第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その1


 ―――海神ザンテリオンの御遣いは、大いなる聖剣を勇者に託す。


 勇者の名前はパシィ・イバル、北海に臨する村の少年。


 大いなる災いありしとき、ザンテリオンの名の下に。


 騎士を集める使命を背負う、命を賭して大悪を屠る日のために。




 ―――聖剣を託された者は、戦慄する。


 まだそのときは幼くて、心も体も未熟であったから。


 パシィ・イバルは騎士ではなくて、ただの見習い漁師であった。


 体も小さく声も弱い、臆病者で泣き虫である。




 ―――それでも海神の目は正しいのだ、聖剣と共に旅に出た少年は。


 運命に導かれた十人の猛者たちと巡り会い、新たな騎士の道を創る。


 無私なる騎士の道、北天に輝く星に物語りを託すだけの道。


 北天騎士団の開祖、パシィ・イバルは偉大なる勇者となる。




 ―――ザンテリオンの加護のもとに、氷を操る小さな勇者。


 氷剣のパシィ・イバルは、『ベイゼンハウド』の守護者を創った。


 氷剣と共に運命を全うし、彼は海と陸を伝ってくる全ての悪と戦った。


 悲しむなかれ、悔やむことなかれ。




 ―――あらゆる仲間を星に捧げていきながら、それでも戦うことこそが。


 海神ザンテリオンが託した義務、少年は氷剣と共に務めを全うした。


 氷剣は眠る、氷剣は眠る……。


 新たな勇者に、海神が新たな使命と共にそれを授けるその日まで―――。





 ……『ベイゼンハウド』を解放するために、この小さな集落が要の地となるとはな。というか、このホフマン・モドリー邸がか……。


「この屋敷、たしかに大勢が収容出来るな」


「地下も含めると、800人は入るな」


「……デカすぎるぜ。集落のザンテリオン教会もそれなりに大きい。それに、木材があるしな。それに、ロロカ?ここの住民は?」


「はい。この集落の住人たちは、ドワーフ族が多いんです。元々は、モドリーさんの弟子やら従業員やらが多くいるみたいですよ」


「ククク!……そうかい。裏切り者の汚名を背負った者には、何とも居づらい土地だったわけだな、ホフマン・モドリーよ?」


「ああ。みんなワシのことをクソ野郎の裏切り者、守銭奴と呼んだぞ。トマの野郎なんざあ、トンカチの使い方を教えてやった、このワシの屋敷に、石ころ投げ込みやがった!!」


 ……ホフマン・モドリー、ムチャクチャな迫害を受けているな。


 ロロカ先生、ちょっと泣きそうな顔になっているよ。アイリス・パナージュお姉さんは微笑んでいる。性格の違いが出ているな。うちのヨメは慈愛にあふれたタイプの女性で嬉しくなる。


「ま。裏切り者扱いされるってのは、キツいってことだな。だが、それも、もうすぐ終わるぜ。アンタ裏切り者どころか、北天騎士たちの英雄となるんだ。彼らを解放し、この『ベイゼンハウド』から帝国人を追い出した救国の使徒となるのさ」


「……いい言葉だが、イマイチ、想像がつかんな」


「この集落。狭いよな?山間の隘路にあり、丘の上にある……高低差に狭さに、理想的だよ」


「何が言いたい?」


「『要塞』に改築しちまうのは、かなり楽だってことさ。幸いなことに、建材がそのまま大量に放置されている」


「幸いだと?……あれのせいで、ワシの財産とか人生が、グチャグチャになってしまっているというのにかね?」


「脱税うんぬんってのは、アレのせいだと?」


「……あの建築資材は、ドワーフ族が有していい量を超えているんだとよ。それで亜人税ってのをかけられて、それを払いたくないから隠してたら逮捕されて、拷問されて、ワシは裏切り者になっちまったんだ」


「……そうか。だが、ケガの功名ってヤツになれば、悲しい日々にも虚しさ以外が見つかるんじゃないのか?」


「まあ、そうかもな……正直、言っちまうとよ。今さら、ワシの人生なんぞ、どうでもいい。『北天騎士団』の無私の心が分かって来ているぜ。ワシ、あのクソみたいな収容所が壊れてしまえば、他のことはどうでもいいんだ」


