第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その16


「行きますッ!!」


 カーリー・ヴァシュヌがあの沈み込んだ姿勢から、矢のような速さの突撃を見せる。一瞬のうちにジグムント・ラーズウェルの懐へと跳び込んだカーリーは、ジグムントに双刀の乱舞を浴びせていた。


 右の突きから始まり、それからは身を躍るように捻りながらの回転型の剣舞。合計、5連続の攻撃だった。どれもが鋭く、並みの剣士ではその一つでも受け切れない。だが、ジグムントは並みの剣士ではない。


 大小の剣を巧みに操り、銀色を帯びた斬撃を防いでいく―――リーチとパワーの差が、ジグムントの防御を完璧な形にしてしまっているな。カーリーの剣舞が終わる。反撃が始まるな。


 北天騎士の『剛の太刀』。その強烈な斬撃がカーリーに襲いかかって来る。強烈な右の大剣の打ち込み。北海の風を打ち抜くような激しさが闇を奔り、『虎』の双刀が交差して作り上げた防御に命中する!!


 ガキイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!……荒々しく鋼が歌い、カーリー・ヴァシュヌの小さな体が宙に舞う。強打の前に弾き飛ばされたかのようにも見えるが。オレは彼女の『回避』を褒めてやる。


 衝突の瞬間、大剣の威力を分散させるためにあえて自分から跳んだ。しかも、身を回転させることで体にかかる重さを分散している。フーレン族の女か、身体能力のカタマリのような『人魚』にしかやれなさそうな、高等な防御テクニックだ。


 ジグムントの指は、大きな不快感を得ているだろう。


 鋼の歌い方とは逆に、腕には重みが加わっていないはずだからな。煙でもブン殴ったような気持ちになる。シアンにやられたことがあるから、オレは知っている。


 だから。


 ちょっと大人げないが、ジグムントは本気になる。手加減していては、『虎』には勝てないからだ。


 須弥山を思い出しているか?……螺旋寺の修練が心に浮かんでいるのか?……ハイランドの『虎』たちと戦ったことがある者ならば分かるだろう。彼らは、本当に強く、間違いなく世界のどの地域よりも剣術について深く長い探求の歴史を持っている。


 その歴史を体現するのが『虎』たちであり―――目の前にいる金髪碧眼の少女剣士サマだよ。


 ジグムントが『剣聖』の技巧を使う、ジグムントもまた『虎』でもあるからな。生まれは『ベイゼンハウド』であろうとも、須弥山の螺旋寺で剣術を磨いてもいる。フーレン族の強靭な体に許される二刀流の技巧、それを昇華させた大小の剣の乱打でカーリーを狙う。


 ストラウスの嵐よりも……そうだな、正直に言うが、オレの使うストラウスの嵐よりも手数と速さで双剣の乱舞は勝っている。


 さすがにカーリーでは、ジグムントの攻撃を防ぐことは難しい。小柄な体格では、受けた瞬間に弾け飛ぶ。そして、前進しながらの『虎』の剣舞だからな。さっきの後ろに跳んでいなす回避は使えない。


 後ろに跳ぶように回避したところで、追撃されてお終いだ。


 筋力か、あるいはリーチ、もしくは体重でも互角ならば防ぐ方法はいくらでもある。しかし、それらの全てで負けているカーリーに出来ることは、ただ全力で距離を取ることのみ。


 ……悲しいかな、体格差や筋力の差は大きい。カーリーは逃げ回る。ジグムントの圧倒的な優勢ではあるが……武術というものは奥深い。空振りした斬撃は、激しく体力を消耗させるのさ。


 双刀とは異なり、双剣。北天騎士の大小の剣だ。厚みのある剣を振り回すことは、四十路のジグムントのスタミナを奪って行く。カーリーは、それを見越して動いてもいるのさ。大人との戦いに、慣れている。


 しかも、フーレン族の二刀流使いに対してな。螺旋寺での鍛錬は、常にそんな連中が相手をしていただろう。ときにはジーロウ・カーンのような太った巨漢ともな。カーリーには、ジグムント対策の戦術というものが幼い頃から血肉に染みついているわけだ。


 空振りを招きながら、ステップワークで翻弄していく。汗をかき、集中力も体力も消耗させながらも、カーリーにはギリギリの余裕がある。体力を残しているのさ。反撃に転じる隙をうかがっている。


