第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その5
ホフマン・モドリーの反撃のストレートは、いい軌道だったよ。当たる瞬間に腕を捻っているし、肘もよく伸びていた。殴り慣れてるヒトの拳だ。職人どもは、小さな頃から散々、殴り合いのケンカをしながら育っていたようだ。
どこかのストラウスさん家みたいで、懐かしいよ。赤毛のアホどもは、四人で殴り合いながらデカくなった。
「こ、この!?」
反撃を食らった職人はドワーフの頑丈な骨格に助けられていた。殴られ慣れてる。部下に厳しいタイプの職人だったのかもしれないな。天才建築家は。
ホフマン・モドリーは、鼻息荒く、目はすっかりとすわっていた。獣のような迫力を醸し出しながら、自分を取り囲む、かつての部下どもに怯むことはない。
牙を剥くように、彼の口が開いたよ。
「……ワシらみたいな、野蛮なドワーフの職人なんかに、しっかりとした話し合いなんてことは、ムリだろうさ。ああ、そうだ。ちょっくら、殴り合いながら……ワシのハナシを聞くがいい!!」
「や、やっちまええ!!」
職人どものケンカが始まるよ。
天才ホフマン・モドリーはケンカも強い。かつての職場には腕力タイプの指導が蔓延していたのかもしれない。
無能な部下ごときにも媚びへつらえ。そんな理論を、キレイな言葉で飾り立てている派閥からすれば、獣同然の下等な世界だろうな。
そこがいい職場なのかどうかは知らないが、消えて無くなるよりはマシだったと、職人どもの見解は一致しているようだ。
ドワーフどもが、歯が折れてしまうレベルで殴り合っているな。だが……武器は使っていない。棍棒で殴ったヤツも……罪悪感を覚えているらしく、それを使うことはない。
いい傾向だな。
衝動的な殺人が起きにくい。道具を使わないと、ヒトはなかなか死なない。拳術道場が戦士たちにバカにされるのは、戦場では無価値なほどに殺傷能力が低いからだよ。見世物用の気軽な面白さがあって、オレは好きだがね。
さーて、取っ組み合いをしながら、ホフマン・モドリーは叫んだ。
「いいか、このバカどもめ!!一つ、質問するぞ!!仕事を……仕事を、お前らバカどもは、今でも、したいんだな!!」
「そうだ!!仕事を返せ、このバカ野郎!!」
「オレたちを、職人に戻せ!!」
「へへへ!!……ああ、いいぜ……っ。戻してやる……戻してやるぞ」
「出来もしないことを、言うんじゃねえよ!!」
いいアッパーが入っていたな。ホフマン・モドリーの体がぐらつくが……ホフマンはふらつきながら前に進み、アッパーを入れた若いドワーフの体を、押し倒し。そいつの顔面をガンガン殴りながら叫んでいたぜ!
「へへへ!!嘘じゃねえぜ、自力で、仕事も見つけてこれねえ、この半人前のクソ職人どもが!!……仕事を、仕入れてきてやったぜ、クソどもが!!いいか、そのバカな耳の穴をかっぽじって、よーく聞きやがれ!!……今夜、遅くに、ワシが作っちまった収容所から、脱走して来る!!」
「……な、なに!?」
「そんな……バカな」
「あそこは、出るのも攻めるのも、不可能だって……」
「そうだ!!この、天才ホフマン・モドリーさまが、そーなるように作っちまったからなあ!!」
「い、威張るんじゃねえ!!」
「オレたちの困窮は、そもそも、あれのせいなんだからな!?」
「そうだな!!だから、ワシも、帝国人にケンカ売る、大バカ野郎どもに、協力しちまったのさッ!!」
「……じゃあ、反乱に、手を貸すってのか……?」
「……だ、だが……それが、バレたら、今度は……こ、殺されてしまうぞ……っ」
誰かが正しい予測を口にした。そうだ、反乱を起こした者を、帝国人は許さない。それこそが帝国の支配と秩序を揺るがす、唯一の脅威だからな。
だから、反乱を企てて者を見つければ、逮捕して処刑して死体を晒すことになるさ。町の近くの大きな木の枝なんかに、吊るされる。
「……なんだ、バカども、ビビっているのか?」
「び、ビビるかよ!!」
「そうだ……オレたちは、職人に戻れるなら、何だってする!!」
