第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その35


 アイリスの発言に最も表情を険しくしたのは、トマズ・ラドウィックだった。


「ジグムント!!……お前は、北天騎士では無いモノに、口を割ったのか!?」


 おそらく『北天騎士団』の選ばれし者にのみ、伝わって来たのだろう、『パシィ・イバルの氷剣』の行方は。


 ……それを伝えられていたのが、ジグムント・ラーズウェル?……だからこそ、ジークハルト・ギーオルガは彼を殺さずに、泳がせていたのかもしれないな……。


「……オレが話すと考えているのなら、それは大きな侮辱だぜ?」


「……そ、そうだな……っ。お前が、口にするはずもなかった。しかし、そうであるのならば、何故、知っているのだ、レディーよ?」


「……まあ、女の勘ね」


「アイリス」


 冗談はよそうぜ?……その意味を込めて名前だけ呼んだ。彼女は当たり前のように察してくれる。


「そうね。でも、冗談抜きに予測しただけ。ジグムント・ラーズウェルは『北天騎士団』の中で、最も有能な戦士の一人だった。『氷剣』の情報が託されるとすれば、候補の一人であるのは明白……」


「……む。たしかに、な」


「その彼が、力不足を感じたのよね?……単独で、仲間を救助するために、『メーガル第一収容所』に向かったけれど、ジークハルト・ギーオルガと戦い、敗北した。貴方は、『ガロアス』の『銀月の塔』に潜んでいたらしいけれど……そこにあったんじゃないの?」


「へー。つまり、取りに行っていたってことかい?……ジグムントさんは、四十路。鍛錬しても強くなるのは難しそう。なら、よりいい武器を手にするしかない」


「そうよね。そして、彼ほど有能な人物なら、目的を達成すると思うのよね。そういう予想をしていただけよ。情報源がいるわけじゃない。ジグムント・ラーズウェルの強さと、責任感を買っているからこそ、予想した答え。当たっていてみたいね」


 つまり、女の勘というのも、あながち嘘ってわけでもないようだな。ジグムントは疲れた貌で苦笑した。


「ハハハハ……有能な女性だよ。それとも、オレがマヌケ過ぎるのか……」


「アイリスが有能なだけだ」


「……すまなかったな、ストラウス殿よ」


「何がだ?」


「……『氷剣』について、黙っていたことだ」


「構わんさ。それでオレが困ったことはない」


「……そうか。そうだな。たしかに、『氷剣』の所在を君らが知らなくても、何も影響はないか……」


「ええ。究極のトコロ、私たちは部外者だもの。でも、『パシィ・イバルの氷剣』という『伝説の武器』を、貴方が継承したという事実は、『ベイゼンハウド人』にとっては大きい……貴方は、『北天騎士団』の長になるべき資格を得ている」


 ……『パシィ・イバルの氷剣』、北方野蛮人たちのあいだに伝わっている、偉大な物語を持つ英雄だ。『氷剣』を用いて、『ベイゼンハウド』を襲う数多の困難を斬り裂いたという伝説の勇者。


 その彼の『氷剣』を継承したということは、その伝説もまた継いだということになる。『ベイゼンハウド人』にとって、その意味は大きい……だからこそ、ジークハルト・ギーオルガも求めていたわけだ。


 己に対して、大きな正当性をもたらしてくれる、その伝説の武器をな―――。


「―――本来は、秘密にすべきことだ。オレは、これを北天騎士たちの承諾を得て継承したわけじゃない。力を求めた結果でもあるし……何よりも、ジークのヤツに奪われないようにするためだ」


「野心家の彼には、分かりやすい道具だものね。伝説を背負えば、帝国軍も彼に対する評価を高める……『ベイゼンハウド』の支配者にだって、なれたかもね」


「……ヤツは、そこまで欲深い男では…………」


 その野心家の師でもあった男は、それから先の言葉を口から紡ぐことはなかった。彼もまたアイリスと同じような予測をしていたのかもしれない。出世を望む男は、何だってするものだし……欲というのは、どこまでだって深くなる。


「……いや。そうかもしれん。帝国の騎士として、出世するだけでは……ヤツは満足しないかもなぁ……」


「かつての部下であり、弟子のことを悪く言うのは心苦しいけれど、ジークハルト・ギーオルガは、かなりのろくでなしよ。『ジャスマン病院』の地下で、何が行われていたのか、そこの警備の責任者である彼なら、知っていたと思うのよね」


「……何を、していたんだね?」


 都市代表トマズ・ラドウィックが眉間にシワを寄せながら、質問して来た。彼も事実を知りたいのか。背負うべき罪の一つとすべきことかもしれんな。かつての仲間の末路を、この北天騎士であった老人にも伝えておくか。


 それならば、アイリスではなく、オレの言葉で伝えるべきだな。あの惨状を見たオレが語るべきだろう。


「……北天騎士たちの遺体を、呪いの生け贄にしていたぞ」


「なんだと!?」


「労働のあげく死んだのか、あるいは……遺体の腐敗が進んでいなかったことを考えると生きたまま、呪いの鋼で串刺しにしていたのかもしれない。詳しくは、呪いの専門家ではないから語れないが、帝国人どもは、君らの仲間をそんな風に使っていたぞ」


