第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その24


 夜道のなかを鎖を鳴らしながら、北天騎士たちの西への移動が始まる。痩せ細った体ではあるが、彼らの連携はよく取れていたよ。隊列を乱すことなく進んでいく。『北天騎士団』として、長年、共にあらゆる敵と戦い抜いては来たのだろうからな……。


 それに、オレでさえ感じる、この解放感……。


 故郷の土地に対して、久しぶりに放たれたわけだからな、無いはずの体力も湧いてくるだろうよ。


 ヒトってのは、本当に限界の状態に追い込まれたとしても、それでも、まだ体が動くように出来ているもんだ。きっと、本能がどこかに生命力を隠してくれているんだろうよ。痩せ細った体を、死霊のように動かしながら……北天騎士の行進は続く。


 2時間は問題無く歩くことが出来た。黒い森を走る大蛇のように曲がりくねった道、そこを西へと向かって、ただひたすらに移動する。


 だんだん、呼吸の音が苦しそうになっていったな……ぜえはあ、と喘いでいる。ムリもない。あの鎖は肉体的な制約を与えるだけでなく、魔力をも吸い取っていくように出来ているのだから。


 ……しかし。


 鎖から解き放たれた連中は、すこぶる健康そうだな。体力も落ちているだろうに、鎖に繋がれた者たちの背中を押してやる余裕もある―――さすがは北天騎士だな。この分ならば、鎖さえ外すことが出来て、十分な休息を与えられたなら……。


 すぐに、『それなりの戦力』としては使うことが出来そうだ。


 ……その休息を、許してくれるのかは分からないわけだがな……どうあれ、過酷な戦いになるだろう。個の強さに頼る、かつての戦術を北天騎士たちは取ることが難しい。誰もが弱り切っているからな……。


 ……。


 ……。


 ……夜間の山道を歩くことで、オレも疲れているのかもしれん。毎度ながらのハードワークじゃある。疲れて来ているから、思考も暗くなってしまうな。


 ネガティブになるのは止めておこう。


「……ソルジェさん」


「……ああ。この長い坂……ここを君は選んだんだな、ロロカ」


「はい。ここならば、少人数でも時間稼ぎが出来ます。ゼファーを呼んで、ここに猟兵だけで待ち伏せをしましょう」


「ああ。そういうことだ、リエル、レイチェル、キュレネイ!……ちょっと休憩しながら、敵サンを待つとしようぜ」


「うむ!……魔術地雷も、そろそろ魔力切れで使えん。せめて、体力だけでも回復させておきたいところだな」


「イエス。ゆっくりとした歩きではありますが、連日の夜間行動。私たちの体力も、かなり消耗しているであります」


「そうですわね。それで、『リング・マスター』、我々は、ここでどんな戦いを演じれば良いのです?」


「……時間稼ぎのために、ヤツらの行動を遅らせる。15分でもいい。それぐらいだけ遅らせることが出来れば……砦を頼れる」


「ええ。ホフマンさんたちが、木で防壁を作ってくれているだけでも、あの場所は十分に即席の砦として機能しますからね。頼らせてもらうべきです。では、とりあえず。この丘の上で休息しましょう」


 登り切った丘の上には、ジャンがいたよ。木の幹を牙でへし折り、その幹をピアノの旦那が加工してくれていた。


 よく転がるように、形成してくれている。ありがたい。おかげで、よく転がりそうな丸太となっている。60センチほどの長さで、重さは70キロぐらいはあるだろうな。この坂道を蹴り落とせば、馬よりも速いスピードで、敵陣に飛び込むことになる。


 ……当たり所によれば、十分に死に至るほどのダメージを出せるというわけさ。それが、40個ほど作られていたよ。『狼男』の圧倒的な筋力と、ピアノの旦那の工芸的な技巧のおかげだな。ピアノの旦那は、本当に器用だ。


『……だ、団長、みんな。お待ちしてました!……た、たぶん、オーダー通りの品だと思いますけど……』


「ああ。バッチリだよ。そういうのが、欲しかったのさ。ありがとうよ、ジャン、ピアノの旦那」


『え、えへへ!』


 ピアノの旦那は無音の微笑みを浮かべてくれていたよ。だが、さすがにこの仕事は疲れたのだろう、額に汗をかいていた。


「……旦那も休め。このミニ丸太を転がす要員もいる。ここで時間を稼いだ後は、ゼファーでドワーフたちが用意してくれているであろう砦に向かう」


 彼はしずかにうなずいてくれた。


 我々、七人は北天騎士たちを見送り……その場に腰を下ろして敵を待つ。ゼファーも着地して、オレたちはゼファーの背から矢を補給する。オレも愛用の弓を取り出した。その後で、小休憩を取ったのさ。


