第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その4


 ドワーフ族の職人たちは殺気だっていた。


「何の用、このクソ裏切り者がッ!!」


「オレたちはもう眠いんだ!!朝から、『アルニム』への出稼ぎに行ってきたんだ!!」


「お前のせいで、オレたちまで大工をやれなくなっちまったからな!!」


 剣を持ち出している男もいるな。良く研がれた鋼が、闇のなかでも鋭く煌めいていた。日用品でもなく、護身用のレベルも超えた、本物の殺人道具だ。


 ……ホフマン・モドリーに対する恨みを込めながら研いでいたシロモノでなければ、気楽なんだがな。どうだろうか?……職を奪われた男は、殺意ぐらい抱いてもおかしいものじゃない。


 失職の原因が、ホフマン・モドリーの欲とかプライドの高さとか、あるいは裏切り者となってしまった心の弱さだとか―――そういうモノであることは確かなんだからな。


 ……しかし、帝国の課した制度に屈するべきだったのか?


 亜人種にだけ課せられた、悪意に満ちた税金などを認めてか?……そうすれば、彼らは後ろめたい気持ちのままでありながらも、日々、職人の仕事をこなせたのかもしれない。ゆるやかに滅びへと導かれてはいくだろうがな、帝国の哲学は、亜人種を認めないから。


 職人たちの怒りは、かなり複雑なものだろう。


 単純な個人に対する憎悪だけではない。社会の変容や、己の貧困、拒絶されている自分たちと、暗む未来……そういった様々な不満と不安のはけ口を、この裏切り者に注いでもいた。


 ホフマン・モドリーは、それを理解しているのだろうか?……まあ、彼には部下たちの苦しみを考えるほどの精神的な余裕なんて、どこにも無かったのかもしれないな。


 でも。


 おそらく、今は少しだけ違うモノの見方も出来るだろうよ。


「……お前らの言い分は、さんざん聞いてきた。もっともな部分は、多いぜ。オレはたしかに二つの過ちを犯したかもしれない。帝国人に押し付けられた亜人税を払うのがイヤで、結果的には脱税という形になった……正直、ケチったよ!!」


「そうだ!!」


「支払っておけば、良かったのさ!!」


「この欲深い、クソ野郎!!」


「自己中心的なんだよ、アンタは!!」


「……ああ。認める。ワシは…………たしかに、あのとき、自分のプライドしか考えてはいなかったよ。ワシは、社会ってモノに刃向かうことは、怖くないと思っていた。お前たちのことなんて、考えていなかった……」


 真実の言葉だろうな。


 かつてのホフマン・モドリーは、ずいぶんと強気な男だったらしい。帝国人に支配された土地でも、その態度を変えていなかった。帝国人を舐めていたところはあるし、部下たちも軽んじていたんだろう。


 天才ってのは、ついつい調子に乗ってしまうものさ。嫌われる要素は多分に含んでいるんだよ。


「……その挙げ句、ワシは逮捕されちまった……っ。ワシは、そこで拷問を受けて、心が折れちまった。暴力ってのは、怖い。毎日、殴られて、逆さに吊されて、口に水に濡れたタオルを噛まされて、風呂桶につけられたぐらいで、ワシの心は負けちまった」


 拷問にシロウトが耐えることは難しい。自白を犯罪の証拠になど絶対にすべきではないな。幾らでも拷問で吐かせることが出来るからと、ガルフ・コルテスは語っていた。


 尋問に拷問を使うと、手に入った情報を信じにくくなる。恐怖の使い方は、難しいのさ。脅しすぎれば、拷問者に対してヒトは媚びるようになる。媚びた挙げ句に、拷問者に気に入られようと真実めいた虚構を作るようになるんだ。自分自身にさえ嘘をついてでも。


 ホフマン・モドリーが、帝国のスパイたちが絡む『メーガル第一収容所』の改築という仕事を持ちかけられたのは、おそらく最初から彼が帝国のスパイたちに目をつけられていたからでもあるだろう。


 ……たとえ、脱税をしなかったとしても、彼には様々な嫌がらせが待ち受けていたんじゃないかと考えている。


 拷問や脅しを人心操作に用いるような、本職のスパイに狙われてしまえば、たとえ天才建築家であろうとも、最終的にはコントロールされただろう―――オレはそう考えている。


「……だが、何度も説明した通り!!ワシは……騙されていたんだ!!今まで、真実だけを話してきた!!お前たちは信じちゃくれないかもしれないが!!……ワシは、刑務所を作ると聞かされていた。罪人を捕らえるためのものと……ワシは、騙されたんだ!!」