「本当の仕事をしたい!!本当の生き方を、したいんだ!!」
人生に対しての大きな悲観があるからか?……そうでもあるだろうし、それだけでもないだろうな。
彼らはシンプルだ。とても純粋に願ってもいる。帝国に介入されることのない、かつての人生を歩みたいだけなのさ。
「そうかよ。それなら……ちょーっと、ハナシを聞きやがれ、このクソバカども」
鼻血を袖で拭きながら、ホフマン・モドリーは上気した顔で、どこか得意げに笑っている。
天才建築家のドワーフは、ゆっくりと立ち上がる。ふらつきながらでも、この自分が支配していた土地に、王者のように立ち上がった。
かつての部下たちを、見回しながら……ホフマン・モドリーは、殴られたときに歯で切れてしまった口内から、たまっていた血を唾と一緒に吐き出していたよ。
たぶん、奥歯の一つも抜けていたようだが、まあ、それぐらいで死ぬことはないし、職人の腕が折れてないなら、仕事は全う出来るだろう。
「……ワシらが頼まれた仕事に、金は出ないかもしれん。だが、『北天騎士団』の再建を担う、祖国のための偉大なる任務だ」
「な、何をしようっていうんだ!?」
「砦をおっ立てるぞ!!」
「砦……!?」
「そうだ。このワシらの集落に、砦をつくる。岩作りのいつもヤツじゃねえ。ワシの脱税の原因となった、あの木材どもだ!!……忌々しいが、一級品のいい木だ。即席の防壁を組むのには、丁度いい。軽くて、頑丈、そして……野ざらしにしていて湿ってもいる。燃やされにくさがある」
「……なるほど……っ」
「ここは山間で狭く、『メーガル』から逃げて来た北天騎士たちの、背後を守る壁を置くには適している。だから、ここを砦にする……そして、北天騎士たちの、体力が回復し、装備が届くまでの時間を稼いでやるんだ……そっから先は、連中の仕事だ」
「……帝国軍と、戦になる」
「……だが、今は……そうだ。港の連中が、言っていたじゃないか」
「帝国軍の多くが、南に行っている……っ!……ハイランドと、西に出来た、亜人種たちの同盟と、戦うんだ……」
「へへへへ!!バカども、分かったか……今、帝国人は少ない。今なら、今だけが、『北天騎士団』を再建して、『ベイゼンハウド』を奪い返すチャンスだ!!」
「……それは……たしかに……っ」
「金にはならん。だが、名誉にはなるぞ!!……『北天騎士団』が、再起するための砦を作ったとなれば!!……ワシらは……名誉を取り戻せる…………ワシらが継ぐべき、誇りを取り戻せるんだ!!……どうだ、バカども、この仕事を、受ける気があるのかよ!?」
闇のなかに希望が生まれている。
ホフマン・モドリーの言葉は、名誉を奪われたドワーフの職人たちにとって、あまりにも魅力的な言葉として心に響いていただろう。
だが、彼らもいい年こいたオトナなのさ。
そう簡単に、おいしいハナシに乗れなくなるのが、社会経験に磨かれてしまったオトナの心ってもんだ。疑り深い者が、いぶかしんだ瞳で天才を睨みつけていた……。
「……証拠は?」
短い言葉だったが、ドワーフたちの心に波紋を広げるには、十分の威力があったらしい。皆、職人には戻りたいが……この天才ホフマン・モドリーに対して、信頼を取り戻しているわけではない。
「……そ、そうだ」
「……『北天騎士団』の仕事って、本当なのかよ?」
「……彼らのほとんどは、引退したり……人間族の若いヤツらは帝国に寝返った……亜人種の北天騎士たちも、ホフマンが作りやがった収容所にいるんだぞ。脱出って、そもそも……誰が―――」
ホフマン・モドリーでは、そろそろ限界だったかもしれない。いいタイミングで来てくれたな。
フードつきのローブを脱ぎ捨てながら、大小二本の騎士剣を腰に下げて、黒くて長い尻尾を夜風に揺らし、『ベイゼンハウドの剣聖』が職人たちの前に姿を現していた。
「―――オレがやる。仲間たちを救い出し、『北天騎士団』を再建し……帝国人どもを、我らの故郷から追い出してやるぞ」
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