第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その6


 ジグムント・ラーズウェルの存在感は確かなものだった。北天騎士の中でも勇名を誇る古強者……『ベイゼンハウド・フーレン』の男は、ドワーフの職人たちの前で、北天騎士の剣を抜く。


 剣を夜空に掲げながら、ジグムントは誓うのだ。


「……必ずや大義を成し遂げる!!……皆よ、オレたち『北天騎士団』を、もう一度だけ信じて欲しいのだ!!……オレたちは、必ずや帝国人どもを、この『ベイゼンハウド』から追い出してやるぞ!!」


「……ジグムント・ラーズウェル、貴方の武勇は、聞き及んでいます!!」


「……我々は、『北天騎士団』の復活を、待ち望んでいました!!」


「……亜人種の苦しみのために、どうか、立ち上がって下さい!!」


 ドワーフの職人たちのあいだでも、北天騎士―――とくにジグムント・ラーズウェルは人気があるようだった。


 『北天騎士団』のなかでも、トップクラスの強さと、多くの弟子を持つ高名な男だからな。期待度は大きくなる……。


「……諸君。信じてくれるか、オレたちが、必ずやこの村に帰還すると?」


「ええ!!」


「信じます!!」


「『北天騎士団』、万歳!!」


 ……先ほどまでの疑惑に満ちた空気は、まったくもって消え去り。この場所にあったのは、英雄ジグムント・ラーズウェルに対する信頼のみであった。


 そのことに、血の混じった唾を吐きながら天才ホフマン・モドリーは不機嫌そうな顔を呈していたよ。


「……ワシに対しての態度と、ずいぶんと違うじゃねえか、クソバカどもよ!!さっきまでの、死ぬほど怪しんでいるツラを、どこにやりやがったんだ!?」


「そ、それは?」


「へ、へへ。すまねえっす、ボス」


「……あ。ずるいぞ、ボス呼びして、媚びやがって……?」


「とにかくッ!!」


 ホフマン・モドリーが鼻息荒く、一喝する。ドワーフの職人どもは、彼の言葉に反応して、一列に整列していく。


 ずいぶんと厳しく部下を教育していたらしいな……ボスは。


「いいか!!バカども!!すぐに仕事を始めるぞ!!アルゾは、ノコギリ持って来い!!錆び付かせちゃいねえだろうな!!」


「い、イエス・ボス!!」


「よし!!ガーム、ジョイル!!大釘と鋼線だ!!……売り払っちゃいねえだろうなあッ!!」


「う、売ってません!!」


「お、オレも、ちゃんと取っていますぜ!!」


「当然だ!!仕事道具、売るバカがどこにいやがる!!……とにかく、全員、さっさと自分の道具を持ち出して来やがれ!!5分後に、ワシの家の裏手の資材置き場に集合しやがるんだ!!」


