第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その22


 ロロカ先生からもらっていた手投げ爆弾の出番だったよ。そいつを、投げるんだがな。ちょっとコツがある。『炎』を呼んで導火線に火をつける……それに、『風』を集めてな、『風』の檻に閉じ込めた上で―――曲がり角から片腕出して素早く投げるんだ。


「ほーら、爆弾だぜ!!」


 わざわざ、そう教えてやりながらの素早い投擲だからな。敵サン、射撃を実行するよりも恐怖感に支配されていたらしい。


 集中していたから、この爆弾も見えていただろう。反応が遅れたというよりは、より正確には、彼らはオレが完全にその身を晒すタイミングを待っていた。当たる可能性の低い腕を狙うよりも、通路にその全身を出してしまえば、幾らでも狙い撃つことが出来る。


 北天騎士の戦い方は、無私……仲間のために自分を捨てることを、躊躇わない。ならば?……一人が射抜かれながらでも、肉体の盾として仲間を守る。確実に射殺さなければ、北天騎士の命を捨てた突撃により、この場所を突破されるかもしれないと考えていた。


 そんな計算をしていたのは、オレも同じだったな。まあ、射撃してくれていた方が、矢をムダ撃ちさせられて良かったんだがよ……。


 まあ、別にいいか。オレは、爆弾を投げちまったんだからよ?……さて。3、2、1―――。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!


 爆音が聞こえてくる。『風』で、その威力を増幅させていたからな―――それに、第一収容所全体が揺れていた。ゼファーが、壁を破壊するために、全力の魔力を捧げた火球を例の壁にブチ込んだからだ。


 ゼファーの魔力に反応し、リエルの紋章地雷とギンドウの爆弾が同時に炸裂した。二メートルの厚さを誇る、収容所の分厚い壁が吹き飛んでいるのが、ゼファーからの瞳で見えたよ。


 その穴からジグムントが飛び出して行く。そして、彼につづいて8000人の脱走劇が始まろうとしている……敵も気がついている。あまりに巨大な爆音だったからな。収容所の東側の詰め所にいた連中が、叫び、駆け始めるがリエルの矢で、牽制される。


 ……いい流れだ。


 敵にはバレた。バレたがね。爆音と衝撃を合わせたおかげで、ここにいる200人ばかしの完全武装した帝国兵どもにはバレちゃいない。こいつらが動き出せば、厄介だからな。ちょっとでも気づかれないようにするべきだ。


 だから、タイミングを合わせて爆破していたし……『風』で何倍にも強化した爆風と爆音は、ヤツらを何人か殺したし、何よりも、かがり火たちを掻き消してしまっていた。


 オレはニヤリとするよ。でも、動かない。さらに、『風』を使うために魔力を練り上げていく……そろそろ、反応するだろ。無能すぎるとは、考えていない。


「く。け、牽制射撃だああ!!に、逃がすなあああ!!」


 闇のなかで、弓兵たちは矢を放つ。鼓膜が鳴り響いているし、視界は眩んでいる。それでもヤツらは通路に目掛けて矢を放ちまくっていた。


 いい傾向だ。矢が石壁に突き刺さっていく。何十本もムダ撃ちしやがったな。射線から、攻撃すべき連中の場所が、読めちまう……さて。『風』を使うのさ。


『い、いてええ、ばか、やめろ!!ど、同士討ちに、なってるぞおお!!通路に、突撃している兵士が、いるんだぞ!?』


「な、なに!?」


「う、撃つな!!弓隊、矢を放つな――――」


 その言葉にオレもロロカもジャンも風よりも速く走り始めていた。ジャンが先頭、オレが二番手、三番手はロロカさ!!


 ああ……姑息な手を使った。『風』でね、言葉を飛ばしたのさ。壁にぶつけて反響させた『声』を、敵兵どもの耳に届けてみたのさ。『風』で揺れるんでね、オレとは別人の声になる……『やまびこの術』さ。ヤツらの左右や背後から聞こえるように作ったのさ。


 『風』が使えるガルーナ人は、こうやって高度な悪戯をガキの頃に覚える。この悪戯に引っかかってしまった連中は、爆発の衝撃に加えて、味方を撃ったことに対する動揺に束縛される。


 動けないさ。そもそも、矢を放ったばかり、第二射を放つのにも、どうしたって時間がかかってしまうものだ。その精神的な隙と、技巧の隙を、オレたちは突いたのさ。


 混乱には混乱を重ねることが有効だし、突撃を仕掛けるのならば、そういうタイミングにすべきだということだよ。


 15メートルの移動。オレたちならば、2秒もかからん。脚は速いほうなもんでね。


 敵の群れに、オレたちはとっくに接近していたよ。竜太刀で、斬って、斬って!斬りまくってやる!!


