第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その18


 オレやジャンの出番は無かった。『北天騎士団』はかつての強さを一時的に取り戻していた。自分たちを収容所に閉じ込めた帝国人への憎しみと怒り、そして鍛錬が培って来た脅威的な剣術。それらが結果となって現れていた。


 突撃だからな。北天騎士たちにも大勢の死傷者が出ているが、その十倍以上は敵の死体が転がっていた。


 ……しかし、さすがに体は嘘をつけないものだ。短期間ならば強者に戻れるが、さすがに痩せ細った体では、いつまでも暴れ続けることは出来ない。


 だから、追撃は『バガボンド』の軽装の戦士たちに任せてもらうさ。壊走させて、全滅させるつもりだ。ケットシーとエルフの軽装歩兵が敵を追いかけ回しながら崩し、後続から迫るドワーフと巨人が粘る敵に止めを刺すことになるだろう。


「……ふむ。我らの出番は、無さそうだな」


 後方から追いついて来たリエルがつぶやく。少し残念そうだが、自重してもらわねばならない。


「休むべきだ。とくにお前は魔力を多く消費しているからな」


「……うむ。そうだな。まだ、今夜もある……しっかりと、休ませてもらうとしよう。ああ、北と南に分かれた敵兵も、仕留めたようだぞ」


 エルフさんの長い耳を、ぴょこん!と動かしながら、弓姫は語る。魔笛が聞こえたようだな。勝利の音が。


「そうか。『バガボンド』の戦士たちにも、いい経験となっただろう」


「ああ。この土地は、守ることに有利である。だから、丁度いい難易度だったかもしれない。敵と戦うことで、鍛錬では得られぬ教訓を得る。ソルジェ、お前の軍は、また一つ磨き上げられたぞ」


「オレの軍ってだけじゃない。お前の軍でもある」


「ぬ。そ、そうだな……う、うむ。私はソルジェの正妻であるからして、たしかにガルーナ軍は、私の軍でもあるわけだな……っ」


 ドヤ顔を浮かべるかと思っていたが、リエルは苦笑する。


「実感が、ともなわないぞ。皆、私を敬ってくれているようだが……私は、将の器までは持っていない。まだ、持っていないからな!……修行せねばならない!!」


「そうだな」


「……うむ。キュレネイまで、賢くなっておるからな……『霧』の破り方に、想像がついていたようだ。ロロカ姉さまと、意思疎通が素早かったもの」


「キュレネイは器用で賢い。そして柔軟性があるからな。ロロカとの相性も良い」


「わ、私だって、ロロカ姉さまと仲良しだ。だが……そうだな。私も、戦術書とかを、もっと読むとしよう。私は、おそらくロロカ姉さまには知識量で、キュレネイにはあの勘の良さで敵わない……私は、きっと、フツーのことに向いているな」


「……いい自己判断だ。お前は、マジメなんだ。トリッキーなことよりも、皆を安心させられるオーソドックスさもいる」


「奇策には向かなさそうだな。私は、とても真っ直ぐな乙女だから!」


「……リエル、それは我々が真っ直ぐではないタイプの乙女であると言っているのでありますか?」


「うわ!?きゅ、キュレネイ!?い、いつのまに!?」


 水色の髪を風に揺らし、あの無表情な少女がリエルの背後に忍び寄っていた。


「脅かすでない!?」


「脅かすつもりはなかったでありますが。私とロロカのことを、非・真っ直ぐガールだとリエルが断じているのを耳にしましてな」


 『ガンダラ語』……ガンダラの口調をマネしながら、キュレネイはリエルを問い詰めた。無表情での尋問は、それなりに迫力があるようだった。リエルは困っていた。


「ち、ちがうぞ!?非・真っ直ぐガールなどと、言ってはおらぬし!?」


「そうでありますかな?……私には、そう聞こえなかったような。ここは、賢いロロカに相談したい気持ちでありますぞ」


「ええい!!状況をややこしくするでない!!……と、ともかく、誤解である。真っ直ぐガールと認定する!!キュレネイは、正真正銘の真っ直ぐガールだ!!」


 何だろう、真っ直ぐガールって?……まあ、いいんだけどな。キュレネイはそう呼ばれて嬉しそうだし……?……いや、無表情のままではあるが、肩を落としている。そして、胸元を叩いていた。


