第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その5


 オレも今回は最前列で戦う。猟兵たちの力は死に物狂いの彼らを止めるのに役立つだろうからな。竜太刀を抜く……キュレネイ・ザトーがオレの側に立っていた。例の『予言』を心配しているのだろうか……。


 まあ、構わない。猟兵全員が全員と連携すればいい。オレ、ロロカ、キュレネイ、ジャンが前衛に出る。リエルとミアとレイチェル、そしてカーリーは後衛だ。カーリーは前線で戦いたいかもしれないが……文句は言わなかった。


 突破された時の守りを担うのだからな。カーリーは、一対一ならば北天騎士にも勝てる強さはある……一対二の状況では、少しキツくなる。体格的な問題だ。速さと技巧で増されでも、体重は軽すぎるし、筋力も弱い。鎧の鉄を砕くほどの威力は出せないからな。


 だが。一対一なら十分だ。


 クライアントの孫娘を戦場に出すことは、リスクがある行為だが……修行にもなるし、こちらの戦力の損失を防ぐためにも、十分な強さがある彼女には戦ってもらおう。ミアと共に、突破して来た少数の敵を潰させる役目を与えてある。


 ムリはさせやしないが、やれることは任せてみるよ。彼女も乱世に生まれた戦士だ。戦場を知ることは悪いコトじゃない。知るほどに、戦場で死ぬ確率は下がるからな。


「……離脱者は……50名ほどですね」


「イエス。悪くない数であります。もっと少ないかと考えていたであります」


 現実的な意見だな。この場所にやって来る時点で、『北天騎士団』と戦う覚悟を固めていたはずだからな。


 それでも50人を敵の戦列から離させた。ジグムントの話術は、十分な価値がある。敵に強兵が50人いるかいなかでは、時と場合によっては戦死者が数百人増えてしまうこともある。


 悪くない結果だが、ジグムントはまだ多くの離脱者を求めているようだ。


「……これで全てか!!……お前たちは、オレたちをそこまで憎んでいるのか!!亜人種と共に生きることが、死よりも勝る屈辱だとでも言うのか!?」


 必死な言葉だったよ。そして、心に刺さる言葉でもある。人種を越えて共存することを、『ベイゼンハウド人』である人間族も認められないのだろうか?……そうだとすれば、この大陸の『未来』に大きな不安を覚えてしまう。


 賢いルーベット・コランの言葉が、頭に浮かんでいたよ。ヒトは、多様性が嫌い。自分たちの種族以外を、認めたくないという本能があるのだと彼女は分析している。


 ……オレは、今、目の前にいる彼らの答えを聞きたくなっていた。どうしてか?……わからん。ヒトの憎しみの本質を、より知りたいからかもしれないな。


「……オレたちは……共存したくないわけじゃないんだ!!……ジグムント・ラーズウェル!!……求めていたのは、そんなことじゃない!!」


 人間族の若者が、表情を苦痛に歪めながら主張する。夕日を浴びる顔は、とても暗く、彼の悩みは深刻なものに見えた。


「オレたちは……ただ、もっとマシな暮らしがしたかったんだ!!……『ベイゼンハウド』は、あまりにも貧しい。稼げる仕事はない……『北天騎士団』が解散したら、オレたちは、戦いも名誉も奪われた……オレたちは、困窮していたんだ!!」


「だから、帝国軍に入ったのか!!」


「……そうだ!!……帝国軍は、約束してくれた!!ただの『ベイゼンハウド人』として生きるよりも、より多くの金を稼がせてやると!!……民草に捨てられたオレたちが、その道を選んだことは、そんなに悪いコトなのか!?オレたちが、より幸福になる道を選んだことは!!」


「……帝国軍が、亜人種を排除する意志を持っていると知っていたのにか?」


「……っ!?」


「この『メーガル』に帝国軍が収容所を建てたとき、お前たちはその意味を知っていただろう?……それでも、どうして帝国軍を抜けなかった?……それも、富のためか?金を得るためだったのか?……オレたち亜人種の同胞の命など、どうなっても良かったのか?」


「……ちがう!!……そうじゃない!!そうじゃない……っ」


「ならば何故、今まで同胞たちを閉じ込めて、苦しめて来た?……『ジャスマン病院』の地下には、北天騎士たちを生け贄にして作った呪いがあった。お前たちは知らなかったのか?」


 夕焼けに沈む世界のなかで、沈黙が生まれていた。黙り込んでいる。敵の中には知らない者もいるようだが……少なくとも、ジグムントと話し込んでいた男は、『ジャスマン病院』の件を知っているのかもしれん。


