第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その1
風呂から上がったオレに渡されたのは、フワフワのタオルと『アルニム』での勝利の知らせだったよ。イーライ・モルドーと『バガボンド』は見事な戦をしていたようだな。
『い、イーライさん、スゴい戦いっぷりだったみたいですよ!!ああ、も、もちろん、ピエトロも!!』
狼モードのジャンは、その戦いを報告してくれた。北天騎士たちが敵の突撃を止めて、イーライが直接率いる弓隊が、止まった敵を突撃しながら射殺したらしい。
ずいぶんと気合いが入っているな。弓兵に突撃させるか。北天騎士たちの壁の強さを信じていたからこそだな。
敵の突撃を止めた北天騎士たちの背後に走り込みながら、弓兵が射撃を行う……その弓兵が仕留めた敵の穴に北天騎士たちが突撃し、その背中に続いて弓兵たちまで突撃したか。型破りだが、攻撃的でいい戦い方だよ。
……なんというか、あえてハードな仕事を『バガボンド』の戦士たちに与えて、経験値を与えたがっているようにも見える。数的有利と地の利を得られる貴重な機会。楽な戦だからこそ、鍛えることに使ったようだ。
若手に北天騎士の突撃を見せつけながらも、その突撃に合わせるように射撃をさせた。見て学ぶことになるし、弓兵に敵と接近しながらでも精密な射撃を行わせる訓練にはなるな。
並みの新兵ならば、混乱して死ぬことにもつながりかねないところだが―――イーライも前線に飛び出して指揮を執ったことで、『バガボンド』の若き精鋭たちも混乱することは無かっただろう。
いい経験を積んだ。昨夜の『アルニム』陥落に続き、防衛戦も行った。これから夜には、もう一戦、彼らは戦うことになるかもしれない。イーライも、さすがに『ガロアス』攻めは行わないさ。
若手たちに休息と、ムダに興奮しているであろう精神を落ち着けさせようとしているんじゃないかな……経験を積み重ねるのはいいが、ムチャと酷使は禁物だからな。ここにいる『バガボンド』の精鋭たちは、犬死にしている場合ではない。
より強くなり、これからの『バガボンド』の中核を支える戦士に成長してもらう必要がある……。
「……それで、ジャンよ。ロロカ姉さまたちは、もう東に向かっているのだな?」
『う、うん。ボクも、合流しなくちゃ……そ、それでは、団長!『メーガル』で合流しましょう!!』
「ああ。頼んだ。オレたちも、ゼファーで『メーガル』に向かう。ジーンは、動いているんだな?」
『は、はい!ロロカさんからの伝言です!じ、ジーン・ウォーカーさんと『アリューバ海賊騎士団』と、1500の兵力は出発しています……それと……オットーさんからも!』
「……向こうはどうなっているんだ?」
『お、オットーさんからによると、帝国軍最左翼……南の方に、『ベイゼンハウド』から派遣された兵士は集められたまま……沈黙を保っているようです』
「『ベイゼンハウド』が反乱を起こしている最中だからな……帝国人は、彼らを信じることは出来ないだろう」
……帝国軍を割る。『呪法大虎』からの依頼を、オレたちは果たせたようだな。彼らは帝国軍本隊と切り離された。事実上、死んだ戦力になる。戦になれば、ハイランド王国軍と帝国軍のどちらからも無視されるだろう。
下手に動けば、帝国軍から攻撃されることになるだろうし―――帝国軍は彼らに情報を提供することはないだろう。ハイランド王国軍に情報が流れるかもしれないと疑っているだろうからな。
信頼を失う。
社会や組織において、最も大きな種類の痛手を彼らは負ってしまっているのさ。
こうなれば、オレたちがすべきことは一つ。さっさと『ベイゼンハウド』から帝国人を追い払い、このまま『ベイゼンハウド』をジグムント・ラーズウェルに掌握させることだけだな……。
ハイランド王国軍のサポートにもなる。『ベイゼンハウド』から帝国軍に対して、援軍も物資も送ることが出来なくなるわけだからな。ヤツらの計算は狂うのさ。あてにしていなかったワケでもないはずだ。
『メーガル』には、バルモア連邦領から、大量の物資が輸送されて来ているわけだからな。それがあるからこそ、帝国の拠点は、補給物資を次から次に帝国軍へと送れていた。