 『虎』らしく、狡猾さも併せ持っているんだよ。シアンも一瞬の隙を見逃さない。


 ジグムントの剣舞が緩む……体力と、そしてジークハルト・ギーオルガとの戦いで負わされた大ケガのせいだ。カーリーはそこまで狙っていたわけじゃなく、おそらく本能的にジグムントの体力が切れることを予想していただけだろう。


 そして。


 『虎』はその隙を見逃すことはない。逃げるための足運びに、数秒前から隠すように混ぜていた攻撃のためのステップ。それを解禁する。


 小さな足が小刻みに動き、反時計回りに逃げていた少女の体が、その軌跡を一転させて再びジグムントの懐へと跳び込んでいた。


 左右の双刀が煌めく―――スタミナ切れしたジグムントを狙うために?……違うな。そうじゃない。あれは『見せかけ』だ。


 本命はそうじゃない。


 双剣に守りの構えを取らせるための囮だ。大小の剣が、攻めを止めて守りの姿勢に入る。カーリーの双刀から身を守ろうとしてな……だが、真の狙いはそうさせることだ。ジグムントが完璧な守りを構築した時、小刻みなステップが彼の間合いの中で踊る。


 動きを急変させたのさ。


 双刀を構えた突撃は即座に中止されて、『ヒュッケバイン号』の甲板をドシン!と小さな左足が踏みつけていた。そう、ああやって突進の勢いを殺し、生まれた反動を用いて蹴り上げる―――シアンも使う、『虎』の足技だな。


 ……つい最近、見たぜ。ゼロニアの荒野でシアンがテッサ・ランドールの頭を蹴り上げていたな。ちょっと体の使い方は違うんだが、よく似ている足技さ。交差された大小の剣の間隙を、稲妻のように速い蹴りが射抜く。


 鳩尾狙いの蹴りだったよ。『虎』の足技は体重を全て乗せて放つ。速度と体重を、細い脚の刺突へと変える。それは他の種族のどの体術よりも威力が重い。ドワーフのパンチよりも、重さがあるだろう。


 当たれば、動けなくなるさ。体の内部が破裂するように、衝撃で狂わされてしまう。体の内部が混ぜっ返されたような気持ちになるだろう―――とてもじゃないが、動けやしなくなるダメージだ。


 そうなれば……ジグムントといえ敗北する。動けなければ、戦えないからな。それは一瞬の停止に過ぎないが、『虎』であれば、その一瞬に、十数種類の致命傷を与えてやれるだろう。


 当てられたら必敗。そいつが、『虎』の剣舞に組み込まれている足蹴りなのさ。カーリーのそれは完璧だった。


 問題はなく、最適と思われる位置を貫き、リーチも足りていた。骨盤を振り上げながらの蹴りだからな。問題無く、決まるハズだった。


 しかし。


 しかし、ジグムントという『剣聖』も、『虎』の奥義を知る者だ。見たコトがあったのだろう。初見ではあそこまで対応することは難しいさ。


 左手が握る小剣を動かしていた。


 肘を引きながら、小剣の柄の先端をカーリーの蹴りと己の胴体の間に『入れる』。カーリーの蹴りが、その柄に妨害される。威力が半減されてしまう。それでも、カーリーは踏み抜いてはいたものの―――体のサイズは残酷だった。


 重さが足りない。


 並みの戦士ならば、あれでも体の動きを壊すに足る威力であっただろうが、ジグムントの体は、その弱まった蹴りの前に耐えてしまう。カーリーが失敗したことを悟り、蹴りの反動を使って5メートルほど後ろに跳ぶが。


 ジグムントは空中にいるカーリーに追いついていた。右の大剣を掲げて、体勢不十分なカーリーに大振りの斬撃を打つ素振りを見せながら……停止していた。


 ……その必要はなかったからだ。この試合の勝者はハッキリと決まったからな。あのまま腕を振り抜けば、防ごうとどうしようとカーリーは吹き飛び、どこかに叩きつけられていたか……あるいは海中に落とされていた。負けたのだ、カーリーはな。


 敗北を悟ったカーリーの体は、ゆっくりと『ヒュッケバイン号』の甲板へと着地していた。そして、うつむいたままだが、立ち上がり……双刀を鞘に収めて、須弥山式の戦いの終わりの仕草を取る。頭を下げるのさ。もちろん、ジグムントもな。


 『虎』たちの戦いは、こうして終わった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る