第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その13
指揮官を失うことの不味さってのは、色々とある。混沌を深め過ぎた戦場では、兵士は与えられた作戦に従おうとするもんだ。その作戦が破綻していたとしても、止める者がいなくなっているからな。
狂気なのか、それとも恐慌なのか。
帝国兵たちは傷つきながらも、ホフマン砦に噛みついていく。一晩で建てた砦だからな。しかも木造だ。
鋼で叩けば、木の板には穴が開いてしまうし……穴が開けば、そこから指を突っ込んで、無理やりに板を剥がしていくことも出来る。
戦いに熱狂する兵士たちは獣よりもアホで乱暴だからな、飢えた熊が小さな穴に逃れた獲物に追いすがるように、板に開いた穴のなかに無理やりに腕を差し込んでいた。
巨人族の槍兵は、そういう連中を狙っている。
壊れた壁の裏に、巨人族の巨体は隠れていた。彼らはその長いリーチと怪力を使い、槍の刺突で敵兵を壁の裏から攻撃する。何なら、壁に穴を開けてくれたとしても構わないさ。敵兵を一人殺せるのなら、それでも十分だ。
傷ついていく。
ホフマンたちが作り上げた木造の砦が、狂犬みたいに喰らいついて来る帝国兵たちの鋼を浴びながら、壊れていくのが分かる。剣でも槍でも斧でも、素手とか、そこらにあった石を拾い上げてでも、帝国兵は血まみれになりながら、砦の破壊に邁進する。
下がったところで、彼らに生存の希望もないからな。
カタパルトは次から次に『火薬樽』を放ち、崖の上のキュレネイは攻撃魔術とさえも呼べぬほどの威力の『風』を放ち、それらを敵兵の集中している場所へと叩き込んでいった。混沌して、指揮官を失っている帝国軍は……ここまでの惨状になっても退却を選べない。
戦士の熱い狂気は、ただの底冷えする恐慌へと変貌しつつある。それはそれで、戦士を強く衝動してくるのだ。敵を殺せば?……死なずにすむ。その明白な事実にのみ、追い詰められた兵士は頼るのさ。
勇気じゃなくても戦える。むしろ、ヒトってのは、怯えることでも戦えるんだよ。真逆の心理が動機だったとしても、けっきょくのところヒトは攻撃的なのさ。本能に刻まれている。ヒトとは、無慈悲で残虐な動物だとな。
……だが、勇敢さを失えば、盲目的になり、勝つことが難しくもなってしまう。視野が狭窄していくからな。まるで、亡者と戦っているようだ。帝国兵の半分は恐慌に呑まれていて、彼らは一心不乱に攻撃を実行している。
『バガボンド』の巨人槍兵たちに槍で突かれても、彼らは止まることが無いのだ。とにかく砦を壊そうと必死だった。
恐怖に泣きわめきながらも、ヒトってのは戦うことがある……それは一種、異様な光景かも知れないが、真実だった。
訓練された兵士ってのは、訓練に取り憑かれる。命令があれば命令に取り憑かれる。勇敢なものだけが、その命令の甘い誘惑を断ち切り、自分の感情のままに戦士でいられる。
オレは『バガボンド』になって欲しいのは、兵士などではなく、戦士の方なのだ。どんな状況でも、戦場で自分のままでいられるようになって欲しい……。
まあ、なかなか難しい行為ではあるだろうがな。
オレは飛んで来る矢を竜太刀で叩き落としながら、地獄の亡者のような必死さで砦の破壊に集中する帝国兵たちを見つめる。
だいぶ殺している。1000は死んでいるし、左右の道に、それぞれ200か、300ぐらいは分かれて、周り込もうとしている。
……この場所にいる敵戦力は、あと1500ほどか。弓兵を狙ってエルフたちが矢を放ってくれて来たおかげで、こちらに矢を射る者はかなり減ったな……。
……順調だ。
やや、つまらないと考えてしまうほどに順調―――――――っ!?
戦場に『霧』が立ち込めようとしていた。
カタパルトの横で眠っていたゼファーが、その魔力の気配に気がつき目を覚ます。
『……『どーじぇ』!!……あいつが、きてるよっ!!』
「……クソ!!このクソ忙しい時に……やって来るというのかよ、ルルーシロア!!」
『霧』は、どんどん深くなっていく。
帝国兵士たちの姿を隠し、この集落全体さえも覆い尽くしていく。
何を考えているんだ?
