第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その7
状況は順調である。仰向けで休憩中のゼファーを見かけた職人たちが、とんでもない悲鳴を合唱させていたが、彼らのボスとジグムントのおかげで、その誤解は一瞬で消え去っていた。
食われる。殺された。やっぱり罠だ。
様々な言葉が職人たちの口からは漏れていて、最後の言葉を吐いたヤツに対しては、強力な拳による制裁が与えられていたよ。
彼らのボスは、手厳しい。
だが、仕事は出来るようだ。
ホフマン・モドリーの頭のなかには、すでに設計図が完成されているようだ。それを実行するための手順も、そして今では従順な労働力を取り戻している。
彼のことを祖国の裏切り者として罵ってきた部下たちは、彼が祖国のために立ち上がったことで文句を言う理由を失っていたようだ。
それに、職人は仕事をしたくてしょうがないらしい。
工具で木を切り、杭を打ち込む音が、あちこちから聞こえてくる。何十人ものドワーフの大工職人たちを、ホフマンは完璧に使いこなしているようだ。
名前はもちろんのこと、彼らがどんな得意な部分と不得手な部分があるのかを、隅から隅まで把握しているらしいな。
いい仕事をしてくれそうだ。そこに疑問を抱くことは、オレには出来ない。職人たちは闇の中で、とても嬉しそうに労働に従事している―――あとは、まだ見ぬこの最新の砦が匿うべき者たちを救出してくればいい。
……我々は集合する。
夜も深まり始めているからな。そろそろ、襲撃の頃合いではある。
ロロカ先生の作ってくれた作戦は、ホフマンの助言と、ジャンからフクロウを使って送られて来た偵察結果を重ね合わせることで、さらに洗練されたモノとなったはずだ……。
「……これ以上の準備は、もうすることが無い」
「はい。準備は万全です。あとは、実際にその場所に赴くのみ」
「イエス。成し遂げれば、良し、であります」
何だか、ロロカ先生の弟子みたいな雰囲気を出しながら、キュレネイは語る。レンズの入っていない眼鏡をかけているのは……弟子だから?……まあ、眼鏡つきキュレネイも新鮮だから問題はない。
「さてと、ゼファーに乗って移動するぞ!!」
『うん!!みんな、ぼくにのって!!』
「ゼファー、お腹は平気ね?」
『だいじょうぶ!るるーしろあにけられたぐらい、かすりきずだもん!!』
「ええ。強い子よ。さすが、私のゼファーだわ」
『マージェ』はそう言いながら、ゼファーの鼻先を撫でていた。
「じゃあ。皆、行ってらっしゃい」
アイリス・パナージュお姉さんにそう言われたよ。
彼女は『メーガル』には行かない。彼女はこの場所に残り、ゼファーと共に『輸送任務』を開始する。場合によれば、『アルニム』でも陽動作戦を行う必要があるかもしれないし、ここを護衛する人員もいるからだ。
複雑な任務である。それに、エド・クレイトンとの連携も必要だからな。エド・クレイトンは『アルニム』で工作活動に徹するらしい。詳細は不明だが、ルード・スパイが二人して背後を守ってくれることはありがたい。
ルーベット・コランはどこか安全な隠れ家に移動しているのか、あるいはもう活動を再開しているかもな……彼女たちはタフだから。
オレたちはゼファーの背に乗り、戦場となる『メーガル』へと向かったよ。
夜の闇に紛れての飛行……まったくの問題はない。『メーガル』から、ここまでは直線距離で30キロ程度しか離れていない。脚が本当に速いモノが全力を出したら、30分でたどり着ける距離だな。人間族にはムリだが、エルフやフーレン、ケットシーなら行ける。
……そのあたりも計算して、作戦の選択肢として頭には入れておく。
ジャンからの報告で、色々なことは分かっていた。まず一つは、敵の戦力がかなり減っていることだ。オレたちが『ガロアス』と『ノブレズ』を襲撃したことが効いているな。
敵サンは、戦力を管理している。『ノブレズ』と『ガロアス』に兵士を移動させたようだな。
『ガロアス』にはジグムント・ラーズウェルの捜索と、人間族の元・北天騎士たちを拘束するために。そして、『ノブレズ』は重要な拠点であることから、守りを固めている。
ピアノの旦那の分析よると、ジークハルト・ギーオルガが率いる精鋭は、どちらかに出向いているとのことだ。この土地では貴重な馬に乗り、移動した一団がいる。北に向かって、黒い森のなかを走った一団がいた。
北西の『ガロアス』なのか、北東の『ノブレズ』なのか……どちらに向かったかまでは、確信は得られないらしいが……可能性なら『ガロアス』に向かった後に、『ノブレズ』へと移動した可能性が高いとのこと。
