第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その15


 白銀の軌跡は速く、そして荒ぶる力に満ちていた!!……竜太刀と竜太刀。二つの鋼が衝突するッ!!


 ガギキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンンンンンッッッッ!!!!


 ……ああ。想像以上に重たい斬撃だったよ。合格ということにしておいてやるぜ。さすがは―――我が血族。


 飛び散る火花と銀色の鋼の向こう側に、オレは見る……青い瞳と緋色の髪。そして、歓喜を隠せない、天真爛漫な笑顔だ。仔犬みたいに喜んでいやがるな。じゃれつくように人懐っこく―――我が『甥っ子』は、白く輝く牙を見せつけていた。


 ……ついに出逢えたかい。待ち遠しかったような、少し怖かったような。複雑な気持ちが心にある。斬撃を重ね合っている今この刹那の時間に、ストラウスの剣鬼は色々なことを考えなくていたよ。


 だが、まあ。


 行き着くところは一つだけ、オレの唇もまた笑みを浮かべるために歪んでいたよ。これほどに強い戦士であれば、歓迎以外の感情は不必要だからな。ヤツより大きな牙を剥き出しにしながら、オレは竜太刀を流す。


 緋色の髪の剣鬼が、ホフマン砦に着地する。軽やかなステップだ。オレより、15キロは軽いのかもしれんな。身長も一回り、体格も一回り小さい。まだガキだ、16才か。だが、十分にヒトを殺せる年齢だな。


 細身の剣鬼は、オレに双眸を向ける。微笑みもな。じゃれつきたい仔犬みたいに突撃してきたよ。無数の斬撃の嵐と共に。この狭い足場で、よく動きやがる!!……スピードだけなら、コイツの方が上だった。


 そして、竜太刀は細く薄い。腕力と体格がまだ小さいゆえに、そのサイズを選びやがったようだな。だが、いい選択だ。だからこそ、その小柄な体格でも、これほどに鋭く、速く、回転数のある剣舞を踊れるというものだ。


 白銀の嵐が、『霧』を裂きながらオレの首と、手首を狙って暴れてくる。ヤツは身体をくねらせながら、柔軟な動きを選ぶ―――鎧を着ていない。速さで、圧倒するべきだと考えたのか。


 全く。


 鎧を脱いで単騎駆けをしてくるとは、どうにもこうにもストラウスの血を燃えさせる戦士に育ったもんだぜ!!


「はああああああああああああああああああああッ!!」


 ヤツが沈み、突きを放ってくる。いい動きだ。正直言うと、その刺突についてはオレよりも才能があるだろうな。身軽さと、その良く連動する肉体が織り成す突撃の動作は、あまりにも鋭く、速かった。


 そして若いくせに老獪さもある。動き回らせた結果、オレの背後には、ホフマン・モドリーがいたからな。避けるわけにはいかない。避ければホフマン・モドリーをコイツの竜太刀は貫くだろう。


 そいつも理解していて、計算の上で放って来た。戦場を俯瞰する視野の広さだな。そして記憶力もいい……この『霧』が生まれる前から、じっと戦場に潜んで観察していやがったようだ。


 砦のどこに、重要そうな獲物がいるかをな。経験値を感じる。コイツは16才のガキのハズだが、かなりの場数を踏まされている。姉貴め。マーリア・ストラウスめ…………いいや、今は帝国貴族アンジュー家のマーリア・アンジューか。


 我が子を実にストラウス的な教育方針で育てているようだ。戦場を、渡り歩かせて、大勢を殺させているな。あの竜太刀に血を吸わせながら、大陸を放浪し―――コイツを剣鬼にしやがった。


 避けきれない刺突に対して、オレは竜太刀で打ち払うことで対応する。ヤツの突きを左に反らせながら、その側面を取る。身体を沈ませて、強烈な体当たりを浴びせてやるのさ。鎧を着ていない少年の身体にとっては、この重量を耐えることは不可能だ。


 だからこそ、ヤツは跳んでいた。


 オレの体当たりに抗うこともなく、その衝撃を肉体にダメージとして受けることではなく、弾き飛ばされる方向に向けて、あの軽やかなステップで生み出した跳躍を使っていたのさ。


 ホフマン砦の内側に、ヤツは跳んでいく。『霧』に沈んでいるとはいえ、敵地のド真ん中に向かってだ。微笑みを絶やさない。それはそうだろう、面白いもんな。会ったことなどないはずだ。竜太刀とストラウスの刀術を知り尽くす敵になど。


 貴様の母親ぐらいか?


