第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その34


「つまり、ジークハルト・ギーオルガの部隊を……引き抜くということか……?」


「そうよ。帝国軍に夢を見てしまった彼らも、牢獄に閉じ込められているのなら気分も変わっているんじゃないの?……彼らは知っているわけよね、『メーガル第一収容所』の看守を任されていたヒトたちだもの。北天騎士たちが、監獄でどんな目に遭わされたか」


「……それを見逃して来た連中ってことでしょ?……裏切るのかい?」


「自分が、その扱いに晒されるかもしれないと考えているんじゃないかしらね」


 ……オレの知らない情報も、彼女は持っていそうだな。エド・クレイトンとルーベット・コランが作り上げた人脈は、様々なところに根を張っているだろうしな……。


「どんな情報が入っているんだ?」


「……ジークハルトは、『ノブレズ』にいるわ。部下の解放を、セルゲイ・バシオンにかけ合っているみたいだけど……バシオンは彼を参考人として拘束までしているみたいね」


「仲間割れかよ!……いいことだね」


「……つまり、敵サンの一番、強い部隊は出て来ないわけだ。しばらくは」


「そうね。しばらくね。でも戦況が悪化すれば、ジークハルトは自分の部隊を戦線に投入することが出来るわ……彼の部隊の主力は、南東部に移動させられている。一部が『ガロアス』に拘束中ね。40人ほどの北天騎士たちよ」


「……彼らを、引き抜けというのか?」


「ええ。バシオンに反逆者扱いされて、捕らえられているまま、とっても不安な夜を過ごしているでしょうからねえ……?」


「……ふむ。レディーよ、どういうわけだ?」


「帝国軍にだって、偵察兵もいるし、『アルニム』から『ガロアス』に逃げた帝国人商人も多いわ。彼らが、『アルニム』の陥落を『ガロアス』に伝えるわよ。そうなると……『アルニム』の帝国兵士は、不安になっているでしょうし、40人の元・北天騎士に怒りを覚えている。リンチで殺しちゃうかもね」


 あり得るハナシだった。


 あの40人を疑うのは、もはや、バシオンだけではないさ。帝国人からすれば、彼らは敵に見ている。『ベイゼンハウド人』だからだ。人間族だからといって、必ず帝国に恭順を示すというワケでもない……。


「その40人が明日の朝まで生きている可能性は、少ないかもしれないわ。尋問を受けていたみたいだけど、今はきっと拷問になっているでしょうから」


「……それだけやられると、帝国を信じたくなくなっているかもしれないね?……彼らがどんな理想を夢見ていたのかは分からないけれど……世の中は、甘くないぜ」


「そうよ。だって、彼らはとっくの昔にバシオンから嫌われている。出世コースから外されているし……今、この時にも、彼らの名誉はどんどん失われているもの。頼みの綱の、ジークハルト・ギーオルガも、彼らを牢からは出してくれなかった。剣の腕はともかく、政治力の欠如の証よ」


「……まあ。出世の道は断たれているよね。一生、雑兵のままは決定だ。帝国の市民権をもらえる可能性はゼロさ。そもそも、祖国を豊かな暮らしのために裏切れるような計算高い若者たちならさ、もう一度だって恥も外聞もなく裏切るさ」


「……彼らは、オレと同じ、『ガロアス』の生まれの男たちだ。あまり……悪く言わないでやってくれるか?」


 ジグムントは怒ってはいない。それでも、悲しそうにジーンに語っていた。ジーンにとっては、怒鳴られるよりも反省を促されることになる態度であろうな。


「……すまなかったよ、ジグムント・ラーズウェルさん。オレは……ちょっと口が悪いところがあるんだ」


「……いいや。君の言葉は真実だ……だからこそ、少し、辛くなった。彼らはオレが育てた者も多いんだからなぁ……オレは……ダメな指導者だったのかもしれない」


「そんなことはないよ……本当にダメな指導者だったら、裏切られた時に見捨てていると思う。ラーズウェルさんは、裏切られても、彼らのことを心配し、彼らの名誉まで考えてやれている……そういう男はさ、ダメな指導者なんかじゃないと思うよ」


