第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その7


 前方にいる帝国兵どもに比べて、後方の帝国兵どもの戦闘意欲は低い。崖の上から放たれる矢を剣で弾きながらも、突撃する様子が無かった。


「……ソルジェさん!敵の動きが……」


 ロロカが帝国兵の群れを『霊槍・白夜』による正面突破で打ち崩しながら、オレの隣りにやって来る。キュレネイ、ジャンも敵陣の突破に成功していた。数十人の戦士を仕留めつつ、『パンジャール猟兵団』の前衛部隊が集結している。


「……止まっているでありますな」


『た、戦う気が強いのは、前方の集団だけです!!』


「……そのようだが、策かもしれん。警戒は解くな」


「イエス。我々は、後方の敵に備えるであります。前方の敵は……すでに『北天騎士団』が取り囲みつつある」


「そうね。射撃部隊のサポートが有効です。元・北天騎士とはいえ、前方の『北天騎士団』を相手しながら、崖の上から矢を射られてはひとたまりない……」


 『バガボンド』のエルフ族弓隊は、その精度の高さを示している。北天騎士たちと剣を打ち合った敵を、上空から精密に射抜いていた。そして、敵兵が密度を増さないように、威嚇射撃で、突撃の速度もコントロールしてもいるな。


 ……想像以上の腕前だと、大きな満足を手に入れた。


『ほ、北天騎士の皆さんも、かなり強いです……っ。押していますね』


「……そうだな」


 雌雄はすぐにでも決してしまいそうだ。オレたち四人が突破したことで、敵陣の密度はかなり薄くなってもいるからな。


 突破を許されたという心理的な衝撃は大きい、とくに鉄壁な守りが得意であったはずの、元・北天騎士には影響が強いのさ。突破を容易くされるはずがないという誇りがあっただろうがな―――。


 ヤツらは明らかに自信を喪失してもいるし……闘争心の高い前方の集団も、背後にオレたちが陣取ることで集中力を欠いている。


 いつでも、オレたちが包囲殲滅の圧倒的な有利さをもって、ヤツらを攻撃することが出来るということに気がついているようだな。


 このポジションは、ヤツらに大きなプレッシャーを与えているわけだ。


「ここに陣取るぞ。後方の敵集団を見張り、前方の敵集団を脅してやる」


「イエス。この位置をキープすれば、両方の集団をコントロール出来る」


「それに……無意味な殺戮も防げるでしょう。後方の集団は……武装解除にも応じてくれるかもしれません」


『ぜ、全員が、『ベイゼンハウド』を捨て切れたわけじゃないんだ……』


「当然だろう。誰もが、割り切れるものか。故国を捨て去るなどという道を……」


 ロイ・ベイシューは極端な例だろう。彼ほど、誰もが全てを捨てて欲求のために生きられるはずもない。未練がある。『北天騎士団』に対しての、『ベイゼンハウド』に対しての。


 そのことをロイ・ベイシューも理解しているからこそ、ジグムントの勧告に応えて集団を離脱した者たちを攻撃することは無かった。ロイ・ベイシューもまた甘い。本当に自分のことだけを考えるのであれば、あの離脱者を殺したはずだ。


 そうしなかったことで結束が緩んでもいる。


 ……仲間を斬って来たと語ったが―――その罪悪感で、あの男もボロボロになっているようだったよ。


「くそ!!」


「背後を、取られるなあああ!!」


「後続部隊!!後続部隊!!どうして……どうして、動かない!!」


「どうした?……仲間に頼るのか?……自分の力で、道を切り開くんだろ?……お前たちだけでも、戦えよ?」


 慌てる若造どもを挑発してやるのさ。性格が悪い?……だろうな、魔王サマだからしょうがない。


「や、やってやる!!オレたちだけでも、この『メーガル』を落としてみせる!!」


「そうすれば、そうすれば……新天地へと向かえるんだ!!」


「富を得る!!……貧しい冬も来ない!!オレたちは、もっといい土地で暮らすんだよッ!!」


「……やってみなさい。この乱世で、自分の力で『道』を開くことが……どれだけ困難なコトなのか。思い知るといいんです」


 『霊槍・白夜』から水色の魔力を解き放ちながら、ロロカ・シャーネルは語る。彼女の静かな瞳には殺気が満ちていた。剣士ならば、誰もが理解しただろう。彼女の戦闘能力の高さを。


 それでも、半ば自暴自棄となっている帝国兵どもは、牙を剥き出しにした獣の貌で、ロロカ・シャーネルに挑む。


 ……むろん。


 彼女だけに負担をさせるかよ!!


