第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その19


 オレたちは敵兵の死体が転がる丘を登っていく。丘の上に近づくと、ボロボロにされたホフマン砦を目の当たりにする。


「かなり、やられておるな。色々なトコロの板を引っぺがされてしまっている」


『こ、この砦も、がんばってくれていたんですね』


「イエス。いい仕事をしたでありますな」


 感慨深い気持ちになる。『霧』のなかで、帝国兵にギシギシと揺さぶられながらも、最後までホフマン砦は立ち続けていた。


 おかげで、死傷者が激減していたのさ。天才ホフマン・モドリーの名が、偽りではないことを示してみせたようだ……一夜で、即席の木材で建ててしまった砦とは、思えないほどに頑丈だったよ。


 集落では、さっそく次の戦いが始まっていた。医療班が負傷者の手当を始めているし、ドワーフ女たちの器用な針仕事もな。傷口に酒をかけて消毒したら、縫い針と糸ですぐさま縫い合わせていく。


 矢傷を負った者は多いからな。最後の突撃で、敵兵を蹴散らしながらも北天騎士たちは傷を負っていた。だが、ドワーフの針仕事は見事だってことを、オレは身をもって知っているんだ。切り傷は安心だよ、すぐに縫い合わせてもらえるから。


 『バガボンド』が持ち込んでいる医薬品も、この場では効果を発揮する。北天騎士たちを一人でも失うワケにはいかない。この土地の戦力が減れば、帝国軍を追い払っても、再びやって来るだろうからな。


 ……負傷者に混じって、ホフマン・モドリーがいたよ。彼は疲れ切っていたし、その左肩に矢が突き刺さっていたが、致命傷ではないから安心だ。それに、彼は名誉を回復したようだ。


 周囲にはドワーフの職人たちと、そして北天騎士たちが座っていた。


 治療を待つ間、彼らは『バガボンド』が持ち込んだビールを呑んでいる。肩に矢が刺さったままでも、ビールを呑むってのが、ほんとオレたち北方野蛮人のスタイルってもんだよな。


 オレは嬉しくなり、ホフマン・モドリーに声をかけるのさ。


「よう。いい戦いだったぞ、アンタの砦も、石斧をブン投げるアンタ自身もな」


「……おお。ストラウス殿か。見ておったか?……ワシらの本当の仕事を」


「ああ。『ベイゼンハウド人』のためにこそ、技巧を尽くす。それが、モドリーの一族が行う真の仕事だよな」


「そういうことだ。ワシは……ようやく、罪の一つを償えた。これで、足りるのかは分からないがな……」


「足りないのなら、まだまだ多くの建物を作ればいい。アンタには仕事が、また来るようになるさ」


「……そうだといいがな?」


「来ますよ、ボス」


「オレたち、もう一度、大工に戻れる!!……『ベイゼンハウド』でイチバンの、モドリー一家が戻ってくるんだ!!」


「……はん。調子がいいぜ。昨日まで、ワシの名前なんぞ、悪神のように忌み嫌っておったくせによう」


「う……っ」


「そ、それは、すみませんっす……」


 ドワーフの職人たちは、バツが悪そうに黙り込む。伸び放題のヒゲを生やした口で、北天騎士たちは笑っていたよ。負傷している。笑うだけでも、傷口が痛くてしょうがないはずなのに……ヒトってのは、そんな時でも笑うべきなのさ。


 笑えば、活力がわいてくるからね。


 ヒトってのは、きっと、楽しみ、笑うために生きているんだよ。集落の真ん中で、マウンテン・ダルシマーを弾いている『人魚』なら、きっとオレの言葉にうなずきながらスマイルをくれるだろう。


 だって、レイチェル・ミルラはサーカスの芸人だからね。集落の子供たちを集めて、やさしげな曲を聴かせてやっている。彼女は、子供たちの笑顔を見ることを、人生の目標と定めているようだ。


 偉大なる母性を感じさせる人物だ。戦いに怯える子供たちに、彼女の音楽は大きな支えになっているんじゃないだろうか?


