第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その22


 戦闘のドサクサに紛れるように、『アリューバ海賊騎士団』の海賊船たちが沖へと戻っていく。彼らのその動きをサポートするために、『岸壁城』に北に向かっていた海賊船が動いていたようだ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッ!!!


 爆音が響き、その直後から夜風に硫黄臭さが混じる―――岬の岩盤をくり抜いて造られた巨大な『岸壁城』。そこに向けて、北の海上に回り込んでいた海賊船が『火薬樽』を撃ち込んでいた。


 ……『囮』として『終わった駒』に見せかける、ジーンの策は帝国兵に機能したようだ。おそらく灯りも消していたのだろうな。港の騒ぎに『岸壁城』の帝国兵たちが慌てている内に接近して、強力な攻撃を与えていた。


 そのおかげで、帝国軍は北の海賊船に再び注意を向けなくてはならなくなる。彼らは『岸壁城』を打撃すると同時に、『ヒュッケバイン号』をはじめ、『アリューバ海賊騎士団』の海賊船たちが港から脱出する猶予を作り出そうとしている……。


 セルゲイ・バシオンは混乱しているだろうよ。北と南、地上と海……港と城塞からの攻撃と、立て続けに部下から報告が入るわけだ。これだけしておきながら、更にオレへと合図を送るのだから、ジーン・ウォーカーも有能な策士サンだぜ。


「サー・ストラウス!!頼むよ!!」


「任せろ!!ゼファー!!空に戻るぞ!!」


『うん!のって、『どーじぇ』っ!!』


 オレはゼファーの背に飛び乗った。ゼファーは敵兵を蹴散らしながら走り、加速を帯びた体を跳躍させるのだ。翼で空を何度も激しく叩き、力尽くでの飛翔を完了させる。美しさに欠く飛翔ではあるが、戦場の混沌ではこれもまた必要だ。


 敵と味方の両軍が入り乱れる地上での戦いを見下ろしながら、ゼファーは『ノブレズ』の上空を旋回する。


『……ぼくたち、かってるね!』


「ああ。戦力で有利だ。この状況を作れた時点で、勝利は確定しつつあった。問題は……あの不敗伝説を持つ『岸壁城』だ」


 町からは坂道を上らなければならない。その坂道には無数の防壁が並び、『岸壁城』の城塞はとりわけ巨大な分厚いと来ている。そこに弓兵が配置されているわけだ。山ほどな。まともに近づけば、矢の雨の餌食となっちまう。


 ゼファーでも通常の速度で向かえば、一瞬のうちに何十本もの矢を体に浴びせられることになるよ。


 鉄壁の城。誰にも落とされなかったというのもうなずける。


「……守りを固められたら、手も脚も出せんと来ている」


『……でも、ぼくたちにはさくせんがあるもんね!……ろろかが、ぶっこわすっていっていたもん!!』


「そういうことだ。無敵の城なんてものは存在しない。攻略する方法は、色々とあるもんだよ」


 ……無敵の歴史が長すぎて、あの岩山みたいに巨大な『岸壁城』は老朽化もしているからな。造られたのは一体どれぐらい大昔なのか見当もつかないが―――その間、敵の侵略と厳しい自然環境に耐えてきた。


 ガルーナもそこそこ地震が多い土地なんだけど、『ベイゼンハウド』もそうらしい。しかも、ロロカ先生のハナシによると、地質が硬い岩盤であればあるほどに、地震の揺れというのは強くなるらしい。


 まあ、そうだろうな。


 大地母神サマの怒りだろうが、あるいは火山活動なのか。原因は色々とあるものだろうが、地面は時たま揺れる。柔らかい土より、石版みたいに硬い土の方が、その上に乗ってる俺たちやら建物にはダメージが大きかろう。


 揺れの強さが増すのさ、硬い土壌ってのは。だから、大地震が来る度に、『岸壁城』も損傷を免れなかった。蓄積されたダメージは多くあるし、真の主である『北天騎士団』ならばともかく、勝手に居座っているだけの帝国軍にはその負傷の歴史が分からない。


