながら、そんなことを考え始めた直後だった。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!
角笛が鳴り響いていた。ジーンが笑顔になる。かなり疲れているようだし、あちこち手傷を負っているようだから安心したのかもしれない。これ以上、前線で戦わせていると、深手を負わされるかもしれんな……。
「……敵サン、これで本丸に逃げ込み決定ってカンジかな?」
「そうだろうな」
この猛攻に兵が呑まれることをセルゲイ・バシオンは嫌ったようだ。帝国兵たちの怯えも悟ったのかもしれない。戦意を失いつつある兵士に、『北天騎士団』が止められるはずもない。
城塞の最奥、『岸壁城』の本丸に対して敵兵たちが撤退して行く様子が見えた。それはそれで命がけになるがな、『北天騎士団』の本領は、守り切り……退却する敵に対して強烈な反撃を繰り出すところにもある。
この絶好の機会に、そろそろ尽きかけていたはずの体力と気力が反応する。北天騎士たちが更に前進し、逃げようとしていく帝国兵どもを血祭りにしていったよ。
……もしも、あの北天騎士たちの全員が健康体のままであったなら―――この撤退をより深く追撃して全員を蹴散らしていただろうな。
そう考えると違和感を覚えるよ。
「……どうにも、セルゲイ・バシオンの趣味ではない気がするぞ」
「え?そうなのか?……オレには定石通りに見える。帝国軍ってのは、常識的だろ?」
「お前は陸でバシオンの兵士たちと戦っていなかったな……」
「猟兵ソルジェ・ストラウスの直感かい?」
「ああ。ただの勘だがな」
「アンタの勘なら信じるべきだよ。オレは知っているんだ」
えらく信頼されているようで何よりだ。ジーンはサーベルを鞘にしまい込みながら、撤退して行く敵を疲れた貌で睨みつける。
「それで、この状況の何が変だって言うんだ?」
「……バシオンは、部下に徹底させていた。北天騎士を相手に『退くな』、と」
「なるほど。彼らはタフだから、攻撃をしのいでからの反撃も強いってことか」
さすがに頭の回転が速いヤツってのは違うぜ。見たコトのない状況も、的確に予想することが出来るんだからな。『北天騎士団』の『得意戦術』、そいつをジーンは把握しているのさ。
相変わらず、有能な頭をしていやがるぜ。そんな賢いジーンが、両肩をすくめる。
「……じゃあ。たしかに変だよね?……あいつら、全員が同時に撤退を開始している」
「……そうだ。『北天騎士団』と長く戦って来たバシオンならば、全軍を同時に撤退させれば、『北天騎士団』に後ろから呑まれると考えたはずだ」
「でも……現実には、上手く行っているように見える。かなり敵に被害は出ているが、オレの見立てじゃ、前衛部隊を残して撤退するのと、同じような結果か……あるいは、よりマシな結果じゃないか?……北天騎士たちは、もうバテている。追撃のための脚が出ない」
「そうだ。バシオンの策以上のコトを実行した。つまり入れ知恵したヤツがいる」
バシオンの戦術ならば、北天騎士たちもより多くを仕留めたような気もしている。古株の北天騎士たちも、バシオンとの戦い方を熟知しているからだ。ジグムントたちは、バシオンらしくない動きに戸惑いと警戒を強めたのかもしれんな。
「……指揮官であるバシオンに入れ知恵するヤツか……それって、例のヤツらか?」
「……そうだと思うぜ。『北天騎士団』の疲弊を、医学的なレベルまで理解しているヤツらがいる」
「帝国軍のスパイか……」
「そして、かつて『北天騎士団』だった男もな」
「ジークハルト・ギーオルガってヤツか……剣の名人らしいな」
「ああ。そいつがいれば、ジグムントが率いている北天騎士たちの年齢も実力も予想がついただろう……」