こんなタイミングで、姿を現すというのか?……隠れることが好きな、お前が!?この戦場に!?……いや……そうだな。『ガロアス』でも、そうだったんだ。軍隊を、ルルーシロアは恐れていない。
下等な存在だと見なしているのだろうか。
「ソルジェ!!まさか、この『霧』は……敵の気配が分からなくなるぞ!?」
「ルルーシロアの、白い竜の術だ!!」
「ぬう!!……昨日の昼間のように、戦場を『霧』に包んでしまうというのか!?何を考えているのだ……!?」
……考えていること?
ゼファーがいるんだぜ。それならば、ルルーシロアが考えることなんて、一つだけだ。
「ジャン!!」
『は、はい!!な、何ですか、団長!?』
ホフマン邸の屋上にいるはずのジャンを見る……近くのはずなのに、見えやしない。どんどん『霧』が濃くなっていやがる……気温も冷えているな。クソ、厄介だ。楽に勝てる戦に仕上がりかけていたというのに……ッ。
とにかくだ。
情報が要る。
「この『霧』のなかに、竜の臭いはするか!?ゼファーに似た臭いだ!!」
『え、えーと……そ、そうですね…………風が、おかしくて。ぐるぐる、回っている?臭いも、それでかき乱されていて……っ。うう。何だろう……っ!?』
「落ち着け、ジャン。直感でいいんだ。細かいコトを考えなくていい!!」
『直感……そ、それなら。み、南側です!!南側から、漂ってくるような気がします。ゼファーとそっくりな臭いが!!』
「ゼファー!!」
『うん!!まかせて、あいつのこと、たおしてくる!!……ぼくたちの、しごとのじゃまはさせたりしないんだッ!!』
怒りの貌を浮かべたゼファーが、その翼を大きく広げて、直上に跳ねた。『霧』が濃くなっている。ゼファーの黒い姿さえもが、この白に呑み込まれようとしていた。
ゼファーは羽ばたきを強めて、ドワーフたちの集落に『霧』を吹き飛ばす風を残して南の空へと向かってくれる。その翼跡に蹴散らされた『霧』は、一瞬の後には再び集合してしまい、深い白のなかに全てを沈めていく。
……いかんな。
オレの魔眼でさえ、10メートル先も見えないような濃霧だ。
音を頼りにして矢を射ることも出来る、エルフの弓兵たちには有利な環境ではあるが、その他の者にとっては、不利極まりのない状況だよ。
敵の動きが、見えないとなると……どう動いたものかな。
エルフの弓兵の利はあるものの、砦の下にいやがる敵兵の姿さえもが見えない。北天騎士たちも、長槍で突くことも出来なくなっているぜ……。
それでも敵は一心不乱に砦を攻撃してきている。
……砦がきしみ始めているな。
「……ストラウス殿よ。このままでは、砦がもちそうにない」
ジグムントが訊いてくる。そんな彼の表情も、見えないほどに『霧』は濃かった。
「……竜は、何をしようとしているんだ?」
「ゼファーにケンカを売りに来たのさ」
「……我々も巻き込んでか」
「ヒトのことなんて、虫けらと同じぐらいにしか考えちゃいない。野生の竜ってのは、そんなものだ」
「それで、どうする……?」
「……ゼファーとの戦いに夢中になってくれたなら、問題はない。『霧』を自分の周囲にだけ使うだろう。そうなれば……オレたちの有利な戦況に戻るんだがな」
「そうか。ゼファーに頼るしかないのか?……それまで、この砦がもてばいいのだがなぁ……」
ジグムントが軋む砦を見下ろしているのは、何となく分かったよ。シルエットでな。クソ……ますます『霧』が濃い……。
このタイミングで襲われることは、さすがに想定外だった。
だが、考えてみれば、『ベイゼンハウド』の黒い森は隠れることが出来る場所が多いからな。あの身を晒すことを嫌うルルーシロアにとっても、イヤな環境というわけではないのか。
……見事に、深い『霧』に全てが呑まれていく。だが、こういう時はロロカ先生に頼る。
「ロロカ、策をくれ!!」
「はい!!……カタパルト隊!!石を放って!!狙わなくてもいい!!敵にプレッシャーを与えるのです!!」
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