第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その14


「りょ、了解です、ロロカさま!!」


「撃つぞおおおおおおおおおお!!」


 カタパルトの良いところは、何だって撃ち出せることだ。そして、攻撃する方向は固定されていることもある。仲間を誤射しないのさ。


 『火薬樽』は使い切ってしまっているが、石の弾はある。そこら中からかき集められた無数の石を、カタパルトが戦場に向けて放つ!!


 深い『霧』に呑まれていたとしても、威嚇にはなるさ。上手く行けば、何人かに当たるかもしれないしな。


 白く塗りつぶされた戦場に、石の散弾が降り注いでいく音が聞こえて来た。土を打つ音と、ヒトの体が放つ音と、悲鳴が聞こえた。うむ。悪くはない。こちらの有効な攻撃が増えたことで、少し状況が改善された。


 前向きなコトが増えたのは嬉しいが、しかし……また砦がぐらつきやがった。壊され始めているな。砦に取りついている帝国兵を、打撃する勢いが減っているからな……。


 オレは左眼を押さえる。


 ゼファーと心を繋ぐ……いや、繋ごうとするのだが、『霧』の影響なのかゼファーの心が見えにくいな。しかし、不可能ではない。強く妨害されているようだが、どうにかゼファーの視野を見ることが出来た。


 ゼファーは探している。


 ルルーシロアを探して、攻撃しようとしている。この『霧』を止めさせなければ、オレたちが不利になることを理解しているからだ。ルルーシロアに怒りを覚えているようだ、この『霧』を嫌がらせだと考えている……。


 地上はすっかりと『霧』に覆われていた。黒い森の一角が、『霧』に沈んでいる様子が見える。まるで雲海に呑まれているようだった。海で遭遇した時よりも、はるかに深い。


 海ほど開けていないからだろうか?


 複雑な起伏のある地形だから、『霧』が滞留しやすいのか……?


 ルルーシロアは空を踊るように飛び回るゼファーに、今のところ向かって来ない。森に隠れて、ゼファーを観察しているようだな。


 なぜ、そんなことをする……?


 ……ケンカを売ってきたというのにな。いや、そうか……ゼファーに魔力を使わせたいのか。そして、知恵も使わせたいようだ。直接的な戦いを好む竜ばかりとは限らんからな。


 ……ゼファー。


 ―――『どーじぇ』、あいつ、でてこない!!……どこにいるのかも、わからない!!


 焦る必要はない。『風』使いの協力があれば、『霧』を作れるような気がしていただろう?


 ―――う、うん!?


 『霧』が作れるのならば、打ち消すことも出来るだろう。


 ―――……っ!!


 ルルーシロアは上空から冷たい風を『風』で集めている。ゼファー、その風の流れをかき乱してやれ。まずは、風を散らして、その術を妨害するんだ。地表の気温を低くしなければ、この『霧』はここまで維持することは不可能のはずだ。


 ―――うん!!


 ……それでもルルーシロアが対応するようなら、分かるな?……頭を使え。お前は竜だ。オレよりも遙かに賢い。


 ―――わかってる!!やるね!!


 ゼファーが『風』を使う。はるかな上空から降りてくる冷たい風の流れを見定め、それに対して上向きの風を送り始める。相殺するつもりだ。力には力で挑む。アーレスの血らしい発想だな。


 それでもいいさ。上空の冷たい風が流れ込まなければ、ここまでの『霧』は生み出せないだろうからな。


 ―――るるーしろあ、ぼくは、おまえなんかに、まけないんだッッ!!


