第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その13


 『北天騎士団』の走り方。一朝一夕では学べないとしても、彼らの強靭さに触れて『バガボンド』の戦士たちも、知るだろう。肉体の使い方の奥深さをな。硬い大地の走り方か……そういう技巧があることも覚えておいて損はない。


 正直、我々も教わってみたいところではある。模倣の達人キュレネイ・ザトーにアドバイスをもらいながらであれば、短期間の特訓でも修得することが可能になるかもしれん。体の使い方は分かっている。


 繰り返しの鍛錬で、技巧を体に染みつかせられたら使えそうだな。とくに、ミアやカーリーのような小柄な戦士たちには、北天騎士の走り方……踏み込みの強さを学びたいようだ。


 より速い加速。そして、己の鋼に対して一瞬の重みを伝えること―――それを極めれば、彼女たちにも戦い方が一つ増える。どちらかといえば防御に使えそうだよ。追い詰められた時、躱せない時、相手に強打を放ち、攻撃を相殺する。あるいは更に加速し逃げ延びる。


 ……修得させておくべき技巧ではあるな。武術家として、防御を学ぶということは、攻撃を学ぶよりも大切なことだから。


 そんなことを考えながら、オレたちは偵察を続ける。ゼファーはしばらくのあいだ、この高速で進軍する『北天騎士団』本隊の周囲を飛び回っていた。山道は狭く、罠を仕掛けやすいからな。


 その山道を抜けるまでは、この本隊の護衛をさせてもらうつもりだ。『北天騎士団』の走り方を上空から見守りながらも、周辺の警戒は怠ることはない。帝国軍の兵士や、あるいはあの厄介なスパイどもが、崖崩れでも画策して来るかもしれないからな……。


 火薬の臭いに対しては、ゼファーにもジャンにも注意させていたよ。


 何人か敵の偵察兵を見つけた。『バガボンド』や北天騎士たちの偵察部隊の警戒をかいくぐり、黒い森の奥に隠れていた部隊……そういうやつらには、オレたちの上空からの射撃が降り注いだ。


 オレとリエルとキュレネイの射撃だよ。弓を使う、ミアのスリングショットの弾丸は節約させた。この土地では最適の弾丸は補充しにくいからな。


 何でも射出することは可能だけど、やはり専用に加工された弾丸が最高の威力を出すものさ。ギンドウの手製、あるいはルクレツィア・クライスが『メルカ』から送って来てくれる『毒弾』なんかが最適だけど……二人は『ベイゼンハウド』にはいないからな。


 三つの偵察隊をオレたちは仕留めた。


 それぞれが3から4人で構成されたチームだったよ。『バガボンド』と『北天騎士団』の偵察隊は有能だということさ。たったそれだけの数の偵察部隊しか、見逃さなかったわけだからな……。


 ……この偵察隊の中には、おそらく帝国軍のスパイはいなかった。特殊な能力を持つ者はいなかったし、脅威的な戦闘能力を持つ者もいなかった。バシオンの部下の海兵隊あたりだろう。鍛え上げられてはいるが、常識的な枠の戦力ばかりだ。


 夜の闇に隠れて、まるで夜遊びに夢中なネズミを刈り取るフクロウのように、ゼファーは無音のままに殺しの翼跡を描く。


 敵の背後を取るのさ。


 難しいコトじゃない。敵の視線が向いているのは、地上を行く『北天騎士団』たちだからな。それを見下ろせる高台。あるいは黒い森の木陰なんかに帝国の偵察兵は潜むしかない。


 ターゲットになる『北天騎士団』の位置から逆算し、地形の条件から予測するなんてコトはアホでも出来るわけだ。ゼファーみたいに人類よりも賢い竜族なら、はるかに正確な予想でそいつらを捕捉する。


 偵察兵の職業的な欠陥を、オレたちは突けばいいわけだよ。相手が見える位置にしか潜めない。まあ、オレたちにはジャン・レッドウッドもいるからな。オレやゼファーの魔眼の力もある。森のどこに隠れたとしても、すぐに見つけ出してやればいい。


 『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』の鬼火が無数に彷徨う黒い森の闇、そこで行う狩りは順調だったよ。


 カーリーにも戦士としての知識を与えることにはつながっただろう。オレたちが狩り殺している敵兵たちは、あれはあれでいい仕事をしているヤツらだと言い聞かせたよ。上手く隠れてはいるからな。


