第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その21


「……帝国軍は、『ジャスマン病院』の呪いで竜を呼ぼうとしたのだと考えられます。首謀者は帝国の情報機関。帝国スパイたちでしょう」


「……らしいなぁ。『ガロアス』で捕虜と交換した若い衆たちも、そう言っていた。黒髪の大男と、ジークのヤツは仲が良く見えたそうだ……友情があったのかはともかく、利用することが出来ると考えていた……」


「……オレの甥っ子は、『剛の太刀』を使っていたぞ」


「何?」


「おそらく、ジークハルト・ギーオルガから習ったんじゃないかな……他の北天騎士のモノよりも、アンタやオレに近かった印象がある。背筋を使って、上半身を固めてしまう打ち方をしていた」


「……オレと同じぐらいアレを使えるのは、たしかに、ジークだけだなぁ」


「ふむ。点と点がつながりそーな感じだな!」


「えー。どんな感じ?ミア、ちょっと分かんなーい」


「つまりですね。帝国はルード会戦でゼファーの強さを知りました。だから、竜を召喚して研究、あるいは抹殺する必要性が浮上した。その現場が『ジャスマン病院』です。帝国のスパイたちが呪術で竜を呼ぼうとした」


「うん」


「でも。竜を呼ぼうとしただけじゃありません。帝国のスパイたちは、帝国側にいる『竜の専門家』を招いてもいた」


「……お兄ちゃんの……」


「ああ。姉貴と、甥っ子だ」


「……少なくとも、帝国の勢力内にいる『竜の専門家』として、彼女たちはうってつけ。とくにマーリア・アンジューは、ガルーナ育ち。翼将ケイン・ストラウスの長子でもありますから」


 竜についての知識か。知っているかもしれない。姉貴はストラウス家の人々にしては珍しく、アーレスに『聡明』とまで呼ばれていたからな……。


「おそらく、彼女は帝国のスパイに呼ばれて、この土地にやって来た。竜をおびき寄せて仕留めるために……あるいは―――」


「―――アシュレイ・アンジューを竜騎士にするためかもしれない」


「……っ!?え、ええ!?……団長以外にも、りゅ、竜騎士!?」


「なるほど。帝国人にとって、竜騎士は脅威であると同時に……『魅力的な戦力』というわけか?」


「そうだと思う。姉貴は……野心を持っているんだろう」


「ふむ。野心とな……?」


「姉貴の生んだクソガキは、オレの竜太刀を欲しがっていた。そして、立ち去り際にガルーナ王になると宣言していたぞ」


 ……ガキのくせに大した野心だと感心してやることも出来るが、どうにも入れ知恵の気配を感じるんだよな。


 幼い頃から……もしかすると、ガルーナ王国が滅びた時から、姉貴はあのクソガキに言い聞かせて来たのかもしれない。いつか、ガルーナ王になれと……。


「……姉貴の嫁いだアンジュー家は、有力な貴族ではあったが……ファリス王国はガルーナを裏切った。ガルーナと縁が深いアンジュー家も没落している可能性はある。だからこそ、アンジュー家を再興しようとしているのかもしれん」


「……嫁ぎ先に栄誉か。ガルーナ領ってのは、王が不在なままだよなぁ?」


「そうだ。バルモア連邦の貴族どもと、帝国が支配する領域に分かれているんだよ」


 両者の仲は悪い。どちらがその土地の主導権を取るかで揉めているようだ。だからこそ、どちらも傀儡の王を立てることも出来ないのが現状らしい。


 ……オレの故郷を勝手に取り合いやがってとは思うが……まあ、戦に負けるというコトは大きい。いいさ。その内、取り戻してやる―――。


「―――とにかく、姉貴は息子をガルーナ王にしたがっているようだ。傭兵稼業を息子としながら、息子を鍛え、人脈も広げていたようだ。そして……竜対策を計画していた帝国軍のスパイから声をかけられて……この土地にやって来たんだろうよ」


「帝国のスパイどもと仲が良いから、『メーガル』の収容所の責任者でもあったジークと接触していた?」


「竜を召喚する『呪い』の現場が、『メーガル』にありましたからね。アシュレイ・アンジューの太刀筋に、ジークハルト・ギーオルガを感じられるということは……アンジュー家とギーオルガは、帝国スパイを介して交流があったのかもしれません」