 弱点を抱えていることに、気付もしないということだ。


 天才建築家、ホフマン・モドリーの情報が、オレたちをサポートする。大きな改装が施されていなければ……弱点は改善されていない。そこに、オレたちは賭けるんだよ。


 ……少なくとも、正攻法を試すのはリスクが多すぎる。あえて、ゼファーで接近して、ヤツらの注意を引いただけだがな……無数の矢が雨あられと降って来やがる。矢の備蓄がどれだけあるかは分からないが、あの巨大な要塞の倉庫には、何百万本だって入りそうだ。


 モドリーのプランが効かなければ、オレたちは大勢の被害を出しながら、セルゲイ・バシオンとの戦いを繰り広げることになる。


「……よし。そろそろ、いいだろう。海上に出るぞ」


『うん!!』


 『囮』は終了だ。『アリューバ海賊騎士団』に対する敵の意識を削ぎ落とすために、わざわざ、ゼファーで接近してみせた。『火薬樽』も投げて来て欲しかったが、さすがに当たるはずもないと考えたようで、飛んではこなかった。


 地上戦の喧騒に、北の海賊船に、竜―――豪華な『囮』をフル活用しながら、海賊船たちは沖に出ている……。


 ゼファーの翼は楽しそうに空を打ち抜き、海上へと飛び出していた。暗む海のただ中に、意気揚々と走る『ヒュッケバイン号』の姿を見つけた。


 ジーンの部下の海賊たちが、ランタンの灯りと遮蔽板を使い、光の信号を送ってくる。準備は出来ているぞ。その意味を持った点滅さ。海賊たちは、なかなか面白い独自の技術を持っているよな。


 黒い竜の身が夜空のなかで踊り、ゼファーは進行方向を大きく変えた。見据えるのさ、伝説を持つ、竜よりも巨大な相手をな……。


 ……デカいよ。


 まるで山のようだな。


 こんな巨大な要塞を相手にして勝利を得ることは、どんな竜でも単独では出来ない。だが、ヒトと竜が力を合わせることが出来たならば……不可能なことは消失するものさ。


 眼帯をずらしたよ。金色の魔力に輝く、オレとゼファーの竜の眼が『岸壁城』を睨みつける。竜の眼力を持ってしてもだ、そこに『弱点』などは見つけられない。数万年の歳月と風雨、そして衝突してきた氷山なんかに削られた痕跡は見えても、それ以外は見えん。


『……みえないね』


「ああ、全く見えない。これは、あの中を実際に見てきた者にしか、予測することも不可能な『弱点』だ」


『うん。ほふまん・もどりーは、すごいねえ。あのいわやまの、くずしかたまでわかっているんだね』


「職人ってのは、戦士よりも構造物には詳しい。敬意を払うに値する存在だということだよ」


『わかった。もどりー、つぎにあったら、なめてあげる!』


 舐めるか。


 そいつはいい。ホフマン・モドリーにも、竜の良さってものが伝わるだろう。


「さてと。分かっているな」


『うん!おぼえてるよ!……えーと。ひがしがわのがんぺきにある、おおきなたての『はしら』……そのまんなかにあるおおきなひびから、にじゅうめーとるみぎ、じゅうごめーとるした』


 魔眼で見たところで、『そこ』には何も見つけることが出来ないが―――たしかに存在しているらしい。『岸壁城』の最大の弱点。かつての大地震で入ってしまった亀裂が、あの分厚い岩盤の裏側には走っている。


『そこを、まひがしから、まっすぐ、うちぬくっ!!』


「ああ。お前の火球と―――」


『―――『どーじぇ』の、『たーげってぃんぐ』のちからをかさねてね!!』


「そうだ。始めようぜ」


 アーレスの力の宿る左眼で『弱点』を睨みつけるのさ。金色の呪印を刻みつける……それと同時に、ゼファーの胴体が二回り近く大きく膨らんでいく。空気を肺一杯に取り込みながら、『炎』と『風』の魔力を融かし合わせるのだ。


 最速にして最大威力の『火球』で、岩盤を打撃する。


「さてと、伝説を打ち破るぞ!!」


『うん!』


「ゼファーよ、歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」



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