第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その21


 曲がり角の先で、足音は止まることはない。自信を持った歩きかた。音から察するに、左足に重心を置いた歩き方だな。利き足は左、そして、利き腕は右。鞘から鋼を抜く音が聞こえる。よく鍛えられた鋼、研がれた刃が鞘を鳴かせる。


 長い剣であるようだ、90センチほどの剣。柄を合わせれば125センチというあたりだろうか……。


「……奇遇だな、オレも、長剣だ!!」


 正解してしまったな。まあ、よほどのシロウトじゃない限り、体の放つ音からそれぐらいは分かるものだ。


「長剣。オレもその類いの得物さ。さてと、剣同士で、狭い場所での戦いになるな。楽しみだよ」


「……ああ!!」


 勇敢な帝国兵と対峙するために、オレは壁から背中を離していたよ。竜太刀を構える。壁に揺れる炎の光が歪んで、その男がオレの目の前に姿を現す。


 長剣を構えた帝国兵だ。


 右利きだったよ。


 鎧も兜も被っているな。兜のおかげで、顔を見ることは出来ない。だが、向こうからは見えている……少しズルいぜ。オレもこの勇敢な戦士の面構えぐらい見ておきたくもあったんだがな……。


「……貴様、鎧まで、持ち込んでいるのか?……黒い鎧……北天騎士の鎧なのか、それは……?……いや、あり合わせか」


「……まあ、そういうことだ。でも、肌には合っている。油断はするなよ。つまらなくなるからな」


「……赤毛よ、貴様の名前は?」


「お前が死ぬ間際に教えてやるよ。もしも、お前などに負けるようであれば、お前が覚えるほどの価値はない名前だ」


「……たしかにな。オレは……ハイド・ローガル一等兵だ。冥土の土産に教えておいてやる。北天騎士どもが昇る北の冷めた星空で、オレの名前を広めてくれ」


「ああ。ハイド・ローガルだな。オレが負けたら、あの世に広める。そうであれば、お前は伝説を築ける剣士の一人だという証明になるからな」


「……自己評価の高い男だ」


「いいや。謙虚に低く見積もっていて、なお、そんなものさ。オレは、君が思っているよりも遙かに大物なんだよ」


「……ハッ!……気に入ったぜ。お前の名前を、吐かせてやりたくなった」


「……その剣、帝国兵の制式装備じゃないな」


「……ああ。腕前には自信がある。北方の騎士との戦いに、焦がれていた部分も持ってもいたんだよ。戦いに来たのに、戦いは、政治が呑み込んでしまっていた。オレは、残念に思っていたんだ」


「そうか。分かるよ、その気持ちはな。願いを叶えてやろう、帝国人には珍しく、真の戦士である勇気を持つ者よ。北方の騎士道に生きる者として……貴様に、オレに挑む機会をくれてやる」


「―――ありがたいぜ。願ったり叶ったりだ。では……いざ、参るッッッ!!!」


 帝国兵士が走り、突きを放ってくる。


 ……この狭い場所で、それは有効だからな。左右に勢いよくは逃げることが出来ない。刺突はいい攻撃だ。槍であれば、より有利に戦えるもんだったがな。


 いい動きだった。獣のように速い刺突。重心は低く、腕を長く伸ばしていた。この空間では、その動作は最強にも思えるな。


 そうだ、理に適っていた動き。だからこそ、読めていたよ。想像の範囲を超えぬ動きであれば、オレを倒すことは不可能だぞ、帝国の剣士よ。


 とっくの昔に、オレは動き始めている。


 ヤツが呼吸と共に剣を動かそうとした瞬間に、その動作に至ることを確信していた。加速するヤツに対して、オレは北天騎士の技巧を選ぶ。オレは正式な北天騎士ではないがね……ジグムント・ラーズウェルから学んでいる。


 安心してくれ。


 北天騎士の技巧で、君に応じているのだ。オレに勝てれば、北天騎士たちにあの世でその名を伝えてやろう。


 床石を踏み込み……全身の関節を絞めるように筋力を全開にするのさ。『剛の太刀』、北天騎士の一刀を使い、オレはヤツの稲妻のように鋭く速い刺突を、下から叩き上げるような軌道で斬撃を放つ。


