第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その14
『ノブレズ』の町の灯はまばらだったな。市民たちは家に閉じこもっている。あの『北天騎士団』の攻撃を受ける―――その意味を、彼らは帝国軍の兵士よりも深く理解しているだろう。
歴史上、どの侵略者にも負けなかった存在。『ベイゼンハウド』の絶対的な守護者。圧倒的多数であったはずのファリス帝国軍、その侵略を防いだ猛者たちだからな……セルゲイ・バシオンの率いる海兵隊だけでは、どうにもならん。
それはセルゲイ・バシオンも理解しているだろうさ。バシオンに出来ることは、降伏するか、それとも全滅覚悟で徹底抗戦することになるのか……どちらかに一つだけだ。
ゼファーで沖合いに向かいながら、オレはジグムントに訊いた。
「セルゲイ・バシオンは、どう出ると思う?」
「……守り続けるだろう。他に手段は無い。『ベイゼンハウド』の歴史では、『岸壁城』の中に15ヶ月のあいだ立て籠もったこともある。それだけあれば、帝国の援軍が大陸の果てからでもやって来るからなぁ……ヤツは、オレたちの歴史を知ってもいる。試みるさ」
「その結果がどうなるのかを、分からないような男なのか?」
「分かってはいるだろう。だが、それでも降参するような男じゃない。ヤツは飢えた熊よりも一つのことに執着する。ヤツは……『北天騎士団』が死ぬほど嫌いだ。オレたちの十字に交わされた剣の旗を、わざわざ集めて民の前で燃やすほどだったぞ」
「象徴をも破壊することに必死になったわけか」
「帝国の方針もあるのだろうがなぁ……ヤツは、家族を失いすぎた」
「……弟たちを斬られたら、それぐらいの怒りは生まれるだろうな。だが、それでもヤツは軍人……ここまで追い込まれたら、ギーオルガを出してくるはずだ」
「……ジークは、バシオンの弟たちを斬り殺したが……戦力としては随一だからなぁ。総力を挙げて、守りを固めるには、外せん男だ。戦力はまさに百人力……ジークも死にたくはないだろうから、死ぬ気で戦うだろう」
「百人力か……」
この剣聖、ジグムント・ラーズウェルを倒すほどの男か。
「なあ。ジグムントよ。オレがヤツと戦いと言ったら、アンタは怒るか?」
「そうだな。オレの獲物だと考えているのだが?」
……ジグムントは静かにだが、怒りを隠さない声をオレの背中に浴びせていたな。冷たさがある。そして……オレの発言に、キュレネイ・ザトーも反応する。声を上げることはないが……気合いを強めているのが分かる、魔力の気配が、ちょっと変わるのさ。
『剣で負ける』。
その予言のことを、まだ気にしてくれているらしいな。だが、文句を言わない。オレが予言の力などに負けないと、信じることにしたようだ。だから、オレはジグムントのことに集中する。
「アンタは一度、負けただろ。そして手傷を負わされている」
「……体力は、万全だ。それに、今度は『氷剣』もある」
「大いなる伝説の武器であることは認めるが、武器の質だけで勝てるのか?」
「たとえ、死ぬことになったとしても、ヤツの腕一本ぐらいは巻き添えにしてやる。そうすれば、一流の戦士であればヤツを殺すことは難しくない」
「……お、伯父上……っ!!そ、そんなことを言わないで下さい!!わらわは、そ、そんなのイヤです!!……伯父上は、犠牲になろうとしているみたい……」
「……オレだって、勝つつもりではいるさ。それでも、ジークは強いんだ。ストラウス殿が気づいているように……『氷剣』を使ったとしても、オレでは勝てないかもしれない。だが……避けるわけにはいかない戦いだ。ヤツは、オレの弟子だ。オレが止める」
「そいつが北天騎士の生きざまか」
「そうだ。分かってくれているだろうよ、ガルーナの竜騎士殿ならば」
「ああ。分かっている。分かってはいるが……認めがたいな。アンタを失いたくはないからだ」
「政治的な理由でか?……オレの生存が、『自由同盟』の利になるとでも?」
「軽蔑してくれて構わないが、たしかに、それもあるよ。だが、それだけではない。オレがアンタに友情を抱いていることを、疑ってもらいたいくはないな」
「疑ってはいない。それに……ストラウス殿の大義も知っている。貴殿は、ガルーナを復興するだけでなく、ファリス帝国を滅ぼすのだからなぁ……」