 オレの竜太刀とキュレネイの『戦鎌』が敵兵を切り刻み、巨狼に化けたジャンの牙が兵士の腕を噛みつぶし、力任せに崖下へとブン投げる。


 ロロカは運命を切り開くには、あまりにも弱い帝国兵たちに『霊槍・白夜』で襲いかかっていた。突きの一撃で敵兵を仕留め、回転させた『霊槍・白夜』の石突きで二人目のアゴを打ち砕く。三人目は霊槍の殴打で騎士の剣ごと、その敵兵の首をへし折っていたよ。


「…………未熟です。私たちを相手にするには、十年早い。そのような拙い力では、この乱世が与えてくる定めなどに、抗うことは出来ません」


「……つ、強い……こ、このディアロスの女、ジグムントよりも……強え……っ」


 槍使いと剣士だからな。相性というものがある。基本的に剣士は槍使いとの戦いには向いてはいない。


 猟兵ロロカ・シャーネルに剣を使って挑むか……あまりにも無謀ではある。オレやシアンでさえも、ロロカに勝つのは、そう容易いことではないからな―――。


 ―――さてと、オレたちは襲いかかって来る前方の集団の帝国兵どもを蹴散らしながら、敵陣を両断したままの状態を維持する。後ろの連中は、もうほとんど立ち尽くすだけだった。


 上空にはゼファーもいるからな。また『炎』を吐きかけられる可能性もある……いや、彼らは臆病ゆえに止まっているのではない。


「……どうしてだ!!どうして、来ない!!……オレたちは、オレたちは仲間を殺してでも、この手を、この指を、あいつらの血で汚してでも、新天地を目指すと誓ったじゃないかッッッ!!!」


 ジグムントと斬り結びながら、帝国兵ロイ・ベイシューは叫ぶ。足音か、気配か。彼の突撃に応じた者が、せいぜい半分近く程でしかなかったことに、ヤツは気がついていた。ジグムントと戦いながら、それだけ気が回るとはな。


 かなりの腕前の男ではあるよ。


 それでも、ジグムントに対する警戒を緩めるとはな……愚かな行為だ。『ベイゼンハウドの剣聖』、ジグムント・ラーズウェルは、その一瞬の隙を見逃すことはない。大小の剣で畳みかける。


「くっ!?」


 左右の剛剣から繰り出される乱打に、ロイ・ベイシューの両手持ちの構えが崩されてしまう。そして、次の瞬間、ジグムントが『氷剣』を使う。


 左手に握る小さな剣が、その刀身を氷に包む。刹那の間に大剣並みの刃と化した『氷剣』の一閃が、ロイ・ベイシューの左手首を篭手の鉄ごと深く斬り裂いていた。


「がぐ、う……ッ。そ、それ……マジかよ……『パシィ・イバルの氷剣』……ッ。ジークが探していた……伝説の『氷剣』……ッ」


「……そうだ。オレが継いだ。『北天騎士団』を守るための力とするために。これは我欲のための剣であったことは、過去も未来においても一度もない。『ベイゼンハウド』に生きる、全ての民草のための刃だ」


「きれい事ばかりを、言うんじゃねえよッ!!」


 左手を斬り裂かれた帝国兵ロイ・ベイシューは、大剣を片手持ちに切り替えながら、ジグムントを攻める。だが、ジグムントはその斬撃を軽く受け流してしまう。そうだろうな、ロイ・ベイシューの利き腕は左だから。


 ヤツは利き腕を封じられているんだよ。


 それでも、体力任せに大剣を振り回しながら、ヤツはジグムントを攻めることをあきらめなかった。


「……死なねえ……死なねえ……っ。伝説の『氷剣』が相手だとしても、オレは……オレは、あきらめないぞ…………オレは……し、幸せになってやるんだ!!……そう考えることの、何が悪い!!オレは、正しい!!正しいハズだから……負けねえんだあ!!」


「……それが、お前の『正義』というのなら。オレはお前を軽蔑するだけだ。『ベイゼンハウド人』の生きざまは……死にざまは、そうではない。仲間のために生きて、仲間のために死ねと教えたハズだぞ。そうでもなければ……オレを超えられるはずもない」



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