第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その32


 金色の瞳を開いたまま、ルルーシロアはオレを見ている。確かめようとしているのだろうか?……オレの言葉の意味が、分からないはずもなかろう……。


「オレは本気だぞ?」


『……それは、かつきでいるということか?……このわたしに?』


「ああ。そして、お前を手に入れたいと願っている。どうだ?……負けるつもりがないのなら、悪くない条件じゃないか。オレが負ければお前のエサ。オレが勝てば、お前はオレの『家族』だ」


『……『かぞく』?……ひとが、わたしの、かぞくというのか……ッ』


 プライドが傷ついたか。ヒトと同列の存在のように扱われたことが、大いなる侮蔑だと感じたか。


 ルルーシロアの長い首が動き、オレをその鼻先で突き飛ばしてくる。竜鱗の鎧ごしに、その一撃を受け止めた―――いや、受け止めることは完璧には敵わず、体は枯れたこの葉みたいに、大きく吹っ飛んでいたよ。


 そのまま、オレは海のなかへと落下していた。


 いい鋭さだな。


 ゴボゴボと海水のなかに泡を吐きながら、オレは笑っていたんだ。竜騎士にしか分からない理由でね。


 海に削られてはいるものの、この島にはまだ浅瀬があってくれた。おかげで、鎧を着込んでいても溺れることはない。オレはにやけたままの口から、わずかに海水を吸い込みながら起き上がる。


 上半身が海面に出ていたよ。口のなかが、とんでもなく塩っぱい。それでも顔面をにやけさせたまま、強い波が支配する海の中を歩いて行く。ルルーシロアに向かってね。ゼファーが、怒りの表情になっているが……跳びかかりはしない。


 そうだ。


 お利口さんだぞ、ゼファー。


 野生の竜ってのは、悪気が無くてもコレぐらいは暴れるもんだ。悪気があれば、オレも竜太刀を抜いていたさ。


 じゃれ合うのにも命がけ。だから、ストラウスの剣鬼は、体をとんでもなく鍛え上げながら、竜とのじゃれ合いに備えてもいるんだよ。


「……ルルーシロア、いい挨拶だな」


『……むきずか。ひとごときのくせに、しょうげきをのがしたか……おまえは、ちからをうごかすことに、たけているのか……』


「そういうことだ」


 突きに合わせて跳んだことを、すっかりと見抜かれている。いい分析能力だ。さすがは竜―――『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』だな。


「ソルジェ、無事か?」


「ああ。海のなかに落ちただけだからな」


「……乱暴者なのね、竜ってば?落ち着いてハナシも出来ないのかしら」


 ……お子様ってスゲーな。竜に対して、そんな口の利き方をする人物ってのは、大陸を探しても、そう多くいるような気がしないけどね。慣れてる。竜に。危険ではあるが、まあ、カーリーなら殺気にも威嚇の動作にも反応するだろうよ。


 それに。


 そんなときにはミアが反応する。ミアはじーっと見つめているからな。ニコニコしながら、ルルーシロアの全てを見つめている。呼吸の動きも、爪の色も、ウロコの輝きも。


 オレの言いつけ通りに、ルルーシロアを識ろうとしているのさ……ミアは、今この時、オレが許せばルルーシロアとの戦いに挑むかもしれない。この場所ならば、ルルーシロアとの戦いに部外者を巻き込むことはないしな。


 だが、まだ早い。


 ……悲しいかな、竜騎士としての願いよりも、『パンジャール猟兵団』としての戦いが残っているのだからな。そちらを達成してからでないと、ルルーシロアとの戦いに、我々は全てを費やすことは不可能なのだ。


