第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その23
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!
爆音が聞こえたよ。呪いに強化された『ファイヤー・ボール』が、油で一杯の樽を爆破した。そして?……そのあたりに飛び散っている油に、引火するのさ。ああ、油をかぶっている兵士の体も、きっとよく燃えるだろう。
なにせ、あの油は……長く燃えるように、そして消えにくいように調合されているものだろうからな。脱走を試みる囚人たちの道を、炎で包んで焼き払う。さぞや可燃性が強そうだよ。
燃やすために錬金術師が合成した油。そういうものが、燃えにくいはずがない。
「ぎゃああああああああ!!」
「ひ、火を消せええええ!!」
「他の樽にも、引火してしまうぞおおお!!」
焼かれる帝国兵士たちの悲鳴が聞こえてくる……いい状況だ。我ながら、いい連携を完遂させられたらしい。
「……なんだ、なにが、起きているんだ!?」
「……何人を、何人を相手にしているという……っ!!」
敵が疑問と不安を抱いているらしいな。まあ、それでいいさ。混乱すればいい。通路を駆け抜ける。さてと、三つの分岐点に辿り着くぜ。
監獄への通路と、洗濯室やら調理室へと向かう通路が分かれている小さな部屋。
「ロロカ!」
「はい!!天井を、崩します!!『白夜』、力を出しなさい!!」
『ヒヒヒイイイイイイイイインンッッ!!』
霊槍モードになっている『白夜』がいななき、その魔力を爆発させる。槍が、より巨大な騎士槍の形態に化けた。そして、ロロカ先生は、『霊槍・白夜』を監獄につながる通路の天井に突き刺していた。
「爆ぜなさい、『白夜』あああああああああああああああああッッッ!!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
霊槍から解き放たれた衝撃が、天井に巨大な亀裂を広げていく。ロロカは素早く霊槍を抜くと、風のようなスピードでオレたちに追いつく。
天井の亀裂は深く広がっていき、やがて崩落を開始してしまう。このポイントも『弱い』とホフマン・モドリーから聞かされている部分だ。
薄い天井の裏側には、改築するときに出た瓦礫が山積みだ。そいつが雪崩れ落ちてきて、通路を封じてしまうのさ。
「くそ!!」
「道を壊したのか!?」
「なんてヤツらだ!!」
「とにかく、迂回するぞ!!右と左に分かれろ!!」
「ああ!!ヤツら……ただじゃなおかねえ!!」
兵士たちが左右の道に分かれていくが―――別にいいのさ。なにせ、それらの道には罠があるはずだからな。
「……仕掛けてあるのか?」
「はい。カーリーちゃんが、ミアの指導のもとに、仕掛けてあるはずですよ、『魔術地雷』……いえ、彼女からすれば、『呪術地雷』ですけれど」
「どっちでもいいさ、機能すればね」
文化によって、呼び名が変わることはよくあるものさ。どんなモノにしたって、ヒトは自分たちのモノこそ、真の『オリジナル/本物』だと主張したい習性があるもんだからな……。
ドゴオオオオオオオオオオオオオンンッ!!
ドゴゴゴゴオオオオオオオオオオンンッ!!