「イエス。帝国のスパイどもは、イレギュラーな人間族の戦士を好むであります。『蟲使い』、『熊神の落胤』など……『竜騎士』も、その枠に入るような気がするであります」


「……ふむ。たしかに竜騎士は、特殊な人間族の戦士であるな」


「じゃあ、赤毛の甥っ子も、帝国スパイなの?」


「……そこまでは断言することは難しいですが、『ベルーゼ室長』なる人物は、勧誘してはいるかもしれません。情報機関が竜騎士という圧倒的な機動力を手にすることが出来たなら、その能力は脅威的に拡大するでしょうから」


 真相は分からない。


 だが、サイアクのケースを考えていくと、自然とその脅威に結びついてしまう。そもそも、偶然とは思えない。


「……ルルーシロアとの遭遇は三度あった。しかも、それには共通事項が一つだけある」


「共通事項……?」


 ミアの質問に答えたのはロロカだったよ。


「『ガロアス』の沖合い、『ノブレズ』への陽動作戦からの帰り道、そして、ついさっきの襲撃……どれも、帝国軍の近くに、ルルーシロアが出現しているという点ですよ」


「……なるほど。つまり?」


「つまり、帝国軍がルルーシロアを誘い出している可能性があるということだよ」


 膝の上にいるミアに、オレはそう言い聞かせていた。


「ルルーを呼んでるの、帝国軍は?」


「その近くにいたからな……協力している様子でもないが、帝国を攻撃していると、遭遇しているってのは……どこか違和感がある。それが、三回も連続で起きているのなら、偶然じゃないだろうよ」


「でも。赤毛、病院の地下の呪いは封じたのよね?」


「ああ。『ジャスマン病院』の呪術は消え去ったハズだが……他にもルルーシロアを誘引する呪いがあるのかもしれん……」


「……もしかしたら、ルルーシロアの『行動方針』に呪いをかけているのかもしれませんよ」


「それは、どういうことですか、ロロカ姉さま?」


「……私は呪いの専門家ではありませんから、確信は持てませんが……『召喚』とはつまりはどこからか誘い出す行為なのですよね?」


「ええ。そうよ、『召喚』の呪いは、そうだけど?」


「たとえば、腕で掴んで手元に引き寄せるという手段もあるかもしれませんが……本人の心に、ある特定の場所に近寄れと刻みつける呪いでも、『召喚』は成りますよね?」


「そうね。うん……ルルーシロアって竜の心に、そういう呪いをかけたのかも……?」


「『帝国軍に近づきたくなる』……そんな呪いがかけられているとしたなら、ルルーシロアは、帝国軍に誘引されます」


「ふむ……そうなれば、どうなるのですか、ロロカ姉さま?」


「そ、それって、帝国軍にとって危険過ぎる気もしますけど……?」


「危険ではありますが、竜が軍隊の近くを飛んでいて、目撃されたら、竜を探すための手がかりが増えますからね」


「……了承を得がたい作戦の気がするなぁ。兵士に、竜のエサになれと言っているようなものの気がするぜ?」


「言わなければいいのさ」


「……なるほど」


「帝国の情報機関は、秘匿された存在です。その作戦内容を、告げる必要はないのでしょう。たとえ、この土地の帝国軍の上層部が相手だったとしても……」


「……セルゲイ・バシオンも知らんか……謎すぎる組織だなぁ、帝国のスパイという連中も」


「そうだな。だが、この土地で、そのメンバーを三人ほど仕留めた。ピアノの旦那もヤツらの拠点から書類を回収している……少しぐらいは手がかりを掴む」


「……ですが、まだ、その段階ではありませんね」


「ああ。足取りを追いかけるヒマもない。まあ、ヤツらの性格をうかがい知ることが出来ただけでも、良しとしよう……問題はスパイよりも……ルルーシロアだ」


「る、ルルーシロアに、その呪いがかかったままなら……また、帝国軍の近くにやって来るんですよね……?」


「作戦の邪魔をするかもしれんからな……何か対策を取りたいところだ」



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