第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その4


「ついに来ましたか。この土地の帝国軍にとって、最大の戦力が……」


 ロロカ先生は静かに語る。ジグムントはうなずく。


「そうだな。ヤツらはたしかに実力では抜けている。しかし……ジークはいない?」


「……別のルートでこっそりと襲撃しようとしているのかもしれませんが、未だにセルゲイ・バシオンに拘束されている可能性もありますね」


「こ、この土壇場でも、ですか……?」


「バシオンは、この600人についても信用してはいないでしょう。来ていない兵士たちは、彼らの人質なのかもしれません」


「人質……なるほどな。ギーオルガも、そういう扱いか。ヤツに心酔している者もいるようだからな……」


「ええ。とにかく、今は現場に向かいましょう。ジグムントさん、他の方角から、別働隊が襲撃して来る可能性もあります。それに対する配置はしてありますが、貴方からも指示を出してあげてください」


「わかったよ、ロロカ殿。この土地を知り尽くしているジークなら、正面からだけでなく奇襲を仕掛ける方法も用意してはいそうだ」


「あらためて命令をしてあげて下さい。その方が、皆、より冷静に奇襲に備えることも出来ます……彼らは死んでこいと命じられているはず。危険な相手です」


「……ああ、そうだろうなぁ……」


「……たとえ、人質を取られていたとしても、彼らの事情にはつき合ってはいけません。そんな慈悲を与えているほど、我々には余裕がありません。600の死ぬ気の猛者です。しかも、北天騎士……気を抜けば、敗北するのはこちらかもしれない」


 そうだ。5倍、6倍の戦力など、状況次第でどうとでも転がりうる。強者とは、そういったことも成せるのさ。ジグムントも、その事実を理解している。無言ではあるが、うなずいていたからな。


「さてと、皆で移動しよう。600人の敵兵を出迎えに行くぞ」


 オレの言葉で、皆が作戦会議室となっていたテントから抜け出していった。テントの外には赤い光景があった。夕焼けが始まっている……太陽を失った東の空は暗み始めていたし、西からは赤い陽光が、この乾いた『メーガル』の斜面を照らしている。


 率直に美しい光景だとも思う。


 貧しい者たちの街並みと、採掘されて枯れた土地……殺風景でもあるが、夕日にはその荒涼とした空間が似合うからな。この土地は、そうだな、たしかに貧しい。働いたからといって、幸福を確約されるほどの豊かさがない……。


 若者たちが、帝国人となった後で得られるという富に惹かれてしまうのも、ムリはないかもしれない。いや、若者たちだけではないな。人間族だけでなく、亜人種たちも、その富に誘惑を受けてはいたのだ。


 全ての『ベイゼンハウド人』は、ただ、より幸せになりたいと願った。枯れかけの鉱山に、耕作に向かない硬い土地……深すぎる森に、過酷な冬の日々。この土地の暮らしは、どう考えたって貧しいものさ。


 ……ジグムントは仲間たちに命令を与えていた。全ての方位を警戒するようにと。オレもゼファーに命じて、空から『メーガル』の全てを監視してもらうことにしたよ……奇襲を仕掛けられる確率へ減らしておきたいからね。


 指示を出した後で、オレたちは関所に向かった。関所から北東に延びる山道、そこに報告通り600の兵士たちが、こちらに向かって来ている。ギーオルガの部隊だったな、武装しているというのに、かなり速く山道を登っている。


 この土地で暮らし、鍛錬を続けた者だけが成せる動きだろう。血判状の北天騎士たちよりも、戦闘能力だけなら上だ。健康な上、若く、何よりも鍛錬に捧げることが出来た時間はずっと多いからだ。


「弓隊、西の崖の上に向かって下さい。正面と崖上から十字の射撃を浴びせます。そうすれば、ゼファーによる背後や東側からの攻撃も効果的になりますから」


「了解です、ロロカさま!」


「弓隊、向かうぞ!」


「正面は、『北天騎士団』の弓隊に任せるんだ!」


 『バガボンド』のエルフとケットシーによる弓隊が、崖の上の部隊に合流する。役割分担だった。北天騎士を正面から受け止める役目は、『北天騎士団』に任せた方が良かろうからな。