 鋼が衝突し、ヤツの重さを知る。大男で、岩のように鍛えた筋肉の持ち主なのであろうな。まるで、岩壁にでも斬りつけたような重さが、指の骨を伝わってくるが―――北天騎士の『剛の太刀』は、岩さえも斬る。


 突きを、アーレスの竜太刀が切断する。兜のせいでヤツの顔は見えなかったが、おそらく驚愕していただろう。乱れた呼吸の音を、耳が聞く。


 今まで知らなかった世界を、ヤツは見ていた。分厚い鋼が、折られることはないと?まあ、普通の剣士では、折れない。だが、本当の達人の放つ『剛の太刀』ならば、稲妻のように鋭い刺突にさえも、へし折ることは可能なんだよ。


 むしろ。


 賞賛に値する。速さと重さを持つ、シンプルな軌道かつ剛力で殺しの技巧を放つ猛者でなければ、折られる刹那に衝突の重量を浴びてしまった手と指の骨だろう。指が曲がりながら、剣を弾き飛ばされていた。それは、剣士として、情けない。


 君は、よくやったと言える。オレに挑むには、あと十年は早かったが……あと十年経験を積めば、もっと迫れたはずだ。そんな可能性を感じさせるほどには、強かったよ。


 剣が折られた瞬間、帝国兵の動きもまた砕かれていた。猛牛の突進を浴びたようの衝撃だ。とてもじゃないが、前進など続けることは出来ない。剣を離すまいとしたことが、不幸であったな。


 骨格を伝い、爆発するような衝撃がヤツの肉体を襲っていた。動けやしないさ。刹那の膠着が起きる。それは一秒にも満たない、剣士ぐらいにしか認識出来ない、不思議な時間。


 止まって感じる時もある、その短い間のなかで、オレは振り上げた竜太刀を振り降ろす!!


 袈裟斬りに、ヤツの体を斬り裂いた!!……鎧の鉄を斬り裂いて、竜太刀の刃は深く、残酷に、ヤツの命を破壊する。肉体を斬り裂きながら、竜太刀は踊りを終える。ヤツは血を吹き出していたが、鎧のなかにその血は収まっていた。


 3秒ほど、意識を継続することが出来たようだ。


 だから?


 ……約束を果たすとしよう。いまわの際だ、この世から去りゆく勇者にのみ、オレは言葉を使うのだ。小さな言葉で、教えてやったよ。


「……我が名は、ソルジェ・ストラウス。北天騎士ではなく、ガルーナの竜騎士。君の来た帝国を、滅ぼす魔王の名前だよ」


「…………りゅう、きし――――――」


 彼はそのまま崩れ落ちていた。死んだ勇者は、床の上に倒れてしまう。


「いい強さではあった。オレの技巧の糧になる。我が剣の中で、生きろ、ハイド・ローガルよ」


 北天騎士への『負け方』。オレは、それを学べていたよ。技巧がさらに深まった。オレは北天騎士に対しての理解が進んでいる……君のおかげで、ジークハルト・ギーオルガといい勝負を出来そうな気がしているな。


 ……まあ。それはさておき。


「……ハイド・ローガルは、勇敢なる戦死を遂げたぞ!!……次に挑む男は、いないのか!!彼に続き、北天騎士との勝負に挑む、勇敢な男はどこにもいないのか!!」


 帝国兵は沈黙を選んでいた。


 怯えて震える呼吸の音が聞こえる。少し、残念ではあった。彼ほど、有能な戦士がいるのならば……相手してやる価値もあったというのに。


「失望したぞ、臆病者諸君!!この場に、本物の男は、ハイド・ローガル以外にはいなかったようだ。それゆえに、こちらも戦い方を変えるとしよう!!」


 オレはロロカとジャンを見た。


 二人とも、無言のままうなずいてくれる。いいね。『パンジャール猟兵団』の絆を感じる。こういう時の戦い方は、よく心得ているからな……さて。敵を少々、間引いてやるとしようか……。


 ゼファーよ。聞こえるか?……空が近いはずだ。聞こえるだろう?……タイミングを合わせるぞ……?


 ―――りょーかい、『どーじぇ』。


 ……通じたか。よし。行くぜ!!



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