 ゼファーの首に抱きつきながら、ミアはガマンしてくれている。本当は、ルルーシロアが欲しくて欲しくて、しょうがないのだ。


 この白い竜を、自分の竜にしてみたくて、しょうがない。


 それが竜騎士ってものだからな。


「……それで、どうするつもりだ?……ルルーシロアよ、オレとの約束に、乗るのか、乗らないのか?」


『…………のってやろう』


 歓喜のあまりに口が開くぜ。竜騎士の牙が、海水と冷たい風の混ざった味に触れる。舌が塩っぱさに痺れてしまいそうだった。


 もちろん、ミアも同じような顔している。オレのより、65億倍はチャーミングだったけどね。一番星サマよりも、可愛くてキレイな笑顔で輝いていたよ。


 ルルーシロアは、オレの笑顔など見たくもないのだろうか。また瞳を閉じる。無愛想ではあるが、言葉を続けてくれたよ。


『…………おまえたちがかてば、おまえたちのちからは、りゅうよりもつよいということだろう。そうだとするのならば、そのちからを、ぬすみとることで、わたしははるかにいだいになれる』


「ククク!そうだな。教えてやれるよ、竜だけでは到達することの出来ない高みってものをな……」


『…………まあ。わたしが、まけることなど、ありえないのだがな…………おい、くろいの』


『……ぜふぁーだよ』


『……しっているが、おまえなど……くろいのでいい。わたしよりも、ちいさな、がきなどを、なまえでよんでやるひつようなどない』


『……べー。いやなやつ!すぐに、おまえなんかよりも、ずーっと、おおきくなってやるから!』


『ならんさ。そのまえに、わたしが、きさまののどを、かみつぶしてやるからな』


 ルルーシロアとゼファーが眼を鋭くさせながら、お互いを睨みつけている。


 だから?


 だから、オレは爆笑していた。


「ハハハハハハハハッ!!」


「……赤毛、なんで笑っているの?リエル、貴方の旦那、海水を呑みすぎたんじゃないかしら?」


「いや。竜騎士的な何かだろう。うむ、そーに決まっておるわ」


 リエルちゃんは腕を組みながら、うんうんとうなずいていた。さすがは正妻エルフさん、オレの行動の意味をよく当ててくれるじゃないか。カーリーは首をかしげている。


「竜騎士って、やっぱり変なのね」


「……いやいや。なんだか、懐かしいんだ。竜ってのはな、いつもこんな風にケンカしているものなんだ!……ああ、懐かしいぜ。アーレスと、その血筋の竜たちがたくさんいた、オレの故郷ガルーナがな!!」


 ……目を閉じなくても思い出す。竜が舞う、オレの故郷の風景を……切り立った高い山々よりも高く飛び、風車のそばで昼寝している、ストラウスの竜たちの姿が……。


『……がるーな。そこには、りゅうが、たくさんいたのか?』


「……昔はな」


『そうか。りゅうが、たくさんいたのか』


「竜騎士もたくさんいたぞ」


『……それは、たくさんはいらない』


「いたほうが、面白いと思うぜ?……独りぼっちってのは、さみしいもんだ」


『…………』


 沈黙の意味を探れるぐらいには、オレはオトナのつもりだった。


「まあ、オレ個人的な意見だけどな。ルルーシロア、お前も、竜がたくさんいた方がいいだろ?……腕を磨きやすくなるぞ」


『…………それは、すこし……みりょくをおぼえる…………』


「いいところだった。オレは、あの帝国軍どもを片っ端からぶっ殺して、ガルーナを取り戻すためにも戦っている」


『…………りゅうが、たくさんいたくにも……うばわれたのか……?』


「竜でも、無敵ではない。何万もの敵兵が来れば、太刀打ちすることも出来んこともあるのだ」


『…………そうか。そうなのかもしれない。わたしは、おまえたちをころせていない。りゅうがいるとはいえ、たった、すうめいしかいないのに……』


「ガルーナを取り戻す。それも、オレの目標だ。いい国にしたい。かつてのように、竜がたくさんいる国にしたいんだよ。そのためにはな、ルルーシロア。絶対に、お前が必要なんだ……だから、オレは、お前と戦うよ。命がけでも、欲しいモノがあるからだ」


『…………いのちよりも、おまえは、がるーながたいせつなのか……?』


「オレの命なんかよりは、ずっと大切だな。オレたちや、全ての竜の故郷。命に替えたとしても、絶対に取り戻すべき場所なんだよ」



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