「む!……『霧』が薄くなっていく……?これは、ゼファーが何かをしているのか!?」


 リエルの声が聞こえた。彼女は矢を敵に向けて放ちながらも、そして視線と聴覚を戦場に集中させながらも、ゼファーの魔力を感じているようだな。


 さすがは『マージェ』だ。


 そして、賢い人々は反応してくれる。


 ロロカ先生は気づいている。ゼファーがしていることの意味を。だから、彼女は命令を放った。


「里のなかにいる、『風』を使える皆さん!!わずかでもいい、上空に向けて、『風』を放って下さい!!空から来る冷気を遮断します!!」


 そうだ。前線にいる者たちには、そんな魔力を捻出する余力はないが……この集落には待機している数千人の戦士たちがいる。


 彼らのなかには『風』を使える者もいるさ。攻撃魔術の威力は出せなくとも、そよ風でもいい。数十人分の『風』をゼファーが起こす上昇気流に重ねれば、この霧を生み出しているルルーシロアの目論見を妨害するに足る力は生み出せる。


「了解です!」


「な、何かは分からんが、やるぞ!!」


「そよ風しか呼べんが……オレの『風』も使ってくれ!!」


 集落から、上空に向かって『風』が放たれていく……強い力ではないが、ゼファーの力と重なることで、ルルーシロアが上空から招き入れている冷気の流れが緩やかになる。そうなれば、この濃霧は消えるはずだ。


 敵の動きが見えるようになれば、オレたちの戦術はより機能することとなるだろう。さっきまで掌握していた主導権を、取り戻したい。この砦が、打ち壊されるよりも先に……。


「ソルジェ、私も『風』を呼ぼうか!?……キュレネイも、備えているようだが……?」


「……いいや。魔力を溜めておくだけにしろ。使うのは、まだだ。ルルーシロアは、ゼファーよりも『風』の使い手として優れている。そして、上空の冷気の流れも熟知している……力押しだけでは、敵わない可能性は高い」


「む!?……それでは、どうするつもりだ!?」


「……キュレネイにタイミングを合わせろ。キュレネイの放つ場所に向けて、お前も『風』を集中させるんだ」


「よく分からんが、命令なら従うぞ!」


「ああ。砦から後退して、魔術に専念してくれるか」


「うむ。気をつけろよ、ソルジェ。この『霧』、敵が何を目論んでいるか、見通せない」


 リエルはそう言いながら、敵兵に向けて矢を放ち、後退していく。潮時ではある。矢を撃ち尽くしているからな。矢の補充をするタイミングでもあった。


 軽やかな跳躍で砦から飛び降りると、流れ弾が飛んで来ない屋敷の裏側まで下がる。矢を補充しつつ……彼女はオレの指示に備えてくれる。


 あとは、ホフマン砦がもてばいいだけだが―――くそ。いよいよ、ぐらついて来やがったな。木造の建築だからな。敵兵の鋼を受ける度に、どうしたって砕けていく。支柱に向けて鋼を打ち込まれるのは、どうにもこうにも……。


 エルフの弓兵たちも、音を頼るだけでは、オレたちを誤射する可能性があるから砦に取りついた帝国兵どもを攻撃することは出来ないし、そろそろ彼らの矢も尽きようとしている。


 焦るな。


 焦っても意味がないときは、焦るな。


 言葉を心で繰り返しながら、オレは状況の変化に備える。敵が何かを仕掛けて来るとすれば―――この混沌に呑まれた状況は、悪くない……オレたちは余りにも、敵を打撃する力が失われている……。


 敵に好きにさせてしまう状況。命知らずなヤツならば、大将首を狙う。オレなら、それを狙うだろうな。この視界の悪さなら、単騎駆けのリスクはゼロだぞ――――――気配がしたよ。気配がしたんだ。


 何年も感じたことの無い気配だった。深い『霧』を睨む。


 やや薄まりつつある『霧』の向こうに、その色が見えた。緋色だ。緋色が『霧』を破りながら、やって来る。殺意?……いいや、歓喜の色に燃えながら、そいつは6メートルほどの跳躍を使い、この砦を一気に飛び越えて来やがった。


 巨大な銀色の鋼が動く。狙っていたのは、オレの頭さ。


 オレの竜太刀が動く。その歓喜に燃える若い双眸に向けるように動かしていた。そして、白い『霧』を打ち破りながら―――『もう一つの竜太刀』が振り下ろされていた。



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