第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その20


 一杯だけにしておく。そうじゃないと、かなり進んでしまいそうだったからな。オレはその酒呑みの負傷者たちの場所を後にする。職人たちや北天騎士たちは、オレの人生の複雑さに杯をかかげることでねぎらいの意を表してくれた。


 さて。状況を把握するためと、そして、レイチェルを呼びに来てもいたのだが……彼女の周りには子供たちがいる。重要な任務さ。子供たちを怯えさせないということはな。戦の後は混乱しすぎているし、オトナは忙しい。最高の子守がいれば、皆がよく動ける。


 それに、彼女はオレの言葉を聞いていたらしい。オレを見てウインクしてくれる。慰めてくれているらしい。


 さて、レイチェルの音楽を背に受けながら、オレたちはホフマン邸の応接間へと向かう。そこは作戦会議室だからな。


 皆が集合していた。ジグムントも戻って来ていたよ。とりあえずミーティングさ。ロロカと、そしてミアとカーリーも席に着いていた。


 オレは彼らに報告したよ、オレの姉貴と甥っ子が、オレを殺したがっているようだってことをね。


 その会話を聞いた四人は、それぞれの意見を述べる。ミアはソファーに座るオレの膝に乗ってきてくれたよ。


「お兄ちゃんは、ミアが守ってあげるからね!」


「そんなに心配するな。次は、仕留めるさ」


 姉貴に一生、恨まれてもね……。


「……乱世というのは、ややこしいものだなぁ。一族同士でも、敵味方に分かれさせてしまうのか」


 返り血まみれのジグムントは、ふう、とため息を吐く。身内同士で戦うってことの辛さを彼もよく知っているからな。彼の場合は肉親ではなく、かつての同胞たちや部下たちだがな……。


 そのジグムントのそばには、カーリー・ヴァシュヌがついてやっているな。女子って気が利く。子供でも、ヒトを慰めることの価値を知っているみたいだ。男はガキの頃には出来ないもんだがな。ただ寄り添ってやることも、出来やしない。女って偉大。


「一族同士で……赤毛、そいつは他の誰かに殺させなさい」


「……いや。オレがやるべきだな。そっちの方が、正しい。あのクソガキは、オレにケンカ売って来ている。そんなケンカは買うべきだろう。騎士ってのは、復讐と挑戦を受けるものだ。それが戦場での殺戮を生業とするものの務めなんだよ」


「……だからといって…………」


 長い沈黙を選ぶ少女の金色の髪を、ジグムントは撫でてやっていたよ。彼も厳しい男だが、姪っ子には甘い……いいオトナの男ということさ。


「……ソルジェさん。心中お察しします」


「……ああ。だが、問題はオレ個人の気持ちなんかじゃないんだ」


「はい。彼は……アシュレイ・アンジューは、ルルーシロアと共に現れました」


 そうだ。そこは重要なポイントだった。


 ロロカ先生の言葉に、リエルはクビを傾げる。


「……え?……偶然では、無いと言うのですか、ロロカ姉さま?」


「ええ。『ジャスマン病院』の地下にあったという『呪い』……」


「『召喚』の呪いね?……あ。そうか。竜を呼んでいた可能性も、あるのね」


 呪術の専門家であるカーリーの言葉に、リエルとミアとジャン、そしてジグムントは気づいたようだ。キュレネイはすでに予測済みだったらしい。サンドイッチをモグモグと食べていた。


「な、なるほど。あの白い竜を……『ジャスマン病院』の地下の呪術で、呼んでいたんですね?」


「その可能性はあるだろうな。ストラウスの一族がいる土地に、竜がやって来た。偶然かと思っていたが、姉貴と甥っ子まで現れやがった。偶然な気がしなくなっている」


「じゃあ。その呪いは、竜を呼ぶために?」


「いいや。実際、違うモンスターも、あの呪いは呼んでいた。だから、二つを同時に呼んでいたんじゃないかと考えてる」


「……ルード会戦で、ゼファーの与えた被害を知ったものな。竜の強さを、帝国軍だって理解した」


「それが契機になったのかと思います。彼らは呪術の『ターゲット』を変えたのではないでしょうか?……カーリーちゃん、そういうことは出来ますか?」


「出来ると思うわ。この土地は、赤毛の故郷にも遠くない……竜の因果が残っている。竜を探すとすれば、最適な土地の一つかもしれない」


「そうですか。ありがとう、カーリー。専門家がいてくれると助かりますね」


「ま、まあね!」


 プロフェッショナル扱いされることが大好きな『チビ虎』は、金色の尻尾を誇らしげに振っていた。ロロカ先生は彼女の頭をヨシヨシしてやりながらも、予測を続けてくれる。


「ゼファーの威力を、帝国軍は警戒していました……もしも、敵にアイリスさんがいたとすれば?……アイリスさんなら、徹底的に調べようとすると思います」


「……それって、竜を『召喚』して、どんな生き物なのか、調べるってこと……?」


 カーリーの質問にロロカ先生はうなずいていた。


「強敵のことを分析したいと考えるはず。それに……我々の側に、竜を増やさないために確保しておきたいと考えていたのでしょう」


「……竜をおびき出して殺すか」


 穏やかな発言ではなく、ゼファーの『マージェ』がその言葉に怒りを隠さなかった。ジグムントを翡翠色の瞳が睨んでいたよ。睨みつけられたジグムントは、肩をすくめた。


「すまない。レディーの気分を害するつもりはなかったのだがなぁ……」


「……いや、こちらも睨みつけてしまうのは、違うな。たぶん、ジグムントの発言は正しいのだろう……帝国軍は、強敵を排除しようとするはずだ」


「そ、そっか……竜が2匹になると、より手がつけられなくなりますもんね」


「無敵感がする!!」


 ミアがワクワクに声を弾ませながら、そう言った。


「たしかに、無敵かもしれない。竜といっても、ただの竜じゃない。『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』だ。幼いとはいえ、『グレート・ドラゴン』が2匹も同時期にいたことなど、ストラウス家の歴史上にもない」


「何だか、スゴそうでありますな」


「ほ、ほんと。強そうよね。ゼファーだけでも強いんだし、それが、倍になるんだもの」


「た、たしかに。とんでもない強さになるかもしれませんね……」


「その可能性に怯えたのは、敵ってことかい。分かるなぁ……オレたちも、竜騎士と戦になったらどうしようって、昔から考えるたびに血が騒いでいたもんだよ」


 皆が肯定的な意見になり、何故だかリエルがドヤ顔を浮かべていたとき―――ロロカ・シャーネルだけは考え込んでいた。


 博識な彼女は、その『異常』について何かが気になっているのだろう。知的好奇心の旺盛なロロカ先生には、オレは竜にまつわる知識の多くを伝えている。感覚的な竜騎士の技巧については語っちゃいないけどね。


 『グレート・ドラゴン』。


 その存在は、ある意味、竜族にとっては災いの兆しでもある。『滅びの竜』だ。最も気性が荒く、最も強い竜……竜の一族が滅びに際した時に出現する、あらゆる外敵を排除し、新たな血族の『祖』となる存在。


 淘汰圧をはね除けて、主を保存するために生み出される、竜族の最終兵器のような存在だ……まあ、弱い竜を淘汰する役目も『グレート・ドラゴン』は持っているからな。アーレスも卵から孵化した後は、かなり忌み嫌われていた存在だったらしい。


 竜騎士団に滅びをもたらす可能性があると、恐れられていたそうだ……『グレート・ドラゴン』とは、滅びの存在。その存在が、2匹も同時に現れることは、歴史上無かったことだ。


 ロロカ先生は、きっと、その『異常』に大きな意味があるのではないかと考えていたりするだろう。だが、どんな可能性が見つかったとしても―――たとえば、竜族はより進化しようとしているとか、あるいは未だかつてない程に滅びそうだからだとか。


 ……色々な可能性が思いつくかもしれないが、それらは全て憶測の域を出ることはないのだ。


 そういう時は、ロロカ先生は考えない。というか、もう予測出来そうな事象は全て頭に思い浮かべているのだろう。確かめることのない、多くの『学説』は完成しているが……確証を抱く術がないから、それから先は凍結しておくということさ。


 機会を得たら、その考えを再開すればいい。証明して、納得するためにね。今は、竜族の生態の秘密を解明する時間ではないしな……。



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