「……スパイは捕虜たちで北天騎士の体調を知り尽くしているし、ギーオルガは『北天騎士団』を知っている。『疲れ具合』を予想するのは、難しくないか……」
「『北天騎士団』の戦力は、敵に筒抜けの状態と考えるべきだろうな。どれぐらいの戦力が限界以上に暴れてしまっているか……それを敵は把握し、分析している」
「アイリス姐さん並みに賢い敵のスパイか……イヤなヤツらだな」
「アイリス並みかは分からないが、かなり厄介だ。そして。バシオンらしく、単調な策を実行しようとしているのも、分かりやすさがある。敵の結束を強めるだろう」
「『立て籠もって時間を稼ぐ』……その一つだけだね。仲間が駆けつけて来るのを待てる余裕が帝国にはあるから」
「……とにかく、オレはジグムントのトコロに向かう」
「……オレたちアリューバ海賊は、ここから先はお役御免かな。バテちまっているし、陸でのケンカは苦手だ……それに」
「バルモアからの敵船の接近に備えるか」
黒髪の生えた賢い頭が縦に動いていた。ジーンは東の海に視線を向けている。
「北海の敵はほとんど倒しているからね。来るとすれば、バルモアの連中だろう。オレはもしもに備えて、仲間を連れて船に戻ろうと思う」
「分かった陸のことは任せてくれ」
「ああ。オレたちは海の方を守るよ……『岸壁城』を陥落させたとまでは言えない状況だが、『アリューバ海賊騎士団』は伝説を破ったぐらいの活躍はしただろ?」
「いい仕事をしてくれた」
「うん。サー・ストラウスも気をつけろよ……あの城に乗り込むつもりなんだよね?」
「当然な。バシオンに立て籠もりを続けられるほどに、敵の援軍が駆けつける確率が高くなる……バルモアの戦力を受け止められるほど、『ベイゼンハウド』は回復してはいないからな」
「そう思うよ。それに…………」
我が友ジーン・ウォーカーには言いにくい考えがあるようだ。戦場の夜空を見上げながら、そのオレ以上におしゃべりかもしれない口は沈黙する。
……まあ、ジーンの考えていることに心当たりがゼロってことはない。
一つだけある。
バルモア連邦。オレの故郷ガルーナ王国を滅ぼした連中であるし……ファリス帝国という巨大な戦力を打倒しようと考えた時、『自由同盟』としては、どうしても『仲間』に誘い入れたい勢力ではある。
ヤツらは帝国の一部として機能してはいるが、強い自治と独自の政治思想を有している。ファリス帝国と仲違いしてくれる可能性は、十二分にある連中だ。
「……オレたちはバルモアとの戦を作らない方がいい。今はな」
「そうだね。サー・ストラウス、オレもその考え方には賛成だ。戦の歴史ってのは、必ず繰り返すものだからさ……サー・ストラウスにとっても、ヤツらはいつか敵になるとは思う。でも、今はすべきじゃない……」
「わかっている」
「……帝国は、経済という力でバルモアを取り込んだだけだ。でも、そのことに反感を抱いているバルモア人は多くいる。その勢力はね、ケンカっ早い」
「……バルモアのタカ派か」
「そう。好戦的な連中さ。『ベイゼンハウド』に自分たちの軍隊を置いて、実効的に支配しようと考えている連中もいるだろう……そういう連中に、この国に介入するための口実を与えない方がいいんだ」
「……ああ」
「…………辛いだろうけどさ。サー・ストラウス。オレたちは、帝国に独力で勝てるほどには強くない。でも……いいかい?」
「なんだ?」
「……アリューバはね、何があったとしても、最終的にはソルジェ・ストラウスの仲間だぜ。どの国がアンタの敵になったとしてもさ。オレたちはアンタの味方でいる」
「……頼りにしている」
「ああ。頼ってくれよ。今回みたいにな。オレとフレイヤは、いつだってサー・ストラウスの友人だぜ」
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