「ククク!……まあ、自棄は良くないが、その覚悟にギラつく瞳は好ましい。そういう男こそが、世界をひっくり返すほどの力を生み出すと信じている」


「……世界を変える力かね。たしかに、ヤケクソで無私の力でもなければ、世界なんぞ変えられないような気がするぜ」


「言い得て妙ね。命がけ以上のことをしないと、世界なんて変わっちゃくれない。私は、そんな無茶なことをするヒトを、ハイランド王国で見たわよ?……一つの王国を牛耳る『白虎』を排除するために、とんでもないムチャクチャをした」


「……屍体の山を作っただけさ」


「そう。敵を殺しまくることも、世界を変えるために必要な汚れ仕事。だけど、それだけじゃない。サー・ストラウスには、たくさんの人々を束ねる力はある。それは王道というよりも、きっと、魔王道って力ね」


 凄腕のルード・スパイのお姉さんに褒められたよ。魔王扱いされる。ベリウス陛下を目指すオレには、何とも誇らしい行為だな。


「魔王の道……たしかに、ソルジェさんには相応しい道かもしれません。秩序に反する力を束ねようとしています……それは、王道では達成出来ない道でもある」


 ロロカ先生は現実的で、とても賢いからな。オレたちが成そうとしていることが、『常識的じゃない』と考えることが、ちゃんと出来ている。


 熱狂的な理想主義者じゃない。


 哲学に殉ずれば満足するような、安っぽい女じゃないんだ、オレのヨメは。


 大陸の95%を支配しているようなファリス帝国。そいつと戦い、倒してしまうという発想は、あまりにも非常識だろうよ。


 だからこそ、知恵も策略も力も使うのだ。全てを投じて、ようやく成せる。王道では、この目的を達成することなどは出来ない。


 一つの種族、一つの国家、一つの哲学。


 ……そんな要素に裏打ちされたような王道などでは、間違ってもファリス帝国は倒せない。人間族の数は、とんでもなく多いんだからな……その単調な『正義』は、あらゆるその他を駆逐することが可能だと、この9年間で証明されている。


 ……亜人族は、人間族に淘汰される。


 それがファリス帝国が示した『正義』であり、現実的な傾向だった。


 まるで自然の摂理のように、人間族の『正義』は強く、その他の種族を淘汰している。神や世界に認められているのかもしれない。人間族は栄えて、その他は人間族の栄光のために消費されて消え去れと。


 ……それが歴史の流れのようにさえ見える。それほどまでに、ファリス帝国というのは強く、短期間の内に、この大陸を蹂躙してしまったのだ。


 だから?


 だから、歴史の流れに、この強烈な淘汰圧に逆らうためには……神にも自然の原理にも打ち克つ必要があるのさ。


 この運命めいた滅びの圧力を、覆さなければ、ファリス帝国という『人間族の正義』を砕くことは叶わない。


 摂理めいたほどの絶対的な力を示した『人間族第一主義』という『正義』と戦うには、そもそも手段は一つ―――大陸の歴史上、誰もが成し遂げたことのない強さの軍事同盟が要る。


 オレがすべきことは……。


 魔王がすべきことは……ファリス帝国の『正義』が排除した存在たちの全てを集めることだ。全ての種族の力を束ね、人間族という絶対的な多数を超える力を組織しなくてはならない。


「ソルジェさん。私たちが欲しい『未来』のために、全ての力を求めましょう。世界を変えるほどの力を生み出すためには、『北天騎士団』。この北の勇者たちの力は必要です」


「……そうだな。そのためには、まず……ホフマン・モドリー、アンタにはドワーフ大工たちの頭に戻ってもらうぞ」


「なんだと!?」


「天才のアンタじゃなければ、一夜の内に、この集落を最強の砦に作り変えることなんて出来やしないさ。だから、アンタの力をオレにくれ。この戦いの一つ一つが、世界を変えるためには必要不可欠なことなんだよ」



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