第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その15


『みつけたー!『ひゅっけばいん』だー!』


 背中の上の張り詰めた空気を、幼い声が緩和してくれていた。夜の北海には『アリューバ海賊騎士団』の海賊船団がいて、その船団の先頭を行く『ヒュッケバイン号』をゼファーは見つけたのだ。


 鼻歌を響かせながら、ゼファーは『ヒュッケバイン号』の上空を旋回していく。甲板にはジーン・ウォーカーはもちろん、アイリス・パナージュお姉さんにピアノの旦那、そして予想通りジーロウ・カーンもいた。


 戦力が勢揃いといった状況だな。ゼファーは『ヒュッケバイン号』と対話をしているように見えたし、『ヒュッケバイン号』もゼファーを歓迎しているように見えるのはオレのひいき目なのだろうか。


 ……じゃれつくように何度もくるくると最速の海賊船の周囲を漆黒の翼は飛び回り、やがて、やさしいスピードをつかって、いつもの後部甲板にゼファーの脚は降り立つのだ。


『とうちゃーく!えへへ!』


 ゼファーは嬉しそう『ヒュッケバイン号』の後部甲板に寝そべっていく。古いエルフの血族の祝福がかけられたこの海賊船は、竜にとても居心地の良い環境らしい。


「……本当に、ゼファーはこの『ヒュッケバイン号』が好きなんだな」


 そう言ったのは、すぐ近くで操舵輪を握りしめるジーン・ウォーカーだった。オレたちはゼファーの背中から飛び降りながら接近する。ノリのいい海賊の青年がハイタッチを求めて来たから、オレはつき合った。


「ハハハ!『アリューバ海賊騎士団』の旗艦、『ヒュッケバイン号』にようこそ!『パンジャール猟兵団』の皆!……そして、『北天騎士団』団長、ジグムント・ラーズウェル殿……って、なんだ、緊張しているのかい、ジグムントさん?」


「……いや。何というか、な……」


 違和感に気がつく気の利いた青年は、そのサラサラした黒髪の生えた頭をオレに近寄せて来て、小声で訊いて来やがるのさ。


「……ねえ。なんだい、この空気?……ワケありかい、サー・ストラウス?」


「まあな。今から、ジグムントに、あそこの金髪の『虎』が挑む」


「へえ。でも、あの子は…………まだ子供だよね?」


「子供でも、立派な『虎』さ」


「……ハイランドの子か。ふーん。色々と、動いているんだね、アイリス姐さんは。ジーロウくんの言った通り、怖ーいトコロがありそう」


「有能な女性さ。それで、甲板を借りてもいいか?……ああ、ここに『北天騎士団』は?」


「乗っていない。他の船に乗ってもらっている。それぞれの船で作戦が違うからね」


「そうか。邪魔が入らなくていいな」


「……ほんと、色々なことが起きてるよねえ、サー・ストラウスの人生には」


「波瀾万丈の方が、面白いだろうが?……さてと。船の主の許可が下りたぞ!……ジグムント、カーリー!こっちに来い。オレが見届け人をしてやる」


 オレは甲板の中央に歩きながら、二人のフーレン族を読んだ。ジグムントは居心地の悪そうな顔をしているが……カーリーは本気だった。よく集中していたよ。ジグムントを見ることなく、そのフーレン族の尻尾を逆立てたまま進む。


 彼女はオレの右手側に立ち、ジグムントは左手側に立った。ルード・スパイの夫婦と、その下僕であるジーロウも好奇心に駆られてやって来る。そして、ジーロウの顔が引きつっていた。