「……いい職人を持っているなあ、ストラウス殿も」


「職人というか、彼女は自分のことを芸人と呼べと言うさ。サーカス・アーティストだからな」


「サーカスか。『ベイゼンハウド』にも、昔はあったがな……貧しいワシらには、丁度良い娯楽だった……ああ、軽んじているわけではないぞ?……貧乏人のための娯楽だと、バカにしているわけじゃなく」


「分かっているさ。オレも好きだったぜ、ガキの頃、里にやって来る旅芸人の一座なんかがな。性格の悪い兄貴たちと一緒に、マネしたものさ、曲芸を……」


 ……そして。


 そして、姉貴にブン殴られていた日もあった気がする。姉貴は、弟たちがふざけていると腹が立つらしい。竜みたいに怖い、オレたちの教官だったな……。


 ……ああ。


 少し、懐かしい気持ちになる。さすがは、レイチェル・ミルラの音楽だ。シャーロンの愉快なだけな音とは異なり、深みってものがあるようだ。


「……ソルジェ、どうかしたのか?」


 家族のことを思い出している時のオレは、複雑な顔をしていたのだろうかな……リエルが心配するように顔をのぞき込んできてくれる。


 話しておこうか。


 あとで皆が集まったときに、話すつもりだったがね……。


「……あの『霧』の中で、甥っ子に襲われていたんだよ」


「なに!?……ソルジェの、甥っ子!?」


「団長、そういう人物がいたのでありますか」


『で、でも、襲われていたって……?』


「……ガルーナは、昔、ファリス王国と同盟を組んでいた」


「王国……まだ、帝国となる前か」


「昔は、あの国も騎士道があったし、人種差別主義を掲げていたわけじゃない。人間族第一主義とか言い出したのは……侵略戦争をし始めて、領土が大きくなっていった頃からだ」


「……懐かしいハナシだぜ。そうそう、ファリスってのも、武勇の国だったんだがな。騎士道の国……『ベイゼンハウド』や、ガルーナ王国と並ぶような、武人たちの国だったが……変わっちまったのさ」


 過去を知る男、ホフマン・モドリーはビールでぐびぐびとノドを鳴らしながら、しみじみと語っていたよ。


「……ふむ。歴史を振り返れば、色々と違うものなのだな」


「そうだ。ガルーナとファリスは、同盟を組んでいた。そして……バルモア連邦との戦の最終局面で、ファリスはオレたちガルーナを裏切った…………そうなる前は、ガルーナとファリスの仲は良かった。だから、オレの姉貴は、ファリス貴族に嫁がされた」


「政略結婚というヤツでありますな」


「……望んでいた結婚なのか、そうじゃないのかは、弟のオレにも分からん。だが、姉貴は……マーリア・アンジューは、とっくの昔に帝国人だ。だから、その息子である、アシュレイ・アンジューの野郎も、オレたちの敵だ」


『……あ、あの『霧』に乗じて、襲って来たんですね』


「ああ、単騎駆けだ」


「ほう。一人で乗り込んで来たのか。ストラウス家の一員らしいぞ」


「そうだな。まさに、そういうガキだった。まだ16ぐらいのはずだ……いい腕をしていた。殺し損ねてしまったよ」


 ……ヤツは、殺すべき存在ではあった。生かしておけば、必ずや、オレたちの災いになる。姉貴よ……オレを殺すつもりだったし、オレがアイツを殺す可能性も許容していたんだな……。


 ククク!……ストラウスらしいぜ。オレたちは、お互いの『家族』のために戦い、お互いの国家のために戦う。そういう道だってことは、オレもストラウスなもんでな、とっくの昔に分かっていたぜ。


「……ストラウス殿も、なかなかの運命に囚われておるようじゃな」


「そんなカッコいいハナシじゃない。敵国に嫁いだ姉貴と、その息子が、オレを殺して竜太刀を欲しがっている」


「……ドラマチックじゃないか。ワシなんて、脱税のせいで同胞を閉じ込めるための収容所を作ったりしていた。ドラマ性ゼロだ……クソ!……肩が痛えけど、いいや。ビール呑んでたら分からなくなるだろう」


「ビールがくれる魔法を過信していると、傷が悪化して死ぬぞ」


「……エルフのべっぴんさんに、正論を言われてしまった。まあ、嬢ちゃん」


「なんだ?」


「オトナには、酒を呑みたくなるときってのが、あるもんなのさ。ほら。ストラウス殿よ……?」


 ドワーフの職人の指が、オレにビールの入った木製ジョッキを差し出してくれたよ。オレはそれを受け取る。酒に溺れる気はないが、たしかに今は少しアルコールをあおりたい気持ちではあったからな。


 リエルは、文句を言わなかった。オレは……どうやら、それなりに苦悩を抱えた表情にでもなっているらしい。悩むことは、無いハズなんだがな…………それでも、何故だか、姉貴を思い出す。


 久しぶりに姉貴が帰ってきたとき。腹が大きくなっていた姉貴は、同じく腹が大きくなっていたお袋と並んで料理を作っていたな。お袋の腹にはセシルがいて……姉貴の腹には、アシュレイがいたわけか。


 ……まったく。アーレスよ、オレは少々、感傷的になっているせいか、このビールが、やたらと美味かったよ―――なんて、いい苦味なんだろうよ……。



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