「……胸板も真っ直ぐガールであります……マイ・シスターも、胸板が真っ直ぐガール。ふう。私も真っ直ぐガールなままであります」


「自分で言い出しておいて、落ち込むでない!?」


「イエス。胸板も真っ直ぐガールは、純情可憐な乙女の証。穢れ無き美少女として、胸を張ってお日さまを浴びるであります」


 キュレネイは空を見あげながら、そう語っていた。胸板も真っ直ぐガールさんは、へこたれない打たれ強さもあるようだな。良いことだよ。


「……とにかく。ジグムントも無事だ。一度、集落に戻るとしようぜ」


「うむ!」


「イエスであります」


「ジャン、お前も休んでおけ」


『は、はい!!……団長……ゼファーは……?』


「そ、そうだ。ソルジェよ、ゼファーは?……あの白い竜を追いかけて、どこまで行ったのだ?」


「……今、呼び戻しているところだ。あまり深追いはしないはずだ。ルルーシロアも『霧』で魔力を消耗しているしな……」


『あ、あれ……魔術で作っていたんですよね?……竜って、スゴいんですね……』


「イエス。ですが、力は使い用でもあります」


『う、うん……ああ。ボクも……魔術が使えると、良かったのになぁ』


 ヒトは無いモノねだりをしてしまうものだな。矢を弾く毛皮に、馬よりも速く走れる脚。桁違いの筋力。敵や仲間の場所を即座に探ることの出来る『嗅覚』まであるというのにな……。


「ジャンよ。私たちは、皆、それぞれに違う個性を持っておる。だから、それを磨くことで十分に『パンジャール猟兵団』に貢献することが出来るのだぞ」


『そ、そうだよね?……うん。分かってる。ボクも、自分の出来ることで、団に貢献しますね!!」


 ……いいチームワークだぜ。リエルもジャンをフォローするような言葉を使えるようになったのか。偉い子だ。


 オレはリエルの銀色の髪が生えた頭をナデナデしてみるのさ。


「はわわ!?な、何をする、ここは戦場であるぞ!?」


「撫でてるだけさ。褒めてるんだよ」


「う、うむ……子供扱いされているようで、そこはビミョーに気になりもするのだが、褒めておるというのならば、満足だ!」


 森のエルフの奇特な文化。ドヤ顔で自分たちの有能さを誇ることで、森のエルフの尊厳を守るとか守らないとか……。


 その古来の伝統を継承して、リエルはドヤ顔を浮かべていたよ。


『……『どーじぇ』……っ。『まーじぇ』……っ』


 ゼファー上空から飛来する、ドシンと戦場が揺れていた。ゼファーは、何だか涙目になっていたな。リエルが母性を発揮して、その鼻先をやさしく撫でてやっていた。


「どうしたの、ゼファー?」


『あのね、くやしいんだ……』


「くやしい?」


『うん。るるーしろあが、ぼくがおいかけるのやめたら……『かいいぬめ!』って、いったの……っ。ぼく、りゅうなのに……』


「女子と舌戦すると、そうなるもんさ」


 男子は口喧嘩で敵うような生まれをしちゃいないのさ。オレも男にしたら、口うるさくてやかましい方だが、基本的に女性に対して言葉で勝つことはないような気がしている。


「……そう。プライドを傷つけられたのね?」


『うん。あいつ……ほんとに、むかつく……っ』


「でも。『パンジャール猟兵団』のために、ガマンしてくれたのね?……私たちの命令を守って、団のために貢献した。とても偉いわよ、ゼファー。『マージェ』は、誇りに思うわ」


 『マージェ』は竜の鼻先を抱きしめてやっていた。ゼファーは、『マージェ』の香りを嗅ぎながら、幸せそうに金色の瞳を細めていたよ。


「……あの竜は、ゼファーをライバル視しているでありますか?」


「そうだろう。初めて出会った竜だ。戦えば、大きな成長を得ることが出来る。それをルルーシロアは学んでいる」


 学んだ。


 そうだ。学んでしまっている。また来るかもしれない。イヤなタイミングでな。あるいは……このタイミングこそ、そもそも―――いや、考えても答えは出ない。


「とにかく、集落に戻るぞ。体力を回復させるのも、猟兵の仕事だ」



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