「わかりやした!!」


「すぐに!!」


「へへへへ、仕事だぜえええ!!」


 ドワーフの職人たちは、とても楽しそうだったな。よほど本来の仕事と切り離されていたことが苦痛だったらしいよ。


 それぞれが喜び勇んだ足取りで、家に向かって走って行く。単純なものだな……。


「……上手く行ったようだな」


 リエルが安堵の息を吐きながら、そう語ったよ。オレは同意のために頭を振った。もちろん、縦にね。


「……いい演出にはなったよ」


「演出?……そう言えば、策があったと言うのは?……そうか。ジグムントか」


「ああ。いいタイミングで来てくれた。さすが、オレたちのロロカだよ」


「むう。ロロカ姉さまとも共謀しておったわけだな」


 共謀って言葉は、どことなく聞こえが良くない気もするが、確かにその通りだった。


 オレの目の前にアゴを押さえたまま、ホフマン・モドリーが歩いてくる。オレは讃えるよ。


「いいパンチだったな」


「……もらった方のコトを、言ってやがるのか?」


「違うさ。アンタが若造どもをブン殴っていた伸びのある鉄拳のことを言っているんだよ」


「……なら、許す……でも、正直、ちょっと思うこともあった」


「なんだ?勝利の記念に、どんな疑問に答えてやるぞ」


「……ジグムントさんを、最初から表に出せば、ワシ、ブン殴られなくても済んだんじゃないか……?」


「おお。たしかにな!」


 リエルが同調しちまうよ。オレは誤魔化すための苦笑を唇に浮かべていた。


「アンタの嫁エルフもそう言ってやがるぜ?……そのところ、どうなんだよ?」


「アンタが殴られるのも計算の内だ」


「計算……?」


「ああ。もしも、ジグムントが最初から出てしまうと、彼らはアンタを抜きに仕事をしたがったかもしれない」


「……む。たしかに、な」


 アゴの調子が悪いのか、ドワーフの大きなアゴを開いたり閉じたりしながら、ホフマン・モドリーは返事していた。


「……ワシがいなくても、あのバカどもでも、作れなくはない。どいつもこいつも、十代以上前から、大工やっているようなヤツらだ。血にまで職人のワザが染みついていやがるような連中だが―――」


「―――だが、アンタの指揮のもとに動いた方が、より良いモノが出来るだろ?」


「……ああ。疑問の余地ゼロで、その通り」


 天才は自信満々だ。憎らしくなるレベルのドヤ顔を見せつけながら……やがて、表情は曇っていた。


「……そのために、ワシを殴り合いに行かせたってのか?」


「殴り合えとは言っちゃいない。でも、殴られるのは予想していた」


「……サラリと言いやがるぜ、ストラウス殿はドS野郎だよ」


「殴られて、疑われることまでは、予想していたよ。アンタが本当のコトを言っているのに、連中が疑って……その直後に、ジグムントが現れる『演出』をすれば、アンタに対しての信用は回復するし、疑ってしまったことへの罪悪感が職人の心に生まれるってね」


「ふむふむ。後ろめたさを与えて、文句を言いにくくしたわけか。さすがは、ロロカ姉さまの策だな」


 ……あまり、こういう性格の悪い策のことを褒めていると、ロロカ先生、微妙にイヤな顔しそう。そもそも彼女が作った策じゃなくて、オレが作った策だ。彼女はそれを察して動いてくれただけのこと。


 有効な策だとは考えていたみたいだし、実際、有効だった。結果オーライだが……リエルに説明をしておこうか、ロロカ先生の性格は悪くないと言うことを―――。


「―――ロロカ姉さまは、本当に人心掌握術に長けておられる。私も、しっかりとマスターしなければな!」


 ……えらく尊敬されているな。リエルの翡翠色の瞳が、キラキラと輝いているじゃないか……っ。まあ、いいか。細かな説明なんていらないだろう。


「……はあ。まあ、いいさ。確かに、ワシは職人どもを掌握することが出来た」


「みたいだな。いいタイミングで、アンタも怒鳴ってくれたな。あれで、職人たちから主導権を奪えたようだ。アンタは、やはり彼らのリーダーに相応しい」


「しかし、水を差すようで悪いが、他の連中は?……殴り合っていないヤツらとは?もう一度、殴り合いをさせれば良いのか?」


 リエルが、ちょっと混乱しているな。人心掌握術という言葉は知っていても、具体的にどうやるかまでは、ちょっと把握仕切れてはいないようだった。


 ……まあ、そんなところも可愛いけどな。オレのヨメたちには、それぞれの良さがって、ホント最高。


「……アホ抜かせ。今夜は、これ以上、殴られたりはせんぞ!!」


「ボクシングで、ドワーフどもをのしていけば、全てお前の部下になるタイプの作戦なのではないのか?」


 リエルがシャドー・ボクシングをしながら、そんな発言をする。ドワーフ・ファイトのダメージが抜けきらない中年建築家は、ブンブンと頸を横に振っていたよ。


「……他の連中は、ヘタレだ。あそこにいた連中さえ、ワシの手中に収めれば、まあ、どうとでもなる」


「そうか。それは良かったな。経営者の座に戻れたじゃないか」


「……金にならん仕事だがな。いや、いいさ。やはり、職人は仕事をしてからだ。信頼を取り戻してから、荒稼ぎしてやるさ!!」


 ドワーフの職人は、欠けた歯を見せつけるようにして笑いながら、仕事現場に向かって短い脚で力強く歩き始めていた。



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