第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その34


 ―――『アルニム』の戦は、若き戦士たちを鍛え上げる。


 虜囚とされていた『アルニム』生まれの北天騎士は、鉄壁の強さを見せる。


 不動にして、迷うことはない。


 迫り来る敵兵を睨みつけながら、一才の恐怖もなしに笑うのだ。




 ―――魔王の若き兵士たちは知るだろう、疲れ果てた者の見せる意志の強さを。


 ヒトの精神力は、わずかな時間だけなら体力さえも補える。


 古強者の心が持つ、その恐れ知らずの勇気を見ていた。


 覚悟に裏打ちされた者が、一体どれほどの強さを得られるのかを未熟な戦士は知る。




 ―――北天騎士たちの戦いの信条は、徹底した守り。


 仲間と共に隊列を組み上げて、戦士と鋼で防壁となる。


 迫り来る敵に対して、怯むことはない。


 かつての英雄たちの詩歌と物語が、彼らの魂を燃やすから。




 ―――どうすれば、民草を守ることが出来るのか。


 どうすれば、仲間を守ることが出来るのか。


 北天騎士たちは知り抜いている、乱れぬことなく持ち場を守れ!


 勇者にのみ達成が可能な、その行いこそが守りの秘訣。




 ―――イーライは、若者たちのために叫ぶのさ。


 恐怖が作る混沌は、敵に与えるだけでいい。


 守るための戦においては、秩序を保ち続けるのだ!


 北天騎士の行いを見よ、仲間のために揺るがぬ鉄壁こそが誰にとっても最良の道!




 ―――戦士は己を捨てることで、仲間に守られるのだ。


 いつでも仲間を頼れ、つねに孤独ではないと認識しろ。


 たとえ、一対複数で敵を前にした時でさえも。


 忘れるな、共に戦う仲間は必ずお前のために戦ってくれているのだ。




 ―――北天騎士たちは、『漂泊の勇者/バガボンド』にその心を伝える。


 守るための戦いとは何か、個を捨てる本当の意味はどこにあるのか。


 仲間との絆に頼ることこそ、北天騎士の戦の本質。


 誰もが己を捨てて仲間のために在ることこそが、この不敗の結束を作るのさ。




 ―――戦術数多を駆使しても、軍隊にとって最大の力は結束だった。


 ヒトの群れを支える力は、けっきょくのところ意志の力である。


 結束の本質は、無私であることだ。


 どれだけ仲間のために尽くせるか、それはヒトの群れを強くも脆くもする。




 ―――無私の騎士たちは、誰もが己をかえりみない。


 仲間のための命である、民草のための命である。


 命の使い道と、その道の意味を知り尽くす彼らだからこそ至れる強さがあるのさ。


 魔王軍の若き戦士たちは、それを見ることになる……。




 ―――勇猛果敢な北天騎士たちの、強さの秘訣を若者たちは知るのさ。


 理解している、体力と才能で勝ろうとも『ベイゼンハウド』の地では二番目以下だ。


 この土地で最強の存在は、間違いなく『北天騎士団』。


 故郷を守り抜こうとする意志を宿した古き鋼の猛者たちは、敵に退くことはない。




 ―――大いなる北天の騎士たちは、死にながらも敵を仕留める。


 『剣塚』にその名と物語を捧げる時のため、武勇に翳りを見せてはならない。


 権力に仕えることはなく、ただ民草のためにある彼らの献身。


 若く未熟な戦士たちには、その全ては伝わらないだろう……。




 ―――だが、北天騎士たちの壮絶なる散りざまは若き戦士の心に何かを伝える。


 勇敢であることが、どれだけヒトの群れを強くするのかを。


 美徳は数多く在れども、戦場での最高の美徳は勇気である。


 戦いに怯まぬこと、死の定めにも怯えぬこと……。




 ―――その境地こそが傀儡の兵士ではなく、真の戦士だけが到達出来る境地だ。


 大に勝つための、無謀な戦を行うためには国の奴隷の兵士では足りない。


 真の自由意志と勇気を持つ戦士のみが、多を超える強さを出せる。


 勝利のために全てを捧げることは、狂気にも似た戦士の哲学がいるんだよ。




 ―――ボクらが多数であれば、これほどまでの壮絶さを求める必要はない。


 多くの仲間といっしょに、少ない敵をいじめるのは簡単だ。


 でも、残念ながら敵の数の方が多いのさ。


 イーライは自分たちの無謀さを、よく分かっている。




 ―――だからこそ、兵士など育てるつもりなどはない。


 狂気に取り憑かれたほどの戦闘意欲と、無私の正義を持たせなければならない。


 これからの戦で亜人種の戦士が帝国に捕らえられたら、どうなるか?


 帝国人は容赦なく殺すだろう、捕虜になどしない。




 ―――兵士と兵士の戦いではない、兵士と戦士の戦いになる。


 我々にとって、敗北は即ち種族の全滅と知れ。


 帝国人は望んでいるのだ、我々の絶滅を……。


 絶対的多数と、その悪意を持った者たちと戦うことは狂気がいる。




 ―――狂ったほどの『正義』がいるのだ、我々が人間族の持つ悪意に勝利するには。


 帝国に仕えてもいたイーライは、帝国人の願いを知っている。


 亜人種の絶滅であるし、その願望は人間族の基本的な理念のようだ。


 これほどまでに高潔で、人種の垣根を越えた結束さえも……。




 ―――人間族の排他的な性質は、簡単に打ち崩してみせた。


 数が多いということは、そういうことでもある。


 少数を消し去り、己がままに全てを支配したいと願う。


 人間族だけでなく、圧倒的多数の人口を占めたヒト族がそう考えるのかもしれない。




 ―――だとしても、今の大陸には人間族が多すぎる……。


 イーライは知っている、マトモな兵士では足りないのだ。


 己の運命を背負い、鋼を振り回す蛮勇の力が要る。


 合理的な戦いだけでは、敗北してしまう……。




 ―――人間族だけの世界になど、してたまるか。


 私の妻はエルフだ、私の子もエルフだ。


 私たち亜人種は、己の『家族』を守るためにも……。


 兵士を超えた真の戦士にならねばならん、魔王に仕える真の戦士に。




 ―――サー・ストラウスが望んだ、全ての者が生きていてもいい世界。


 それを成し遂げるには、彼だけでは足りない。


 彼を支える真なる『魔王軍』がいる。


 全てのヒト族が生きていていい世界を、力で保証する存在が!!




 ―――戦え、若き戦士たちよ!!


 未熟であるのならば、勇者たちから見て学べ!!


 仲間のために死ぬ覚悟を持つ、真なる北天の勇者たちを見よ!!


 これこそが、我らに必要な力だ!!




 ―――勇敢であれ、『正義』のために死ぬことを恐れるな!!


 そうでもなければ、世界など変えられぬ!!


 我ら少数が、我ら弱き者たちが……悪意に呑まれず生き抜くには!!


 強くなければならんのだ、壮絶なまでの強さがいるのだ!!




 ―――イーライは理解している、その壮絶な道はあまりにも過酷であると。


 だが、そうでもしなければ帝国になど勝てはしない。


 人間族に滅ぼされるわけにはいかないのだ、彼の子孫たちも皆エルフなのだから。


 全ての亜人種の存続のためには、人間族の作り上げた帝国を滅ぼす……。




 ―――彼の仕えたかつての故国を滅ぼすほかに、その道はなかった。


 イーライ・モルドーは北天の騎士たちと共に、最前列に並ぶ。


 矢を放ち、命令を放ち……若者たちに示すのだ。


 『魔王軍』が、いかなる戦士を求めているのかを……。



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