ジグムントを探して、移動している……その可能性は高いからね。どうあれ大遠征になっている、ヤツらの馬も、そしてヤツらも疲れているさ。少し、残念だが、今夜、オレより剣で強いヤツと戦うことは出来ないらしい。楽しみなんだがな。彼を殺すことが。
……まあ。作戦の成功だけを考えれば、いい状況だ。
ヤツらの精鋭は今夜、『メーガル』にはいないわけだからな。そのうえ、『ノブレズ』の護衛に多くが割かれた。
常時、1000名ほどの『看守』たちは、今夜は500名ほどだ。元・北天騎士の人間族たちが、いつもは大半を占めているらしいが……彼らには反乱の嫌疑があるせいだろう。北天騎士の剣の臭いが、少ないらしい。
ジャンはジグムントたちの剣の臭い、そして、『剣塚』の臭いを知っている。『ベイゼンハウド』の鋼の臭いを『狼男』の力で嗅ぎ分けられるが……元・北天騎士の帝国兵たちの大半は、南東にある帝国軍の拠点に向かわされているようだ。
……『メーガル』にいる収監者たちは、北天騎士だからな、彼らが手を組む可能性に恐怖を抱いて、彼らを分断したというわけだ。
『メーガル』の収容所からは、強者がどこかに行ってしまっている。襲撃には、絶好のチャンスなのさ……もちろん。問題はある。
帝国軍のスパイだ。
ジャンには、アイゼン・ローマンから回収した、特務少尉の階級章を持たせてある。今度も臭いを頼る。ローマンが普段いた場所を、探ってもらおうということさ。
予想の通り、フクロウから来た報告は……第一収容所に隣接する『ジャスマン病院』。ローマンの残り香が、そこから流れているようだ。『ゴルゴホ』と帝国軍のスパイども。そいつらは、そこにいるみたいだな……。
今後の憂いになるヤツらだし、『熊神の落胤』や『蟲使い』のような強力な戦力に邪魔をされては、たまったものじゃない。
打撃する必要があるわけだよ。可能なら、全員、今夜、仕留めておきたいが―――『ノブレズ』や『ガロアス』あるいは、南東部で行方不明になったアイゼン・ローマンの捜索なんかを行っていそうだから、全員はいないだろう。
最低でも、一人は狩れるはずだ。連絡要員として、本拠地には誰かを残すだろうよ。そのスパイだけは消したいな。『ゴルゴホ』は……医療集団らしいから、きな臭い状況になった今、撤退していてもおかしくはない。
『ジャスマン病院』には、ほとんどヒトの気配がないとの報告も届いているからな……スパイを特定するのは容易そうだ。
ということで、『ジャスマン病院』を襲撃するのは、オレ、ジャン、ピアノの旦那の三人だ。ピアノの旦那は、情報収集を主に担当、オレとジャンでスパイを見つけて仕留めてしまうのさ。
スパイが二人以上いる場合に備えて、三人もここに使う。それに、カーリーが指摘した『呪い』についても調べたい。『呪い追い/トラッカー』が出来るオレとジャンが、担当すべきことだ。
……速やかに作戦を完了させて、他の場所の救援に回りたいところだな。
そんなことを考えていると。
『メーガル』についた。斜面に作られた街並みと、鉱山が見えるな……大した量は採掘出来ないらしいが、あそこからは鉄鉱石が採掘することが可能らしい。収容された者たちは、それを掘り出すための労働でコキ使われているようだ。
囚われの北天騎士たちは、痩せ細ってはいるようだが……それでも、北天騎士たち。武器さえ渡せば、問題なさそうだ。
……さてと。この『メーガル第一収容所』を襲撃するのは、もちろんジグムント。彼でなければ、事情を北天騎士たちに説明することが困難だからな。
そして、作戦について誰よりも詳しい、ロロカ先生。戦闘能力も考慮してのことだ。『白夜』を使えば、この収容所の壁の薄い部分を力尽くで壊すことも可能しね。あとは、偵察・侵入能力の高いミアも続く。爆薬の設置もミアの仕事だからさ。
……このチームには、カーリーも同行させる。戦闘はして欲しくないが、状況次第では戦力として使わせてもらうことになる。12才だが、一般的な兵士を5人相手にしても無傷で仕留めてしまうだろう。『シアン・ヴァティ二世』の名は伊達ではない。
可能性は低いとは思うが、呪いがある場合に備えてだ。専門家である彼女がいれば、呪いに引っかかる心配はしなくても良くなるからな。
そして、リエルとキュレネイ、レイチェルは敵の襲撃だ。寝ている兵士も巡回の見張りも、とにかく可能な限り、仕留めて行く―――西側へのルートの確保さ。脱出させた北天騎士たちを、『モドリー砦』にまで退避させねばならん。
武器は運び込むが……8000人もいる彼らの全員の装備を運ぶことは出来ないからな……とにかく、行動開始と行こうか。ジャンとピアノの旦那に合流するとしよう。
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