「……ジーク……ッ」


「主催者は、ヤツじゃないのかもしれない。帝国軍のスパイである呪術師と、そのスパイの連中と組んでいる『ゴルゴホ』という邪悪な医学集団だ。目的は、何かの『召喚』……『召喚』されていたのは、『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』に似た、より巨大な白骨だった。全身の骨から無数の剣を生やすアンデッドだ」


 ……あるいは、ルルーシロアかとも考えているが……それは推測の域を出ない。確実な事実だけを口にするべきだ。誤解を与えたくはない。北天騎士たちに、北天騎士の非業の死を伝えているときなのだからな。


「……オレが戦い、呪術は壊した。しかし、生きている者たちを優先するために、彼らの遺体はそのまま放置して来た。許してくれ」


「……許すも何もないコトだ……ストラウス殿は、何も悪くない……ッ。しかし、しかし、私は……罪深さで、嘔吐してしまいそうだ……ッ。同胞たちの苦しみを、屈辱を、私は見過ごしてしまった……ッ」


「……都市代表さんは、高齢だよ。戦うべき年齢じゃない。悔やむことはないさ。若ければ、アンタは行ったんじゃないの?……その収容所にさ」


「……もちろんだ。そう胸を張って答えたい。答えたかったが、私は、見過ごしてしまったのだ……海賊よ、私は……悪人だ……ッ」


「マジメすぎる年寄りだよね。ヒトには、背負いきれることと、背負いきれないことってさ、オレはあると思うんだ。都市代表さんは、悪くないよ。悪いのは、その呪術を実行していた者たちだけだって」


「ジーンの言う通りだ。帝国のスパイ、そして、『ゴルゴホ』。ヤツらがした行為だ」


「……それを見過ごした男もいる。元・北天騎士でありながら、知っていて見過ごしたんでしょうね。政治力は皆無だけど、ヒトを脅すことは上手みたい。その事実を、きっと交渉にでも使おうとしたのよ」


「女の勘か?」


「ええ。外れたコトの無い、女の勘。状況的な根拠としてはね、彼は政治力が皆無のくせに、帝国のスパイを出し抜こうとしていたものね。ずる賢さはあるのよ……そういう男は、相手の不都合を見つけた時、交渉のためのカードにしたがるわ。権力に飢えているのね」


「……仲間の苦難を、自分の利益に変えるってことかよ。どこにでもいるもんだね、クズ野郎ってのはさ」


「……知らなかった。そんな言い逃れをするのは難しいわね。形だけかもしれないけれども、あそこの責任者は、ジークハルト・ギーオルガだったもの」


 根拠は、アイリスの女の勘。


 でも、間違っているような気はしない。あの規模での『実験』に対して、本当に気がつかないなんてコトがあるのか……?何十人もが、行方不明になっているんだぜ……?まがりなりにも施設の長だ。その数に、違和感を覚えないはずがなかろう。


 知っていて見過ごしていた。


 そう考える方が、自然な気がしているよ。状況証拠しかないが、この考え方を疑わなければならない事実を、オレは一つだって思いつかない。


「……ジークは…………変わってしまったようだ」


「……ジグムント、気にする必要はない。悪に堕ちるのも、また一人の男の選択だ。騎士道を歩む者が、そんな男にしてやるべきことは、いつだって一つ。悪とは、鋼をもって斬り裂く存在のことを言う」


「…………ああ。斬るさ。師匠の役目だろう。いや、北天騎士の務めだ」


 ジグムントは冷たい瞳になりながら、決意を言葉にしていた。次は負けないかもしれないが……オレが挑むべきだろう。ジグムントを死なせるわけにはいかないからな。『予言』についても、破っておきたいところだ……。


「さて。それじゃあ、動きましょう。捕虜を交換するわ。ギーオルガの手駒を奪う。そして……ジグムントさん。『氷剣』の継承者であることを、世間に示して欲しいわ」


「……これは、見せびらかすものでは―――」


「―――いや。アンタは示すべきだ」


「ストラウス殿?」


「ギーオルガの求心力を削ぐんだ。アンタが『氷剣』を継いだ。つまり、アンタこそが『北天騎士団』の正統な長であることを示せば、ギーオルガのもとを離れようとする者も出るだろう。そうすべきだ。オレは、仲間を一人でも死なせたくない」


「…………そうだな。オレも、覚悟を決めるか」


「ええ。貴方しかいないでしょ?8000人の仲間を窮地から救ったのよ。そんな英雄以外に、誰が『北天騎士団』の長に相応しいというの?」


「我々に長はいないものなんだがなぁ……この状況では、そうすべきか」


「そうだ。敵の力を削ぎ、仲間を助ける。そのためにも、アンタは『北天騎士団』の団長となるべきなのさ」



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