 この戦いは彼ら同士で決着をつけるべき問題でもある。ヨソ者のオレたちが正面に陣取るのは筋違いなように思えるからだ。


 ……兵数、布陣、その二つの面でオレたちのアドバンテージは大きい。しかし、それだけで戦が決まるわけではない。


 ジグムントの話術にもかかっているだろうな。この戦いの被害を、より少なくするためには、彼の言葉がどれだけあの600人から離脱者を呼び起こせるのか、それにかかっているさ。


 『北天騎士団』の団長殿は、その大きな任務を果たすため、山道を登ってくる若者たちへと顔を向ける。『ベイゼンハウド・フーレン』の大きな牙を剥き出しにするほど大きく口を開いた彼は、戦士たちに告げるのだ。


「若造どもよ!!オレは『北天騎士団』の団長、ジグムント・ラーズウェルだ!!戦いの前に、訊いておきたいことがあるッッ!!」


 ジグムントの叫びはやまびことなり、山道を進むギーオルガの部隊に降り注ぐ。その歩みが、わずかながらに緩むのが分かった。


 『北天騎士団』の団長……その役職が持つ重さに、ヤツらは反応したのだろうか。あの若者たちにも、この無謀な特攻作戦に不満がないわけではないようだな……。


 説得する余地はあるようだ。


「難しい言葉は苦手だ!!率直に訊くぞ!!我々の側に戻る気はないのか!!何のわだかまりもなく、かつてのような関係には戻れるとは考えていない!!……だが、それでも今よりは、ずっとかつてのとうに共に生きた日々に近づけるッ!!」


 何人かが、その隊列から脱落していくのが見えたよ。あきらかに歩みは遅くなっているな。


「かつての日々に、不満があったのかもしれない。だが、現状にお前たちは満足しているのか!!帝国軍に軽んじられて、使いっ走りにされている!!出世の望みなどなく、今この瞬間も、犬死にしてこいと命じられているだけだろう!?それが、お前たちの望んでいたことなのかッ!!」


 若者たちも迷っているようだな。さっきまでの鋼のように硬い規律は、そこに存在していない。隊列が、容易くばらけてしまっている……。


「今一度、選び直してはくれないか!!このまま、『ベイゼンハウド人』同士で、北天騎士同士で、殺し合うこと以外の道も、お前たちは選ぶことが出来るのだ!!……このまま戦い、その果てに、お前たちは、どんな『未来』を見ているというのだ!!」


 ……歩みは弱まっている。


 だが、止まってはくれないな。


 隊列の先頭を歩くのは、ジークハルト・ギーオルガに賛同する男たちらしい。愚直なまでに、帝国人となることを望んでいるのかもしれないし……どこか自暴自棄な行動のようにも見えた。


 そうだ。


 彼らも理解しているのだろう。自分たちのしてきた行為が、決してかつての同胞たちに許される行為ではないことを。


 誰もが迎え入れたりはしないさ。呪術の生け贄にされた北天騎士の遺族もいるんだからな。その遺族たちが、彼らを許すとは限らない。


「……オレたちと共に生きる気がある者は、その隊列から離れるがいい!!それを選んだ者たちを、我々は攻撃しない!!……選べ!!ここで何の名誉もなく、叶いもしない野心のために死ぬか!!それとも、かつてのように、オレたちと共に生きるか!!二つに一つしか、道は無いぞ!!」


 その言葉に、再び、何人もの北天騎士たちが行進から脱落していく。悪くはない。全員とはいかないが……かなりの人数を減らすことは出来ている。


 ……そして、隊列が止まる。ジグムントの意志に応えたわけではない。突破をするために坂道を登り切るスピードを作るために、彼らは休んでいるだけだ。戦いは、避けられないのさ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る