第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その11
「……ジャン。臭いで分かるか?」
『は、はい!……ピアノさん、スゴい……っ!『ブック・カース』がかかっている書類を抜き出しています……っ』
どうしてそんなことが出来るのか?……さてと。情報分析能力の違いってことしか分からないな。彼の巨人族の瞳では、オレの魔眼よりも優れた力は無いはずだからな。
「いいか。ジャン。賢いっていうのは、こういうことだぜ。魔法の目玉も、『狼男』の嗅覚を持っていなかったとしても、知恵を捻れば、こういうことだって出来るらしい」
『は、はい。なんだか、スゴいってことしか、分かりません……っ』
そうだな。でも、圧倒されっぱなしじゃイヤだから、何かを探ってみたいな。頭は悪いが、洞察力には定評がある野蛮人だからな……。
どういうパターンで、ピアノの旦那は羊皮紙の書類を抜き出しているのか……?右手と左手を交互に……?……そうじゃないな。それが大事じゃない。
あまり……考えていないようだ。
そうだよな。
あまりにも膨大すぎる。木を隠すなら森の中と言っても、この書類の量は……あまりにも多い。そうか。比較的、分かっていれば、それほど難しくないモノのはずだよな?
なら。
ちょっと考えれば、オレにも嗅ぎつけることが出来るかもしれない。
……オレは本棚をじろりと睨む。書類がうじゃうじゃある……あるが、そうだな。数字がその書類たちには振られてある。羊皮紙を三枚重ねになった書類たち。そこには焼き印で番号が押されてあった。
ピアノの旦那は、その数字を見て取り出しているだけのようだな。
さてと、この数字だが……ふむ。パッと見ても分かるが、ランダムだな。順番にはならんでいない。2952のとなりには、3451が並んでいたりする。かなり、適当な番号が振られているな。
つまり。
それらの数字の並びには意味がないということか。つまり、これが『森/フェイク』だな。『木/本命』じゃない……なるほど。何となくは、分かって来たよ。
「……素数か」
当たっていたらしい。ピアノの旦那がオレに視線を向けて、彼のなかではお気に入りなのかもしれないが、ガルフ・コルテス式の親指を立てるサインを使ってくれた。
『団長。す、スゴいです……っ!!分かったんですね、この秘密が……っ!!』
「ああ。素数の番号が与えられたものが、『当たり』らしいぜ」
ピアノの旦那はそれを引き出しているわけだ。
まあ、あんな勢いで素数かどうかを見破りながら、引き抜いていくのか……スゲーわ。オレだったら、一つ見つけるのに、かなり時間がかかってしまいそうだな―――。
『―――そ、それで、団長。そ、『そすー』って、何ですか……っ!?』
ジャンが素直な表情でそう訊いてきたよ。ジャンは、子供の頃からレッドウッドの森にいたせいで、教育というものをあまり受けていない……。
読み書きや、初歩的な計算は教えていたが……そうか、かけ算とか割り算とかが出来たら、それでいいかって、ほったらかしになっていたな……少し反省すべきコトではあった。
「……ジャンよ。今度、オレとかロロカが教えてやるからな。楽しみにしていろ」
『は、はい……何か、ボク、しましたか?』
「いいや。オレがすべきことをしていなかっただけだよ」
買い物に行ければいいかぐらいの教育しか、目指していなかったな。そんなことではダメだろ……?