「そうかもしれねえ!!そうかもしれないが、だから何だ!!」


「すべては、結果ありきだ!!」


「アンタが、あんな収容所の設計なんかに協力したせいで、どうなった!?」


「我々は、名誉を失った!!……名誉だけじゃない、仕事を、全て失った!!」


「オレたちは小さな魚を捕ってる。漁師に、安い金で雇われてな!!」


「十代以上も前から、この集落の男は、皆、大工仕事で食っていたのにだぞ!?」


「朝から晩まで、魚臭くなって……釘の一本も握ることはねえ!!」


「オレたちは……こんな人生を送るために、生まれて来たわけじゃないんだぞ!!」


 感情的な言葉だが、感情的になるべき状況でもある。


 彼らはしたいことを奪われた。使命にも似た、己たちの仕事をな。職人たちの集落に、職人の子として生まれた。そして、職人となることを目指し、その指にその技巧を宿し、頭にはその知識を詰め込んだ。


 何年も何十年もかけて、ようやく本物の職人になれたというのに、帝国人だか欲深い議員たちのせいだか、あるいは自分たちのリーダーである、天才ホフマン・モドリーのせいで人生は暗礁に乗り上げた。


 ……乗り上げたまま、どうにもならない。


 経済的に追い詰められて、今ではしたくもない漁師の下働きを薄給で行う日々だ。漁師が悪いとは言わないが、その道は彼らの歩みたい道ではなかったのだ。彼らは、大工として生まれ、大工として生き、大工として死ぬために、ここにいたのだからな……。


 何人もの職人たちが、闇のなかで泣いていた。


 あまりにもみじめな自分たちのことが、どうにもならぬほどにみじめで、情けないからだったよ。


 運命を恨み。もしかしたら、この運命を変えることの出来たかもしれない選択権を握っていた男のことを、彼らは心の底から恨んでいるようだ。


「……オレたちは、アンタに大工として雇われていたんだ!!それなのに……アンタは自分のプライドだか、欲望だか……そんなもののために、お上にたてついて……逮捕されたら、拷問を受けたぐらいで、帝国人どもの仕事なんて請けちまいやがって……っ」


「……本当に、すまん。それしか、言えない」


「それだけで、済むかよ!!」


「そうだ!!……オレたちは、そのせいで、こんなにみじめな日々を送っている!!」


「親父たちがしてくれたように、自分のガキの誕生日に、ちょっとしたプレゼントや、ちょっとしたゴチソウも食べさせてやれねえんだぞ!?」


「……そうだよ、それが、どれだけみじめなことなのか、アンタに分かるのかよ!!」


 家族を離散させちまったホフマン・モドリーの心には、辛い叫びだったんだろうよ。何かを言いたい言葉があるのかもしれないが……あまりに強い動揺のせいで、心のなかで言葉にならない。


 伝えたいのは謝罪の言葉か。


 あるいは、自分にも分かるという共感の叫びなのか。


 ……心の痛みは、そいつだけのものだから。オレにはホフマン・モドリーの苦痛がどんなものなのかを、分かるだんて言わないよ。それでも、苦悶の貌で、赤く血走らせた瞳には涙を浮かべる男がいた。鼻水だって流しているさ。それぐらい必死の貌だった。


 しかし。


 この苦悩する男は、どんな言葉も選ぶことはない。言葉なんて無意味なときはある。荒ぶり追い詰められた感情の前では、理性で作った話術のロジックなど通じない。本当に深い怒りは、結局のところ暴力に帰結する。


 暴力で鎮圧するか、暴力で鬱憤を晴らすしか―――人類は真の怒りを前にした、その二つ以外の行動を選択することは出来ない動物だ。本能だ。しょうがない。


「なんとか言えよ、このクソ野郎!!」


 叫びながら、一人のドワーフが、棍棒でホフマン・モドリーの脇腹を打っていた。ホフマンは両腕を上げていたから、肋骨が折れた。でも、職人の腕は無事だから、問題はない。


 死ぬほど痛いだけで、肋骨が折れてもヒトは働けるよ。死ぬほど痛いことに耐えるだけでいい。まあ、折れ方次第じゃ危ないこともあるけれど、あのわずかに手加減が残る打撃では大丈夫。死なない。


 だが。


 その攻撃を皮切りにして、怒りは暴力に変貌した。ホフマン・モドリーはブン殴られて、そして反射的にブン殴り返してもいたからな。何ともドワーフの職人らしい。


 ああ、火に油だな。


 でも、それでいい。真の怒りに駆られた暴動寸前のヤツらを、言葉でどうにかするなんてコト、空想以外では起きた試しがない。多く見積もったとしても、万に一つか千に一という程度の確率だ。


 現実的な解決策は暴力だけ。ちょっとは暴れないと、ヒトは冷静になれない、残酷な動物だからね。これでいいのさ。



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