 ……戦術としては正しい。だから、もしも自分がマネをする時は、ヤツらを真似るべきではある。呼吸を小さくし、身を低くし……敵が近くを行軍しようとも、動くことなく自然と一体化すべきだ。


 そして。


 戦場には予期せぬ不運があることも教えることが出来た。どんなに完璧な対策をしたとしても、戦場には絶対など存在しない。


「じゃあ、どうしろっていうの?……理不尽な程に強い敵と戦わなくちゃいけなかったとしたら?」


「答えは一つだけだな。そして、今、お前もやっていることだ」


「……なに?」


「仲間を作っておけということだ」


「……っ!」


「自分の力だけでは、どうにもならないことなど、世のなかにはたくさん存在しているんだよ。だから、そんなときに備えて、仲間を作れ、友を作れ。そうすることで、お前は自分だけではどうにもならない敵をも倒せるだろうからな」


「……そうね。たしかに、その通りだわ」


「良いこと言うだろ?」


「たまにはね」


「たまに良いことを言うぐらいの男が、丁度良いよ。毎日、カッコいいコトを言われても困るだろ?」


「どうかしら?常にカッコいいほうが良くないかしら?」


 ……年端もいかない少女には、オレの良さなど分からないだろうよ。理想が過ぎるとしんどいもんだぜ?悪癖があるからヒトは可愛げがあるってもんだ。


 さてと。


 坂が終わろうとしているな……。


 『北天騎士団』が山道を抜けるのを見届けると、ゼファーを北東の海上へと向かわせることにした。これ以上は、敵の偵察兵が隠れられるような場所はないからな。まあ、傭兵としてクライアントの許可を求めるがね。


「……それでいいな、ジグムント?」


「ああ。『北天騎士団』には、本来、団長などいらん。戦いのためにすべきことは、各々が魂と血肉に刻みつけているからなぁ。オレが彼らを指揮しなくても、北天騎士の戦い方を彼らは全うしてくれるよ」


「わかった。正直、彼らの行軍のコツをもっと見たかったが、ジーンたちと合流するぞ。ゼファーよ、頼む」


『うん!うみのほうへ、むかうね!』


 ……『ヒュッケバイン号』に会えるのが嬉しいのだろうな。翼は夜の空をリズミカルに叩いて、どんどん加速して行く。竜が本気を出せば、この程度の移動はあっという間だったよ。


 海が見えてくる。夜の北海は、暗くて静か。星と月の明かりに、あの白波は一瞬だけ存在感を増していく。


 ゼファーはそのまま海上へと向かった。両脚のあいだにいるミアがオレの胸に後頭部を預けるようにしながら、首を動かした。北を見ている。


「お兄ちゃん、『ノブレズ』が見えるね」


「ああ。お前も偵察していた通り、城塞に西と南をしっかりと守られた土地だ。海からの上陸は、『岸壁城』が立ちはだかるという仕組みだ」


「……が、『岸壁城』、かなり大きいですよね……?」


「そうだ。本来ならば、『ノブレズ』の市民も収容することが出来るサイズだからな……ジグムント。そうなのだろう?」


「ああ。『岸壁城』は『北天騎士団』の拠点である前に、『ノブレズ』の民を海賊の襲撃から守るためにあった……しかし、帝国軍は……収容しないだろう」


「亜人種もいるからな」


「『ノブレズ』市民は、人間族が多いが……亜人種だっているんだ。港の仕事は肉体労働で人手がいる。帝国人は、『ベイゼンハウド』の亜人種たちを労働力としては、歓迎している。我々がゴーレムのように、物言わぬ働き者であれば、好まれただろうがなぁ」


「……どうあれ。『岸壁城』を破壊しても、市民を巻き添えにしないということは、我々にとっては良いことです」


「『岸壁城』を、破壊するか。本当に、やれるのか、ロロカ殿?」


「ホフマン・モドリーさんの才能を信じることにします。城塞部分に大きな弱点があるそうですから。19年前の大きな地震で、亀裂が入り、修復不可能な状態だった部分がある……そこに、ゼファーの火球と、海賊船からの『火薬樽』の連射を浴びせます」


「……『岸壁城』の城塞を、砕くか……」


「イヤか、ジグムント?」


「……複雑な気持ちにはなる。あれを陥落されることが無かったコトが、オレたちの誇りでもあったが……まあ、オレたち自身で先祖たちの伝説を破るのならば、悪くもないかもしれない」


「そうだ。前向きに行こう。敵に使われる城を落としたところで、『北天騎士団』の最強不敗の名には傷一つつかないさ」



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