 だが、母の愛は……真の殺意は帯びちゃいないだろう。だが、貴様の叔父上サマは……戦士である甥っ子に対しても残酷でいられる。


 オレもまた跳んでいた。


 ホフマン砦の上から跳躍し、地上に降りた剣鬼を目掛けて斬撃を打ち下ろす。それにヤツは反応しやがった。剛打を両手持ちに変えていた竜太刀の鋼で、受け切っていた!!


 再び鋼が歌を放つ。甲高い音楽と共に、若い骨格が軋みを上げるのが分かったよ。反応はすることが出来る―――まあ、あえて反応させてやったところもあるが、とにかくこの交差では体格差がモノを言う。


 腕力と体重と、そして落下の速度。タイミングを使い、力比べを強制している。それを分かっていながら逃げなかったのも、ストラウスの血というところか。


 全身に痛みを発生させながらも、甥っ子は歌った。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 闘志を爆発させながら、骨格を締め上げる。オレは気づく。その技巧は間違いなく、『剛の太刀』だった。学ばせていたらしいな、『北天騎士団』の技巧を!!……姉貴め、そのために、この『ベイゼンハウド』にコイツを連れて来ていたのかよ!!


 油断していたわけではない。


 たんに、コイツが天才なだけだ。


 その若さで、たかだが16才という、人生の意味も知らんようなクソガキのくせに、北天騎士の奥義の一つを習得しているコイツの方が例外すぎる―――オレよりも、才能はあるようだな。体格は小さく、筋力はない。だが、技巧だけなら……すでにオレに匹敵する。


 10年、ムダに生きているような気持ちにさせてくれやがるよ。


 アーレスの竜太刀が、威力に負けていた。跳ね上げられた剣と、その隙をつくようにヤツは竜太刀と共に、横薙ぎの一閃と一つになる。オレの胴体を横に斬り裂きながら駆け抜けようとしたのさ。


 ……だが。


 オレもムダな10年を生きてはいない。ステップを使い、身を躍らせることでこの横薙ぎの牙を回避することは可能だ。


 しかし、叔父上としてな、クソガキよ。お前の作る戦いに乗せられるのは、屈辱だからだ。


 ヤツの放つ銀色の薙ぎ払いに応じて、オレは左腕を使っていた。竜太刀の斬撃を下からブン殴り、その軌道を無理やりに空振りさせていたよ。


 『ハンズ・オブ・バリアント』……竜の爪を模倣した、青き魔力の爪。瞬間的に、鋼よりも硬い魔力の拳を作り上げるストラウス家の奥義だ。そいつを使ってやったよ。そいつさえあれば、竜爪の篭手の硬さと重さと―――何よりもオレの怪力があれば?


 斬撃を一瞬のうちで弾き飛ばすことなど容易い。


 竜太刀に一つになり、鋼に乗せすぎた若造1匹の体重ごと吹き飛ばすことなんてのは、簡単なお仕事さ。鎧を脱ぐ?……そいつで得られるのは軽さだが。軽いってことは、攻撃の威力を消し去ってしまうことでもある。


 ヤツはその身体ごと吹き飛ばされてしまったことに驚愕する。あの軽やかなステップを踏むための足は、地面から離れていた。動きが止まる。そして微笑みが、深まっていた。そのあたりも、まったくもってストラウス的な発想だな、クソガキよ!!


「嘘だろ……っ!!スゲーっ!!」


「15キロ軽いんだよ、クソガキが」


 オレは竜太刀を振り下ろす。反撃を素早く与えてやるためにこそ、あえてステップに頼り回避運動を露骨に選ばなかった理由でもあるんだよ。


 銀色の一閃を振り下ろす。


 ヤツは反応していた、身を捻りながら、まるで猫のように軽やかに跳ぶ。だから、竜太刀が斬り裂いたのは、ヤツの服と胴体の皮一つというトコロだ。


 地面に伏せるようにしながら転がり、死の定めを無理やりに避けた剣鬼は、脚と竜太刀を振り回すことで得た動きで、跳ねるように地面から起き上がっている。


 そして、次の瞬間には左でナイフを投げつけてくる。オレの頭を目掛けてな。オレはそいつを左手で打ち払う。ヤツの刺突は、そのナイフに隠れるように放たれていたが、アーレスの竜太刀がその刺突を再び打ち崩していた。


 ヤツの竜太刀の切っ先が、地面に突き刺さるが……ヤツはあきらめない。指を柄から離して両手の指に『ハンズ・オブ・バリアント』を発生させていた。オレのよりも、禍々しく尖り、鋭そうなヤツだ。本当に、才能にあふれていやがるようだぜ。この甥っ子殿は!!



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