「……ええ!?か、カーリーさまッ!?」


「……ん。あら、たしか……アナタ、ジーロウ……?」


「へい。ジーロウ・カーンです!!」


「そう。なんで、こんなトコロにいるのよ?」


「それがその……色々とありやして……」


「まあ、乱世だものね。色々あるものよ」


「カーリーさまも、なんでここに?……それに、どうして……北天騎士と向かい合っているんです?……まるで、試合するみたいですが……?」


「試合をするのよ」


「ど、どうして?」


「乱世だから、力でものごとを決めなきゃならない時だってあるのよ。ジーロウ、退いてなさい。手出しすれば、『呪法大虎』の派閥が全員、アナタの敵になるわよ」


「……へ、へいっ!!」


 相変わらずハイランド人は権威に弱いというかな。ジーロウは困った顔でオレを見つめる。オレのことを一種の疫病神か何かとでも考えているのかもしれないな……顔を歪めていたよ。


「……フフフ。なんだか知らないけど、面白そうなことになってるじゃない。がんばりなさいよ、カーリーちゃん」


「ええ」


 アイリスは楽しそうだった。いい性格をしているな。ピアノの旦那は微笑みながら彼女のそばにたたずんでいたよ。


「……さてと。始めるとしようか」


「……本当にやるのか?」


「当たり前だ。カーリーが本気なことぐらい、分かっているだろう?……戦ってみろ。何かを得ることが出来るかもしれんぞ」


「……オレは…………いや、そうだなぁ……確かに、オレは……忘れていることがあるような気がするぜ」


 『ベイゼンハウドの剣聖』は、ゆっくりと大小の剣を抜いた。殺気はないが、それでも集中力を高めている。ようやく、カーリーと向き合う気が起きたようだ。


 その闘志を浴びせられて、カーリー・ヴァシュヌの小さな尻尾の毛並みが逆立っていく。格上の達人だからな、その強さに反応している。怖がる?……いいや、違うな、武者震いさ。『シアン・ヴァティ二世』だぞ?……『虎』は、戦いの前に怯んだりしない。


 嬉しそうな笑みを浮かべ、その小さく白い歯を―――『虎』の牙を見せつけるのさ。その様子を見て、ジグムントは須弥山を思い出しただろう。そう、彼女は小さくとも、すっかり本物の『虎』の領域に達しているのだから。


 ジグムントはうなずいた。カーリーを一人前の戦士として認めているのさ。彼の口が動いた。


「……カーリーよ、お前の覚悟は分かった。本気で来い。お前の願いを、お前の双刀を……受け止めてやる」


「はい!……わらわの強さを……あなたに伝えます!!」


 少女が須弥山の技巧に従い、双刀を抜き放つ。そして、シアン・ヴァティのように低い構えを選ぶのさ。よく似ているが……わずかに違う。ミアと戦った時よりも、技巧が変わっているな。


 シアンを模倣するための動きではなく、これこそが真のカーリー・ヴァシュヌのための構えなのだろうよ。


 より彼女の体格に適合している構えだ。今のカーリーは、シアンに対する強すぎる憧れに取り憑かれていたこの間よりも、一段も二段も強くなっている。『ベイゼンハウド』での時間は、たしかに彼女を磨いていたのさ。


 強者たちの戦いを見て、彼女は学び、強くなった。そして、慢心も消え去った。自分よりも強い達人たちが、この世には多く存在しているのだ。須弥山の頂点たちと同格な者たちが、世界にはいる。


 慢心など出来る程に、彼女が体験して来た現実は甘くはない。


「……赤毛。アナタが合図を言いなさい」


「……わかった。ジグムントもいいな」


「オレはいつでもいい。分かっているだろうが、オレは後手で行く。カーリーよ……全力で放て。須弥山での修行の成果を、オレに見せてくれ」


「……はい」


 『虎』たちは、一瞬、微笑み合ったよ。そして、次の瞬間にはその表情を戦士の貌へと変えていた。


 いい集中力だ。ここにいると本能が囁いてくるな。戦いに備えろと。この二人に同時に襲われたら、オレでも命が危ない。だから、体に力が込められてしまう……そういう試合をしたくもあるが―――今は、オレの時間ではない。


 さてと。楽しい時間の始まりを告げるとしよう。カーリーが、どれだけの力を発揮するのかを、見届けるとしよう。深呼吸を一度だけして、二人の顔を見た後、オレは喜びに歪む口を開いた。


「……両者、始めろッ!!」




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