第三話 『燃える北海』 その19
ロロカ先生から報告を受ける。フクロウがオレたちに情報を運んでくれている。ガンダラからの手紙によれば、『ヴァルガロフ』は平和らしい。クラリス陛下が占拠する『アルトーレ』に対しても帝国軍の魔の手が迫っていることはないようだ。
オットー・ノーランからの報告では、帝国軍は森と山と川を使い、ハイランド王国軍から距離を保ち続けているようだ。時間稼ぎと、そして陣地を構築した場所への誘い込みを画策している様子らしい。
そのあからさまな誘いに対して、ハント大佐とエイゼン中佐は進軍のペースを落とした。『十七世呪法大虎』の率いる軍勢が、合流を果たして、4万5000の大軍を形成している。
敵は傭兵も合流して、今のところは3万弱……騎兵の運用しにくい守りに適した土地だ。『虎』の得意な条件での戦いになる。勝利は確実だが、どれぐらいの兵力を失ってしまうのかが懸念されるな。
……帝国軍の背後で必死に工作しているオレたちの活躍も、ハント大佐にアテにされていそうではある状況だよ。
主導権を握っているのは、どちらとも言えない。攻めたくて進みたいハイランド王国軍に対して、守りたくて後退してもいい帝国軍……両者の思惑は噛み合っているからな。北海の軍港を奪うためのこの戦ではあるが、今は両軍の衝突まで猶予がありそうだ―――。
「―――あちらの戦の方は、我々が心配しなくても良さそうです。ハント大佐やエイゼン中佐、それに『呪法大虎』さまも協調しておられる様子」
「『ヒューバード』で一戦、戦っているからな。全員が健康ってわけでもない。即・衝突しようって気持ちも失せているのかもしれん」
「はい。補給線も伸びていますからね……それを守りながらの進軍となる。慎重に行くべきです。伸びきった補給線を断たれれば、大軍の方が疲弊は早い……うちのユニコーン隊も、ゼロニアの警備もしなくてはなりませんから、回せる数が限られています」
「戦場が、広くなりすぎて……物資の補給が難しくなっているわけですね、ロロカ姉さま?」
「そうよ。帝国は私たちをストレッチさせている―――伸展させて、兵力の密度を失わせようとしているの。領土の広さと兵力の多さを使って、少数精鋭の『自由同盟』を分散させてしまおうとしている」
そうなのさ、事実、『ヒューバード』とゼロニア東端に、ハイランド王国軍は兵力を置いて来た。せっかく奪った敵地を、奪い返されないようにするために。
おかげで6万の兵力は、4万5000に減らされている。この広い大陸を走り回されることで、『自由同盟』は兵力の差を見せつけられてもいるんだ。『自由同盟』の総兵力が二倍いたら……帝国の首都までとっくに攻め込んでいるかもしれない。
「敵地に攻め込むというのは、難しいものなのですね、ロロカ姉さま」
「ええ。守る方が戦は楽です。遠くに軍隊が進むほど、本国からの補給は困難となりますから。我々は……大きな目線で言えば、帝国の軍略にある程度は乗っています。乗るしかないのですが……」
「帝国の兵力が回復するのを待っていれば、蹴散らされるのはこちらだからな。侵略師団を三つも潰している今が、攻め込む唯一のチャンスだ。ハイランド王国軍は、『自由同盟』の切り札。可能な限り、敵兵を殺してもらわないと困る」
「うむ。そのための援護か……とにかく、ハイランド王国軍の本隊から離れている私たちに出来ることは、北天騎士たちの救出だけだな!」
「そういうことです」
「それで、ソルジェ。どんな策を混ぜるのだ?」
「……敵サンに対して、陽動を仕掛ける」
「どこを偽攻撃するの?」
オレの膝の上にいるミアは、頭のてっぺんをオレのアゴに当てながら質問する。賢い子だよ。陽動とは何たるかを、偽攻撃という言葉で表現してくれた。戦術の理解力が上がっているようだな!