『メーガル』の物資が、直接的にハイランド王国軍と対峙している帝国軍に送られなかったとしても、帝国軍に物資を送りまくって、疲弊した拠点に物資を届ける……という行為は出来るわけだ。
『メーガル』や『ベイゼンハウド』をオレたちの側につけることで、帝国軍の補給線を枯らすことにつなげられるわけだよ。
そうすれば、帝国軍はハイランド王国軍に対して選びたかった持久戦をやりにくくなるな。食料を始め、生活や戦闘のための物資が補充されないのでは、戦いにもならない。
……帝国軍は迷っているはずだ。
戦力差は元々、大きすぎる。まだ大して疲弊していないハイランド王国軍の戦力に敵うものは、この大陸にいない……ぶつかれば、瞬殺されかねない。
帝国にとって最大の脅威であるハイランド王国軍を疲弊させるための戦いが、このままでは出来なくなるわけだよ。
「……順調だ。帝国軍が大きな援軍を出してくる前に、とっとと『ベイゼンハウド』を掌握するとしよう」
『お、大きな、援軍……ですか?』
「そうだ。バルモア連邦領にとっても、『ベイゼンハウド』の港が商売に使えなくなることは痛いだろうからな」
『……っ!?つまり、バルモア連邦が、『ベイゼンハウド』に来る可能性もある……?』
「短期間では遠征軍を組織することは出来んだろうがな。その可能性は十分にある……海上戦力を封じるための『アリューバ海賊騎士団』も、今はハイランド王国軍のサポートにほとんどの戦力が使われているからな」
『……そ、それは、何だかマズい予感ですね……っ』
「敵に行動を取らせる必要はない。早く動き、行動を抑止すればいい」
『了解です!!……とりあえず。ぼ、ボクは、『メーガル』に『北天騎士団』の護衛に出かけます!!』
「そうしてくれ」
ジャンが勢いよくホフマンの屋敷から飛び出して行ったよ。オレは髪を拭いていたタオルを首にかけて、鉄靴に脚を通していく。
竜鱗の鎧は、リエルが気を利かせてくれたのだろう、もう乾いていた。タオルで拭いてくれたのさ。まったくもって、健気な正妻エルフさんだよ。
……三分ほどの時間をかけて、オレは竜鱗の鎧を身につけていた。
屋敷の外に出ると、『メーガル』へと向かう北天騎士たちの姿が見えたよ。焦る必要は無さそうだが……まあ、不安材料もあるからな。
オレの姉貴と甥っ子と、どうやらその二人が仲良さそうな帝国軍のスパイどもだ。
カーリーがかけてくれた呪いは、あくまでも予測のもとにかけられた呪い。ストラウス家の血を使い、竜を『召喚』しようとしていたという予測にな……その結果、オレはあっという間にルルーシロアと遭遇することが可能だった。
となれば。
予測が当たっていたからだろうと、オレもカーリーも考えていた。スパイどもが用意していた呪いは、ストラウス家の血を使ってもいたらしい……つまり、姉貴と甥っ子は、帝国軍のスパイと『仲良し』だ。
もしかすれば、帝国軍のスパイに参加しているのかもしれない。竜がいなくても、あの甥っ子は相当な戦士だった。『熊神の落胤』ぐらいなら、殺せるんじゃないだろうか……。
……厄介な敵だ。
ダグル・シーミアンの血判状の約束に従い、再結集した『北天騎士団』の強さを疑うわけじゃないが……アシュレイ・アンジューを仕留めるのは、容易い行いではない。
……この手で、オレが殺すべき相手だろう。
ガルーナを裏切ったファリス帝国につくのであれば、姉貴だろうが甥っ子だろうが、オレはアーレスの竜太刀にその血を捧げる覚悟はある。
あちらも、ストラウスだ。
自分の『家族』のために、敵を斬ることを厭わん。
姉貴は……マーリア・アンジューは、帝国貴族に嫁いで、アンジュー家の一員になったのだ。姉貴は……アンジュー家に繁栄をもたらすために行動しているんだろうよ。
……。
……それでいいのさ。
オレにも迷いはないから、姉貴にも迷いはないはずだ。
『家族』のために戦うというのならば、ストラウスの剣鬼の血に相応しい行いだな。姉貴よ……姉貴とも、剣を交わすことになるのか。そうであるべきだな。姉貴の首は、オレが刎ねるべきだよな、アーレス。
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