 狙うのは、弓兵を中心だ。ヤツらは厄介だからな。それに、場所も全て把握済みだ。ああ、『アレ』も『見てる』から大丈夫さ。


 とにかく、片っ端から斬りまくった!!弓兵どもの悲鳴が闇に暗む部屋にこだましていく。


 ジャンは巨狼に化けて、敵の群れを突撃で吹き飛ばしていく。パワーに任せて、敵の群れを薙ぎ飛ばしていく。密集戦では、無敵の力押しだってことは、『ヒューバード』で死霊の群れを蹴散らしたことで証明済みだ。


 ロロカ先生は、ディアロス槍術の突き技を乱射させて、敵兵どもを突き殺していく。水晶の角があるから、真っ暗闇でも空間を把握することが出来る。霊槍になっている『白夜』の穂先の貫通能力は、帝国兵の鎧の鉄など、軽々と貫いてしまうさ。


 悲鳴がこだましていた。血の臭いもな。


 闇に紛れた我々の突撃は、わずか10秒だけのものだが、十五人以上は殺したはずだ。しかし、欲張らないさ。オレたちは、退路を封鎖される前に、撤退を開始する。10秒だけと決めていたからな。


 作戦は守るさ。これは、突破を目的にしているわけじゃないんだからな。あくまでも陽動だ。敵を、この場に釘付けにするのが目的なんだ。


 オレたちは撤退を始める、闇が終わろうとしていた。敵兵が、光を取り戻そうとするが……オレとロロカ先生は、この場所に置き土産を残していた。


 今度こそ、いつもの戦術、『こけおどし爆弾』たちさ。そいつらが、室内のあちこちで光と爆音を放つ!!敵の目も耳も、かなり、痛めつけてやってはいるだろうな。


 オレたち三人は通路に戻っている。戻っているが、まだ小細工はつづく。ロロカ先生がその袋を床に投げていた。豚の血と赤ワインを混ぜたものさ。それが、通路の床にベッタリと付着する。


「ジャンくん、ごめんなさい」


『え?』


 アドリブだった。ノーマル・サイズの狼に戻っていたジャンの尻尾を、霊槍『白夜』に石突きが、ガツンと突いていた。


『ぎゃああああああああああああああああああッッッ!!?』


 ジャンが叫んでいた。とても痛そうな声だった。まあ、実際に、とても痛かったんだろう。だからこそ、ロロカ先生は、先に謝罪の言葉を捧げていたわけだ。


 そして。この工作に、リアリティが一つ増えた。


 光を取り戻した帝国兵たちが、明かりに照らされた通路を見る……。


「血、血だ!!あいつら、負傷しているぞ!!」


「追いかけろ!!あの傷なら、長くない!!」


「ああ、負傷したヤツを捕まえて、中の様子を吐かせるんだ!!」


 ……勇敢な兵士どもが、ジャンの悲鳴と豚の血のりに引っかかり、この通路に誘導されていく……オレはニヤリとしながら、後退を指示した。


 ジャンは、痛む尻尾を振りながら、涙目で走っていく。ロロカ先生は気まずそうな顔をしていた。


「ごめんなさいね、ジャンくん。ちょっと、この作戦、説得力が足りないかなって思っていて」


「いいアシストだぞ、ジャン」


『う、うう。はい、お役に立てたなら、とても、光栄ですぅ……っ』


 これで後々にまで恨みが尾を曳くことはないであろうよ。ジャンも役に立てたことを喜んでいるからな。


「ま、待てええ!!」


「逃げるな、北天騎士!!」


「ヤツらを捕まえろ!!負傷者を抱えているんだ、そう、長くは、走れない……!!」


 足音が響いてくる。敵をよく誘導出来ているが……そろそろ、ここの敵にも脱走が知られるかもしれない。施設内を大勢が走っているわけだしな……。


 ゼファーが、警鐘を鳴らしている監視塔の連中に『炎』を撃ち込んではいるが、さすがに全ての見張りを黙らせることは出来ない。


 ……だから。


 さっきの『アレ』にも活躍してもらおう。敵の混乱をより深めて、ちょっとでも時間を稼ぐのさ……見張りは、走り始めているだろう。灯台をリレーする仕組みか何かを使えば、帝国兵が山ほどいる『ノブレズ』にこの襲撃の報は届く……。


 帝国兵どもと、マトモに戦っているヒマはないのさ。


 魔術を放つ。お得意の『ファイヤー・ボール』だよ。そいつを壁に向かって放つのさ。何が起きるか?……壁を伝って、その火球はものすごい勢いで駆け抜けていくんだよ。


「うわ!?」


「なんだ!?」


 ……敵兵どもが驚きの声を上げるが、驚いている場合じゃないぜ?……その火球は呪われているんだからな。金色の呪印を目掛けて、残酷な疾走をするんだ。


 オレは見ていたんだぜ?……油がたっぷりと入っている『樽』に、『ターゲッティング』をちゃんと刻みつけているんだよ。当たるとは思うが、さて、どうなるかな―――。



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