「その通りだ。だから、オレには力がいる。アンタの存在も、帝国を打倒するために必要な力だ。ここで死んで欲しくはない。ギーオルガがどんなに強い剣士であったとしても、アンタの存在に比べると無価値だ。オレにとっては、とてもちっぽけな敵にしか過ぎないんだよ」
「……ストラウス殿、オレは逃げるわけにはいかない」
「……知っている。ガンコだろうな、北天騎士の団長は」
「テコでも動かないさ」
「……わかった。ならば、ギーオルガは、アンタと一対一でやらせてやる」
「ハハハハ!……ああ、そうこなくてはな」
「だが」
「……何だ?」
「条件が一つだけある。負けてもいい。負けてもいいが、殺されるな」
「……そいつは厳しいだろうな。ジークは、オレを負かした瞬間に、オレを斬り殺すと思うぞ?」
「それでも、生き延びろ」
「どうしろと言う……?」
「どうにかしろと言っているだけだ。そして、それを約束してくれなければ、オレはアンタへの友情よりも、政治を優先するぞ」
「……どういう意味だ?」
「猟兵全員で拘束する。そして、アンタを海賊船から降ろさないように捕縛しておく」
「……本気か」
「冗談で、こんなコトを言うと考えているのなら、大きな誤解をしているぞ。オレは誇りを尊ぶ。これが最大の妥協点なんだよ。負けてもいい、だが、死ぬな。難しい約束だったとしても、それを実行してくれ。そう言ってもらわなければ、オレはカーリーのためにもアンタを拘束する」
「そ、そうです!伯父上……死を前提とした戦い方で、真の猛者には敵いません。無意味に命を落とすことになる。須弥山の教えは、そう説いています」
「……姪っ子を心配させるでないぞ、ジグムント・ラーズウェル。お前よりも強い相手に勝てと、ソルジェは言っていないのだ。死ぬなと言っている。そんなことも約束出来ないのであれば……我々は、力尽くでお前を拘束するぞ」
「……お前たち相手では、オレでも分が悪すぎるだろうなぁ……」
「そうだ。だから、約束をすべきだぜ?」
「……果たせないかもしれない約束をしろというのか?」
「約束をすれば、アンタなら生き延びてくれるさ」
「どんな理屈だよ」
「ただの信頼だ。嘘をつかない男だと、オレはジグムント・ラーズウェルを評価しているだけのこと」
「…………難題を、与えてくれるな。負けても……死ぬなだと……?」
「勝てばいいんだがなぁ」
「イエス。最も手っ取り早いであります」
「……そりゃそうだが、ジークは強いんだぞ?」
「伯父上、負けると考えてかかれば、勝てる戦いにも勝てなくなります。わらわは、幼くとも、その事実を知っています」
「……カーリー……」
「…………伯父上。いえ、ジグムント・ラーズウェル。『アリューバ海賊騎士団』の海賊船に着いたら……わらわと立ち会って下さい」
「……なに?」
「……あなたは、須弥山の奥義を収めたはずの剣聖です。それなのに、その心は曇ってしまっています。だから、わらわと立ち会って下さい。そうすれば……北天騎士の剣だけではなく、『虎』の奥義も思い出すでしょうから」
「……カーリー、お前が、オレに勝てるわけないだろう……?」
「そうでしょうか。あなたは……『虎』を見くびっています」
「…………戦の前に―――」
「―――戦の前だからこそです!!……伯父上!!戦って下さい!!わらわは……伯父上に死んで欲しくない。負けることを考える心のままで、強敵になど勝てません!!心は、強さを呼びます……っ!!」
「……っ!」
「わらわが伯父上に勝ち……その事実を証明してみせます!!」
「……カーリー……お前は、まさか……」
「ジグムント、戦ってやれ」
「おい。ストラウス殿まで、何を言い出す?」
「……この子が何のために、単身、ハイランドからこの土地まで来たと考えている?……お前に会いに来たんだ」
「……それは」
「断る理由もないだろう。勝てばいい。負ければ、そのままオレたちに拘束されるだけのことだ。乱世で何かを成し遂げたいのなら、力を証明しなくてはならない。シンプルなことだな」
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