 そう察するこも出来る沈黙は……ジグムントとこの場にいる北天騎士たちを憤慨させるには十分だった。


「この沈黙が、答えだというのならば……オレたちには、共に生きる道など、存在していないようだ」


「……そこまでの、憎しみがあったというワケじゃない。オレたちは……」


「ならば、最後のチャンスをやろう!!……オレたち亜人種と共に生きる道を選べるのなら、その隊列から後退しろ」


「……お、オレは、同胞たちとは戦えない!!」


「オレもだ!!」


「……ジークハルトには、もうついて行けないぞ!!」


 敵兵たちから離脱者が続いた。


 十人ほどが、さらにその隊列からは離れていた。これで60人……他にも迷っているような表情を取っている若者たちがいるが……これ以上の離脱者は出ないかもしれない。


「……これで、全員か。オレたち亜人種を、同胞と呼ぶ考えがある者は、もういないわけか?」


「……我々は、選んだ。帝国人として生きるんだ。アンタたち全員を倒して、この土地を奪還する。そのことで、オレたちは帝国の上級市民権を得られるんだ。それがあれば、他国にも、移れる……」


「『ベイゼンハウド』を捨てるか」


「……ああ。そうだよ。オレたちには故郷なんてない!!……オレたちが選ぶのは、帝国だ!!オレたち人間族に、富を約束してくれる、ファリス帝国なんだ!!」


「……そうか。とても残念だが、ようやくお前たちを憎めるぞ。ロイ・ベイシュー」


「……ああ。憎んでくれて、構わない。オレたちは……選んだ。自分の富のために、自分たち以外の種族を排除することが、正しいコトだと信じている。だって、アンタたちがいても、オレたちを幸せにはしてくれなかった……『北天騎士団』は、貧しいんだ」


「……この国を豊かにすることが出来なかったことは、オトナとして詫びるとしよう。だとしても、オレたちはお前たちを認めることは出来ん。『ベイゼンハウド』の在りようを守ることが、今の『北天騎士団』の使命だからだ」


「……皆を守って、貧しいままかよ」


「その問題にも、力を入れたいところではあるがなぁ……だが。今は、全ての種族の生存を優先する戦いに勝たねばならない」


「まるで、『蛮族連合』みたいじゃないか」


「悪いか?」


「……いいや。もしも、オレが人間族じゃなくて……亜人種だったら。きっと、アンタの戦列に加わっているよ。ジークハルト・ギーオルガのことを、軽蔑しているだろう」


「こちらの側には、人間族の北天騎士たちも大勢いるぞ?」


「……知っているよ。でも、若いヤツは少ない……親父について、そっちについているガキもいるってだけだ」


 真実かもしれないな。人間族の少年たちも、ガンコで古風な親父に無理やりこの戦いにオレたちの側として参加させられているのかもしれない。その主張をオレは認める。


 だが。この少年たちの全てが、ロイ・ベイシューと同じ『正義』を持っているとは考えられないさ。


 ロイ・ベイシューを睨みつける瞳には、悪意と軽蔑しか持ってはいないからな。だが、ロイ・ベイシューは語る。強がるように、己の道の正しさを語った。


「……この土地の人間族の若者は、必ず選ぶ。機会と知識を与えられたなら、必ず、ジークハルト・ギーオルガの隊にこそ合流したさ」


「ほう。だが、お前はジークを慕ってはいないだろ?」


「……ああ。今となってはな」


「だと思ったぞ」


「……アンタの弟子はな、大した男じゃなかったよ。オレたちを守ってはくれない。強いが、政治が下手すぎるんだよ……ずっと、セルゲイ・バシオンともめつづけた」


「そのせいで出世のチャンスを失ったことを、怒っているのか?」


「ああ。強いだけの、役立たずだったよ。アンタたちオトナと一緒で、アイツも……けっきょくは口だけでさ、貧しさからオレたちを解放してはくれなかった……だから、オレたちは、自分の力で『未来』を掴む!!」


「……オレたちの教えた剣でか。『北天騎士団』の剣は、『剛の太刀』を生むための力は、迷い無き心のみで放てると教えたが……?」


「放てるさ!!……アンタよりも、今のオレの方が、迷いはないからな!!……オレたちは、全員で死ぬつもりで来た!!」


「……もっと、いるはずだろ?」


「……彼らは……彼らは、オレたちが斬った!!」


「なに……ッ!?」


「……オレたちの同志じゃないからだ。アンタたちに合流しようと言い出した!!そんなことでは、『ベイゼンハウド』に囚われたままでは!!……オレたちは、真の帝国人には、なれないからだよッ!!」



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