「……敵サンもアホじゃないからな。ジグムントと協調する元・北天騎士が出現したことで警戒を固める。それは二つある。一つは、北天騎士たちが閉じ込められている……?」
「『メーガル第一収容所』!!」
「正解だ。そして、もう一つあるな……?」
「……ん?……え、えーと……?」
ミアは指を口元に当ててシンキング・タイムに突入する。猫耳さんがピコピコ動いて癒やされちまうぜ。可愛いし、シスコンだから、お兄ちゃんはミアにいつだって助け船を出すんだよ。
「ヒントは暗殺するなら誰を狙うってことだな」
「偉いヒト!」
暗殺者としての才能を磨いた、ミア・マルー・ストラウスは暗殺すべきターゲットの選び方をよく分かっていた。そうだ。価値のある人物を殺すべきだ。一兵士を殺しても影響は少ないのだからな。
「……じゃあ、そっか!議会と、帝国軍の親玉がいる『ノブレズ』だね!」
「そうだよ、オレのミア。ジグムントの攻撃は、たった数名による奇襲と暗殺計画だったと認識されているはずだ」
「……『反乱軍』って呼ぶには、少なすぎるわけか。四人しかいなかったもんなぁ……姿を見られたのは、オレとストラウス殿と、花売りに化けたリエルちゃんだけか」
レイチェルは完全に見つからなかったからな。数えられてはいないはず。
「ああ。裏切り者が出てはいるが、『ガロアス』の元・北天騎士たちは捕らえらた。取り調べには時間がかかるだろうけど……ジグムントの仲間が大勢でないということは、バシオンも分かっている」
「少数での攻撃―――つまり、暗殺くらいしか、脅威でないと考えらていますのね?」
レイチェル・ミルラの勘は優れている。賢さもあるが、彼女の場合は感性で戦況を捉える天才肌なのさ。知識や経験を超えて、状況を把握することが出来るんだから、スゴいことだ。時たま外れるが、今回は正しい。
「少人数しかいないのならば、暗殺攻撃がやっとだ。幸いなことに、ジグムントは『メーガル』の収容所を襲撃して失敗している」
「……屈辱の歴史だがなぁ」
「いや、結果的には、本当にいいことだぜ。そのおかげで、『メーガル』を攻撃するとは思われにくくなるんだからな」
「そうですわね。最近攻めて失敗したトコロを、再び襲うなんて。ムダそうですものね!私ならば、そんなことしませんわ」
「……なるほど。だからこそ、オレに『ノブレズ』を襲撃されるとヤツらは思うわけか」
「そういうことだよ。暗殺を計画する……誰を狙うかな?」
「ミアなら、セルゲイ・バシオンか、帝国軍の親玉か、議員とか狙う!」
「ククク。さすが、オレの妹だ」
魔王の妹である暗殺妖精を、オレはアゴでぐりぐりするんだ。ミアは、えへへ!と笑いながら頭をぐりぐりして反撃してくれる。幸せな兄妹コミュニケーションさ。
「そうだ。ヤツらは、ジグムントが政治的な中枢を攻撃するんじゃないかと考える。少数勢力で、やれる戦いは、そういう暗殺攻撃だけだからな」
「……たしかに。オレも、考えていたぜ、そういう暗殺は……政治力を排除すれば、昔に戻れるような気がしていたしなぁ……」
現実はそう上手くは回らないだろうがな。テロリスト扱いされるかもしれん。戦場の英雄とテロリストは同じ存在。敵か味方で呼び名が変わるだけ。どちらも大物を殺しただけの殺人者さ。
だが、政治的な主導権を握っているこの土地では、ジグムントは英雄ではなくテロリストにされるかもしれない。人間族と亜人種族の対立をかき立てる力学として使われるだけかもしれない。
だから、ジグムントはそれをしなかった。今まではな……。
「……議員は、まがいなりにも民草の代表。それをジグムントが暗殺するとはヤツらも考えないだろうが、帝国軍人の親玉級やら帝国からの外交官なんぞは、いい標的だし、北天騎士の正義にも反しない。そいつらは、皆……この『ノブレズ』にいる」
羊皮紙に描かれた地図を、オレの武骨な指がトントンと叩く。ミアもマネして、小さな指でトントンしてくれるよ。ああ、妹成分をチャージしているね。
「……だからこそ、『ノブレズ』を攻撃すれば?」
「……ふむ。『本命』の攻撃が始まったと考えるわけだな?」
「ああ。そうなるはずだ。よほど勘のいい敵サンがいると読まれるかもしれないが、読まれたとしても対応するしかない。事実は、予測よりも重みがあるからな」
「ならば、誰かを派遣するのか?」
「夕闇の訪れと共に、ゼファーで攻撃を仕掛ける。火球を一発、『岸壁城』に撃ち込むことになるな」
「……そうか。それだけで、十分なわけか。陽動だもんなぁ」
「だから、ジグムント。決めてくれ」
オレはそう言いながらピアノの旦那が描いてくれたスケッチを差し出す。『岸壁城』のスケッチさ。
「アンタなら、どこを攻撃する?……ここにいたことのあるアンタなら、どこを爆破したいんだ?」
「……オレの攻撃に、見せかけるか」
「そうだ。その方が、アンタの関与を疑わせていい。敵の予想に、現実を沿わせて行くのさ」
「……怖いコト考える男だぜ。ストラウス殿」
「怖くなければ、戦士としては二流だからな」
「……たしかに。じゃあ、ここだ。オレならば、ここを爆破する!」
ジグムントの指が、ピアノの旦那が描いた、上空から見た『岸壁城』の一部を指差していた。『岸壁城』の城塞に囲まれた、中庭のような場所。そこに、一つの小屋があるな……。
「……ここには、樽に詰められた火薬が保管されている。昔は、ここから海賊船目掛けて『岸壁城』の上からカタパルトでブン投げていたんだ」
「ほう。そいつは派手なことになりそうでいいな!」
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