もっと数学とかも、ちゃんと教えよう。15世紀以上も前のヒトでも知ってたはずのコトを、現代に生きる青年が知らないとかは間違っているのさ。
オレは宿題を見つけたよ。ジャンに戦いとかだけじゃなく、もうちょっと一般的な知識をつけてやらねばんらないな……。
悲惨な半生を過ごしてしまった部下に対する投資や配慮に、オレは足りない部分があった……そんな反省をしていると、ピアノの旦那の動きが止まっていた。
彼は全ての棚から、素数の打たれた羊皮紙を回収したらしい。それらを大きな布に包んで背負った雑嚢のなかに放り込んでいた。
「回収は完了したのか?」
ピアノの旦那はうなずいてくれる。そうか。オレは、もう一度、あのスパイの死体がちゃんと死んでいるのを確認した後で、次の場所に向かうことを決めていた。
「『呪い追い/トラッカー』の力で、地下に続いているよような『糸』が見える。それがカーリーが予測した呪いの源のはずだ。急ぐぞ。オレの勘では、このスパイが口にしたリロイというスパイがいるかもしれない」
『……ま、まだいるんですね。こんな変なヤツが……』
「そうだな。いてくれると助かる」
『あ……そ、そうですね。ここで帝国のスパイたちを倒しておけばおくほど、『自由同盟』は楽になんりますもんね』
「ああ。三人倒した。この男も戦闘能力はいまいちではあったが、『ゴルゴホ』の蟲を知らない者からすれば、かなりの難敵だっただろう。仕留めることが出来たのは、幸いだったよ」
戦闘能力はともかく、スパイとしての能力は高かった可能性は否定しがたいものがある。『死んだフリ』……それを使いこなせば、敵の目を欺くことは難しくない。
どんな危険な任務からも『生還』することもありえるだろうさ……死体のフリしていれば、敵に警戒されることはない。
帝国のスパイってのは、やはり油断がならない相手だ。
この『呪い追い/トラッカー』の先に、もう一人でもいてくれるならば、大いに助かることなんだがね……可能ならば、ヤツらの中でも腕利きにいて欲しいぜ。
……オレたちはとにかく『呪い追い/トラッカー』に従って、『ジャスマン病院』の地下を目指して走った。
今夜は忙しいからな。さっさと他の皆のサポートに回りたくもあるからだ。
『ジャスマン病院』は、ほとんど無人だ。たまに巡回している警備の兵士がいたが、それらは一人ずつであり、警戒心は低いものだった。
病院を襲撃する者などいないと考えているのかもしれない。
つまり、一般の兵士たちには、『ジャスマン病院』がどういう存在なのかは知られていないようだ。
まあ、『ゴルゴホ』の慎重さを鑑みれば、当然のことかもしれない。しかし、それゆえに兵士たちは油断していた。そんな兵士を殺しては、近くの病室に死体を放り込みながら先を急いだ。
4人ほどの兵士を排除した後で、オレたちは地下へと続く怪しげな階段へと辿り着いていた。鎖がかけられている。一本の鎖が、その地下への階段をやる気なく封鎖していた。
その鎖には、『特別医療区画・関係者以外、立ち入り厳禁』というメッセージの書かれた木札が吊されていたよ。
……いい作戦かもしれないな。何だか、興味本位で近づいてはマズい予感がする。とんでもない重病人がいそうだし、不用意に近づくことで、怪しげな病気が伝染してしまうような気もする。
そして。この地下通路の近くには、『死体安置所』なる部屋も見えた。本来ならば、病院で死んだ患者を安置する場所なのだろうが―――エド・クレイトンとルーベット・コランが入手した情報によれば、数十人分の死体がこの病院から外に運ばれていない。
この『死体安置所』に運び込まれた死体たちが、どこかに消えたのだろうか。ならば、この地下へと続く階段の先に向かったのではないか……そう考えてしまうのは、もしかして安直すぎるだろうか?
だが、その作業を実施するには悪くない。ここは病院のなかでも隅っこにある。病室も少なく静かなる場所だ。何か怪しげで人に見られたくない作業をするのであれば、相応しい場所であるような気はしたよ。
……とにかく、『呪い追い/トラッカー』を追いかけることにする。ジャンが先行して、オレとピアノの旦那はジャンのカバーに入る。ピアノの旦那は、手斧を取り出していた。
彼の手には小さな斧ではある。戦場向きではないが、対人戦闘の能力は低いものではない。とくに、巨人族がそれを使ったときの強さは、ゼロニアの荒野におけるアッカーマンとの戦いで思い知らされている。
……ピアノの旦那の腕っ節が、どれほど強いものなのかを知りたくもあるが……戦いなんかで彼の指を痛めてしまうってのは、つまらないな。彼のピアノの音が悪くなることは避けたい気もした。
集中するとしよう。
その地下の底を目指すかのような道は、長くはあったが……やがて、一つの大きな扉の前に辿り着いていた。その奥に、呪いと―――誰かがいる。オレの予想では、帝国スパイのリロイがな。呪いのエキスパートなのかもしれない。
何であれ、さっさと排除するとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます