第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その6


 ……人質にでもされているのかと考えていたがな。まさか、彼ら自身の手で殺していたとはな。帝国に忠誠を示すという理由のためだけに、この連中はかつて仲間だったはずの若者たちをも斬り捨てたのか……。


 なんとも痛ましい告白だった。ロイ・ベイシューは自己嫌悪と自暴自棄の混じった貌のまま、卑屈に笑う。


「そうだ!!……オレたちの手は、とっくの昔に穢れている!!今日よりも、ずっと前からだよ!!こんな手では、海神ザンテリオンは許しちゃくれない!!オレの死んだお袋だってさあ、許しちゃくれないよ!!……地獄に、落ちちまうかもなぁ……でも。だからこそ、オレたちは生きているあいだに幸せになるんだよッ!!」


「……身勝手な理屈を……ッ!!……もういい!!貴様たちなどとは、これ以上、話すことなど無いッ!!『北天騎士団』ッ!!突撃するぞッ!!」


「おうッ!!」


「裏切り者どもを、八つ裂きにするぞッ!!」


「虜囚となった者たちの屈辱を、今こそ晴らすッ!!」


 激怒の余りに冷静さを欠いた『北天騎士団』は、ロイ・ベイシューたちの部隊に雪崩込んでいく。


 戦術もクソもない、突撃だったな。オレもつき合ってはやるが―――敵戦力の強さを軽んじることはしない。オレたちは、『北天騎士団』の戦力をより多く生き残らせる必要がある。


 あの不敵に笑うロイ・ベイシューと、元・北天騎士たちは危険だ。実力もあるし、経験もある。若く……そして、もはや追い込まれ過ぎて壊れてもいる。自暴自棄だからこそ出せる力もあるんだよ。


 その凶暴な力を、『北天騎士団』にそのまま向けさせるワケにはいかん!!


「弓隊、突撃を援護しろッ!!」


 オレはそう叫んでいた。ジグムントが一瞬睨みつけて来るが、責めるような言葉はない。これは戦なんだからな、私闘ではない!……誇り高い敵との決闘でもない!!我欲の果てに狂っただけの若者たちだ。北天騎士の命を捧げてやるほどの価値など、ないんだよ。


「同時に放つぞ、崖上の弓隊よ!!3、2、1、放てえええええッ!!」


 森のエルフの弓姫の号令と共に、矢の雨がロイ・ベイシューたちを襲う。その若き帝国兵たちに、前と上方からの矢が襲いかかる!!


 ヤツらは剣を振り回し、矢を叩き落としてみせる。さすがは元・北天騎士ではあるが、その芸当を見越しての十字の射撃だ。二つの方向からの矢を防ぐことは、難しいぞ。さらに……矢の雨に続いて、東の空からゼファーは『炎』の息を吐きつけていた。


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 『風』の融けた『炎』が、ロイ・ベイシューたちを舐めるように焼き払っていく。浴びせられた火焔に対して、ヤツらは悲鳴を上げる……。


「くそがああああッ!!」


「竜まで、いるのかよおおおおおッ!!」


「熱い、熱いッ!!」


 半数の敵が、この連続攻撃の被害を受けていた。多くの若者たちが混乱する。だが、ロイ・ベイシューだけは違っていた。


「……ハハハっ!!いいぜ、やろうぜ、『北天騎士団』よッ!!全部、出し切ろう!!そして、そして……オレたちが勝って、このヒドいことしか無かった『ベイゼンハウド』から、脱出するんだよおおおおおおッ!!」


 ヤツが走る―――オレが相手してやりたいところだが……ジグムントが、その体をオレとヤツのあいだに差し込み、遮ってきたよ。邪魔するなということだ。


 ……そうだな。


 この戦いは、ジグムントがすべきことか。ロイ・ベイシューは『北天騎士団』そのものに戦いを挑んで来ている。ならば、団長であるジグムント・ラーズウェルの仕事ではあるのさ。


 オレは、彼らの決闘に邪魔が入らないように他の元・北天騎士たちと戦うことにしよう。矢の雨と竜の『炎』の連続攻撃を浴びても怯まぬ敵兵たちもいるからな。コイツらは、仲間を斬ることで迷いと決別したようだ。


 悲惨な覚悟をしやがったものだ。そうまでして、帝国人になりたいとはな……オレには、とてもじゃないが理解してやることは出来ないぜ!!


「赤毛めえええッ!!お前が、ガルーナの竜騎士かあああッ!!」


「そうだ!!ソルジェ・ストラウスだ!!……名乗るか?北方野蛮人の戦士の哲学に則って!!」


「違う!!我々は、ファリス帝国の軍人となったのだ!!もう、野蛮人などでは、無いッ!!」


「……そうかよ!!」


 竜太刀を振り下ろし、名も知らぬ『帝国兵』に対し斬撃を打ち込んだ!!


 ガギイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!お互いが走り込みながら放った鋼が衝突して、火花を散らし、甲高い歌を鼓膜に浴びせて来やがる―――いい斬撃だった。迷いを感じることは、一切ない。


 ……迷いを断っていた。仲間を斬り殺すことで、その手を罪に穢れさせることで、コイツらは誰にも頼らず、己の力だけで人生を切り開くことを選んだ。故郷もいらない、仲間も捨てた、頼るべきリーダーも否定し……コイツらは、真の孤独と、それゆえの強さを帯びたのだ。


 刃と刃をこすらせながら、オレは獣よりも歪んだ貌をした帝国兵を睨んでいる。不謹慎ではあるがね。良い表情だと感じたよ。どこまでも、自分のためにのみ生きる。獣のような道には、この貌こそが相応しい。


 欲求のままに命を燃やす。それもまた、真の戦士の在りようではある。その覚悟は認めてやるが、生かしておくわけにはいかないな。


 体を前傾させながら、竜太刀の圧を強めてやる。そして、そうしながら踏み込み、ヤツの大剣をかち上げてやるのさ。


「ぐおお!?」


 こうもアッサリと力負けしたことは、初めてだったのかもしれない。オレはその有能な剣士に対して、素早く竜太刀の先端を首元に当てた。鎧の襟元をすべらせるようにして、刃をヤツの鍛え上げられた首元に走らせていた。


 頸動脈を断ち切ったていたよ。致死性の一撃だ。そのまま、血を首から放つそいつの体を竜太刀を使い、左に倒した。そして、さらに前進し、次の帝国兵に対して襲いかかっていた。


「くそう!!」


 いい練度だった。さすがは、元・北天騎士と言ったところだ。竜太刀の強打を、一度は受け止めやがるんだ。並みの兵士には、そんなことは不可能だ。オレの斬撃は、とんでもなく速く、鋭いというのにな!!


 しかし!!


 慣れて来ているのさ、北天騎士の太刀筋にもな。今度はつばぜり合いをしたまま、竜太刀を縦にしつつ接近する。左の腕を使わせてもらうぞ。両手持ちではなく……竜爪の一撃を入れるんだよ!!


 ザギュシャアアアアッ!!勢いよく伸びた竜爪の鋼が、帝国兵の鎧の鉄を火花を散らし貫いている。爪は帝国兵の腹を深くえぐっていた。


「ぬぐうう……ッ!!」


「……腹の奥の動脈を断った。死ぬまで長くはかからんから、安心しろ」


 そう伝えてやりながら、オレは前蹴りをそいつに叩き込み、坂道へと転がしていたよ。


「この赤毛野郎ッ!!オレの兄貴を……よくもおおおおッ!!」


 刺突を放つ帝国兵がいた。速い足運びだが……前傾が過ぎている。そして、ここは坂道だということを忘れるな。オレはその突撃して来る帝国兵の突きをギリギリで回避する。跳んで避けた。もちろん、それだけで済ますほど、オレは甘くない。


 鉄靴の底をそいつの顔面に叩き込んでいた。このカウンターのコツは一つ。静かに、体重を浴びせることだ。そうすれば、兜の奥にある頭に重量はかかり、頸椎を容易くへし折ることも出来るんだよ


 足の指に、頸椎の曲がる感触を手にしていた。オレはその死体となった帝国兵を蹴飛ばしながら、後方に飛んで戻る。器用なもんだよ。ミアの『暗殺蹴り』の師匠は、オレなんだからな。揺れる兜より奥に体重を浴びせるためには、ゆっくりと踏む。それがコツだ。


「竜騎士がああああああああああッ!!」


「ククク!!……いい気合いだ!!」


 鋼をぶつけ合い、オレは北天騎士たちの技巧を味わいながら、その帝国兵どもを次から次に斬り捨てていく。いい腕をしているが……感情的になりすぎているな。単調な軌道の攻撃では、猟兵に当てることは出来んぞ!!


 竜太刀と一つになり、ストラウスの嵐と化ける。加速し、スピードで帝国兵どもの攻撃を躱しながら、竜太刀の刃で四人の帝国兵どもに死を与えた。夕焼けの山道が、ヤツらの血でより深い赤に染まっていく。


 オレは、気づいていたよ。後続の帝国兵どもが……一人、また一人と剣を収めてしまうのが。彼らは選ぼうとしていた。このまま祖国の敵でいることを、彼らは止めようとしているのさ―――。



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