 オレとジャンとピアノの旦那は、干し肉を食べて、水筒に入っている紅茶でそれを胃袋に流し込んだ。ああ、その後でチョコレートも食べておいた。


 肉とチョコ。合う合わないではなく、ちょっとでも栄養を補給しておきたい……深夜になっているからな。猟兵女子たちはチョコレートとクッキーを食べていたし、キュレネイは干し肉も食べていた。


 しばしの休息に、オレたちは疲れを感じていた。全身が疲れているな。鎧を脱いで、思いっきりゴロゴロしたい衝動に駆られるが、それは許されない。


 体にストレッチをかけて、眠気を払いながら栄養が体に行き渡るのを待つ。空腹感は無くなったが、疲労から来る倦怠感と眠気は消えてはくれない……それでも、40分ほどは、平和なものだったよ。


 敵サンは、リエルの魔術地雷を何度も浴びて、その進行速度が遅くなっていたのだろうが、体力は万全だ。ヤツらはこの夜の闇のなかを、駆け足で進軍して来たよ。足音が聞こえてくる。


 シンクロする足音、ほとんど乱れが無い音だった。帝国兵どもは冷静さを取り戻したようだな。隊列を組み、狭い道を追いかけて来る。


 ジャンは、その敵の数を300と推測する……『メーガル』から、それほど援軍を呼ばなかったのか?……いや。先遣隊というところだろうな。本命は、連中の後方、数時間後やって来るだろう。


 ……この先遣隊は、可能な限り潰しておきたいところだ。この500メートルほどの、比較的、まっすぐな上り坂……天然の砦ではあるからな。


 オレたちは準備したよ。あの重たげなミニ丸太を、男たちで坂道に並べて行く。


 敵の隊列が坂に入るのを待つ。100メートルほど、彼らがその坂道に入ったタイミングで、攻撃を開始する。


 最初の攻撃は六つほどのミニ丸太を、同時に転がしていた。敵の群れに目掛けて、樹皮の剥ぎ取られた、それらの丸太が転がっていく。理想的に敵の群れに襲いかかったのは、四つだけだった。脇道に逸れてしまうものも、どうしても出てしまうからな。


 まあ、道の脇に逸れたとしても、大きな音を立てるので、敵の行進を足止めさせることには貢献するだろう。坂道の周囲に我々が潜んでいると考えるかもしれないからな。


 とはいえ、四つほどは、その隊列を強襲していく。坂道を転がり、加速したそれらは、ときおり、地面の溝に引っかかり上空へと跳ね上がったりするのさ。


 隊列を組んでいることが、災いすることもある。ヤツらは山道を駆け上ってもいたからな、その四つのミニ丸太の襲撃に対して、かなり脆かった。脚を折られる者もいたし、跳ね上がった丸太が頭に当たってしまった者も出ていたよ。


 それでも、帝国兵は歩みを止めることはない。数名の被害が出たぐらいでは、怯まない。この坂道を突破してしまえば、安全なのだという考えかただ。そいつは、すこぶる正しいものだよ。


 危険な場所を素早く通り過ぎてしまうということはな。ヤツらが200メートル進む。


 ジャンとピアノの旦那は、次から次に丸太を転がしてくれる。巨人族の旦那は左右両手につかんだ丸太を投げまくっていたし、ジャンは巨狼の口にくわえ込んだ、四つほどの丸太を宙に向かって投げていく。命中しなくても、これだけ丸太が転がっていると、昇りにくい坂にはなるのさ。


 オレを含めて弓を持つ者たちは、この坂を踏破しようとする兵士たちに矢を浴びせていく。高低差でオレたちが有利であるが……ヤツらは止まらない。何十人も死者を出しながらも前進を続ける。


 250メートル。敵が近づいた頃……オレは敵の群れの中央部に『ターゲッティング』刻みつけると、ゼファーはそれを目掛けて『炎』と『風』を混ぜた、特大の火球を吐き出していた。


 出し惜しみはしない。この一撃に、ゼファーは持てる魔力の残量を捧げきっていた。強力な爆撃が敵陣を焼き払う!!黄金色の爆風に、帝国兵が何十人も吹き飛んでいた……。


「くっ!!さ、下がるなあ!!……北天騎士たちに、背後を見せれば、即座に殺されるぞおおおおッ!!」


 根性のある指揮官がそう叫んでいたよ―――オレは、リエルに指示を出す。


「リエル、あの赤い兜のヤツを射殺せ!!」


「了解だ!!」


 指揮官と思しき男の頭に、リエルの放った矢が命中していた。有能な指揮官を排除した。それでも、連中は止まりそうにない。半壊しながらも、ここの坂道の突破に命を賭ける。


『だ、団長!!丸太、使い切りました!!』


「……ソルジェさん!彼らが、ここで走ってくれるというのなら、裏から突きましょう!!」


「さすがは、ロロカだ!いいことを考える!!全員、ゼファーに乗れ!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る