二種類の爆音が響いていたよ、兵士たちが『地雷』を踏んだのさ。ミアが仕掛けろと判断した場所に仕掛けたのならば、確実に当たるよ。
そして、いい威力だ。
強すぎない。通路を壊すほどではないが、引っかかったバカは死んだだろう。兵士たちには、道は残された。引き返してもいいが、先に進むべきかとも悩める。時間を使う、思考力も使う。その場に釘付けに出来れば、北天騎士を追いかけてくるヤツらが減る……。
色々と策を使ったが、これ以上は、もう無いな。
オレたちは監獄に辿り着く。大穴からは、もうほとんどの北天騎士たちが脱出を果たしていた。30人ほどの武装した連中がいる。彼らは仲間の鎖を断ち斬りながら、しんがりを務めるためにこの場所に残っていたのさ。
いい判断だ。最も脱出の遅い人々の足が自由に動いた方が、群れが間延びしなくてよくなる。
ミアとカーリーはジグムント共に、北天騎士たちを先導しているのさ。ゼファーからの視界で、そのことが分かる……。
「ストラウス殿!!」
「お待ちしていました!!」
「ほとんどの仲間が、脱出しました!!」
「最後尾は、我々です!!」
「そうか。では、この場を放棄するぞ!!」
オレたちも北天騎士たちに続いて、大穴から脱出を果たす。夜風が肌に当たると解放感が強いな。さてと、8000人の虜囚たちが、西へと向かって逃亡を開始しているな。そのしんがりを守る。
接近戦の能力の高い、オレたち三人には最適の任務さ!!……ハードなことになりそうだがな。まあ、『パンジャール猟兵団』の仕事としては、いつものことだ。
ムチャしなければ、どうにもならないんだよな!どうにもこうにも……世界を変える仕事ってのは、大変なものなのさ。
キュレネイ指揮下のリエルとレイチェルは、完全な仕事を果たしている。キュレネイも今夜は弓矢で奮戦していた。ほとんどの武器を使いこなせる。それもまた、キュレネイ・ザトーの強さでもある。
さすがにリエル並みとは言わないが、それでも十分に達人と呼べる腕前を発揮しているよ。
「みなさん、こっちでありますぞ。矢とか呪いの戦輪で、カバーするであります。とにかく死ぬ気で、ドワーフの集落まで、駆け抜けるであります」
……200人近くに減ったであろう敵の主力たちも、この逃亡に気がついてしまっていたらしい。
ゼファーが、敵に動きがあると教えてくれたよ。
―――『どーじぇ』、どうするの!?
……火球を放って、ヤツらの出鼻を挫いてやれ。
―――らじゃー!!
敵の群れに、ゼファーの火球が着弾し、数名の兵士が焼き払われていた。敵の脚が止まってしまう。彼らは夜空の闇に君臨する、漆黒の竜が金色の瞳で自分たちを睨みつけていることに気がついてしまっていたからな。
「……りゅ、竜だと……っ!?」
「……な、ならば……『蛮族連合』の魔王が、介入しているというのか!?」
「……いかん。せ、戦力が、足りん……8000人の脱獄囚に、竜……っ」
「……と、とにかく!!戦力を合流させるんだ!!」
敵兵たちの突撃が止まる。
……『蛮族連合』こと、『自由同盟の魔王』も、ずいぶんと有名になってしまったようだな。
恐れられるのは良いことだ。敵兵が、戦術の幅を狭めてくれるからな。むろん、メリットが生まれるような大きな作用には、デメリットがつきものであるが……。
「ハハハハ!!」
「敵が逃げていくぜ!!」
「追いかけて来ねえのなら、好都合ってもんだぜ!!」
「……しかし、本当に竜を、操るんだなあ、ガルーナ人は……」
「全てのガルーナ人が、それをやれるワケじゃないからな」
竜と心を通わせた、ストラウスの一族だけが竜に乗ることを許されているのさ。西の門まで駆け抜ける。北天騎士たちは、西の道へと抜け出せているようだな。
「ソルジェ!ロロカ姉さま、無事か!!……ああ、ジャンも!!」
西へのルートを確保してくれていたチームと、合流することに成功したよ。敵は彼女たちの攻撃に晒されて、無策で突っ込むことをあきらめたようだ。
「全員無事だ。お前たちも無事だな」
「うむ!」
「『リング・マスター』、相変わらず、良いお仕事をなさいますわね」
「おつかれであります」
「そっちも良い仕事をしてくれた」
「フフフ!まあな!……ルートは確保したのだが、意外と北天騎士たちの動きもいい。鎖につながれて長いせいか、彼らは、その鎖に繋がれたままでも、それなりの足運びをする」
「イエス。つながれ慣れているであります」
「……悲しいコトだがな。今夜ばかりは、その慣れに期待するしかない」
……さてと。接近戦メンバーと、遠距離射撃用のメンバーがそろった。このまま、最後尾を守り続けるとしよう。
「……敵には馬がほとんどない。1度だ。1度でも、攻撃をしのげば……砦までは逃げ切ることが出来るはずだ」
「ええ。その1度を上手く、守ることが出来れば……無傷のまま、8000人の戦力を確保することも可能……斜面で待ち構えましょう」
「斜面か。罠を作れるな」
「ジャンくんに先行してもらって、そこらの木を引き抜いて、幹を噛み砕いてもらえれば……」
「木を転がす罠も出来るわけですね、ロロカ姉さま」
「ええ。お願い出来ますか?」
『は、はい!』
「ロロカ、ジャンに指示を与えろ。リエル、散発的に『魔術地雷』を仕掛けておいてくれるか」
「了解だぞ。敵の追撃を妨害する!」
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