「……だが、オレは無力だった。彼らにしてやれることが、あるとでも言うのだろうか?……オレは、故郷のガキどもに……何もしてやれていない―――」


「―――それなら、今からしてあげればいいわ。救出劇をね」


「おい。アイリス」


「何かしら、サー・ストラウス?」


「……彼らを『救出』するために、『ガロアス』に飛び込めというのも、悪くはないが、オレたちにはそんな体力は、残っていないぞ」


 一晩中、歩いて疲れている。潜入工作ってのは、疲れるぜ。肉体的にも精神的にもだ。この状態でもう一度、敵地に忍び込むのは体力的に辛い。可能な限り休むべきなんだがな……。


「それに、『ガロアス』を攻めれば、敵をおびき寄せるための距離も減るぞ。君の戦略は敵を移動させることも含む。『ノブレズ』からは、『ガロアス』よりも『アルニム』の方が遠い。今は、『ガロアス』を取らない方が良いはずだ」


 しかし、アイリスはオレの言葉を聞いても微笑みを絶やさなかった。


「分かってます。何でも、暴力で解決しようとか考えちゃダメよ?」


「……ガルーナの野蛮人には、難しい相談だぜ」


「そうかもしれないけれど、戦には色々なルールがあるでしょう?」


「……なるほど。アイリス姐さんは、色々と思いつくよね」


 ジーンには理解出来たようだ。正直、ちょっとムカつくが、コイツの方がオレよりもわずかに頭の回転がいいらしい。


 でも、わずかにだ。もうオレも理解しているよ。ジーンよりも遅くなってしまったが、アイリスの策に心当たりを見つけている。


 戦わなくても、その40人を助け出すことは、たしかに出来るんだよ。


「……捕虜を交換するってことか」


「そうよ。さすが、サー・ストラウス。私の見込んだ魔王サマよね」


「イーライ、捕虜はどれぐらいいる?」


「重傷者を60名ばかり、捕らえています」


「自力で歩けるヤツは、どれぐらいだ?」


「十数名。40名の全てと交換するのは、難しいかもしれませんが?」


「……いや。歩けないヤツの方が、好都合だ。こっちには『ヒュッケバイン号』もあるからな」


「なるほど。船で運び、海岸で捕虜を交換する……重傷者を渡す方が、敵にとっても重荷になりますし、我々の行いの正しさを、『ガロアス』の市民にも宣伝することが可能ですね。重傷者の命を助けようとする善良さを示せますから」


「いい案でしょ?」


「……ああ。明日も戦をするんだ。今夜、これ以上の戦をするというのは、辛いからな」


「ふむ。このエルフのレディーは、とんでもない切れ者のように思える……」


「味方で良かったでしょう、トマズ・ラドウィック都市代表?」


「……まったくですな。ストラウス殿は、良い仲間に恵まれたようだ」


 切れ者すぎるレディーのことを、トマズ・ラドウィックは警戒している様子もある。そうだな。アイリスは、ちょっと切れ味が良すぎる刃物みたいなトコロがある……オレの知らないことを、まだたくさん知っていそうだな。


 だから。


 だから、ちょっと悪戯してみるのさ。


「アイリス。他に勘づいていることは無いのか?」


「え?」


「君が知っていて、オレに教えてくれていないことがあれば、何か一つぐらい教えてくれないか」


「そうね。じゃあ……ジークハルト・ギーオルガの部隊の士気をへし折るための方法を一つだけ」


 ……ずいぶんと、良さそうな情報を黙っていたらしいな。


「……どんなものだ?」


「ジークハルト・ギーオルガが探していた、『パシィ・イバルの氷剣』についてよ」


「そいつが、どこにあるのか分かったのか?」


「ええ。分かったというか……『持っている』のよね?」


 その言葉に、オレの視線は動いていたよ。もちろん、ジグムント・ラーズウェルに対してだ。彼は、ゴホゴホと咳き込んでいた。


 ……そして、十秒ほど沈黙したが、周囲の者たちから集まる視線に対して、耐えきれなくなったらしい。黒髪をかきながら、彼の口は沈黙を止める。


「なあ……どうして、知っているんだい、アイリス・パナージュ?」



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