第三話 『燃える北海』 その20


 作戦も決まった。後は夜に備えて眠るだけだ。可能な限り、休息して体力を回復させなければならん。


 ベッドに入ると、すぐに寝てしまうんだよ。頭を使うと、すぐに眠れてしまうアホみたいな体質だからね、ミーティングの直後に寝るのは得意だった……ふかふかのベッドとマクラに体を埋めて眠ったよ。


 三時間ほど眠って、リエルに起こされる。夕方の4時になろうとしていた。いい頃合いだな。あまり寝過ぎると、返って体に疲れが出てしまうことがある。2から3時間がオレには合っているんだ。


 早めの晩飯に備えるのさ。


 移動も開始しなければならん。あまり遅い時間帯になると、『アルニム』の城塞を脱出しにくくなるからな……。


 今晩のメニューは、アイリス・パナージュお姉さん特製の、海鮮パスタ『ペスカトーレ』と、ちょっと豪華なロブスターグラタンさ。


「……豪華に行くわよ?……今夜の『音楽酒場スタンチク』は臨時休業デーだから、豪華な材料も余っているんだからね!」


 作戦に備えて鋭気を養うために、という理由ではないのが笑いを誘ってくれるじゃないか。


 アイリス・パナージュお姉さんらしくて、いいよ。ああ、彼女が笑えるってコトじゃない。リスペクトしているよ、この平常心。スパイとしても、戦士としても、偉大なる人物ってことだ。


 ああ。グラタンのホワイトソースの焼けた香りがたまらないな。テーブルについたオレたちを、その香りが歓迎してくれているよ。


 ロブスターを一尾丸ごと使った、豪華な品だった!


「うわーい!大きなエビさんが、グラタンの海から顔と尻尾を出しているよう!」


 エビ好きのミアは、大喜びだな。


「ホントね。大きなロブスターだわ!」


「……ここらの海には、ロブスターがそれなりにいるんだよ。名産なのさ」


「そうなんですね、伯父上!」


「ああ。お前も、ロブスターが好きなのか?」


「はい!……お前も?」


「……いいや。何でもない。オレも好きだから、ちょっとな」


 ジグムントはそう言いながら、中年の顔にやさしい微笑みを浮かべていたよ。カーリーは首を傾げているが、その小さなホッペタに、ミアのホッペタが合体してくる!


「うわあ!?な、何するのよ、ミア……っ?」


「見て。見て!見て!!エビを見て!!グラタンの海から、今にも跳び上がって来そうだよねえ!!」


「そ、そうね……とても美味しそう」


「だよね!!」


 いつにも増して、ミアのグルメに対する愛は強まっているようだ。カニも好きだが、エビも好き。ミアはそういうタイプのグルメな猫舌なのである。


 まあ、このロブスターグラタンを見ると、はしゃぐ気持ちもよく分かるぜ。マカロニとロブスターの身に、マッシュルームに玉ねぎだ。海のモノにキノコに野菜……牛乳とチーズに小麦粉も入っているから、ほんと色々な場所から集まった素材が一つになっている。


 こんがりと狐色に焼き上げられたチーズに、赤いロブスターの頭と尻尾。ああ、見た目までワクワクさせる。遊び心が料理に現れているよな。プロフェッショナルは違う。オレの料理は、味とか風味は目指すが、こういう見た目の楽しさが足りていないかもしれない。


 ……師匠と呼びたくなるぜ、アイリス・パナージュお姉さん。凄腕スパイであるだけでなく、料理人としてもオレの上を行くんだ。


「も、もうエビとホワイトソースの誘惑に、ミアはガマン出来ないもん!!いただきます!!」


「わらわも食べる!!いただきまーす!!」


「ええ。熱いから、気をつけなさいね?」


「はーい!」


「はーい!」


 ミアとカーリーの右腕が、挙手しつつも……その指にはしっかりとスプーンを絡めていたよ。準備万端だな。二人は、動作をシンクロさせながら、ロブスターグラタンにスプーンを突き刺していた。


 美味しい湯気が立ち上り、ニコニコしている少女たちの顔を温める。ちょっと熱いぐらいだが、ロブスターの身と焦げたチーズとホワイトソースから立ち上る湯気を顔に当てるなんて、最高の瞬間だよな。


 スプーンにすくわれた、グラタンを二人はフーフーしながら口に入れた。美味しいってのが、分かる。伝わってくるよ、少女たちの笑顔は爆発していたからね。


「もぐもぐ!……あちち、でも、ウルトラに美味しい……っ!!」


「もぐもぐ!……ほ、ほんと、ちょっと熱いけれど、ロブスターの身と、マカロニが……っ。ボリューム感たっぷりで、本当に美味しい……っ!!」


「あはは。気に入ってもらったなら、『お姉さん』は嬉しいわ」


 ……おばさんとかおばちゃんとか、言われくないんだっろうな。お姉さん、と言い切った部分には力が強く込められていたよ。


 オレたちオトナ組も、グラタンにスプーンを突き刺した。オレの口には玉ねぎとロブスターの身が入ってた。チーズと合うんだよなあ、どっちも。ロブスターの身が、歯ごたえ良くて最高に美味い。グラタンに間違いはないが、ロブスターってのが豪快でいい。


 そして。


 ペスカトーレもカッコいい。見た目がいいんだよなあ。


 白身魚に小さなエビ、ムール貝とアサリ、小さなトマトたち!……フライパンでそういう具材にニンニクをまぶして、オリーブオイルで炒めながら、白ワインを使う!!堅めのパスタをそこに入れ、知るを吸わせて茹で上げる。塩で味を調えて、はい出来上がり!!


 ……っていう、簡単なレシピのハズなのに、何とも美味しそうでたまらない。それに、もう一度言うけど、カッコいいんだよな。


 配置がいい。さすがプロだ。ムール貝どもが皿の周囲に並んでいやがる。


 食べにくい?そうかもしれんが、見た目がカッコいい。その中に盛りだくさんの具と絡んだパスタかよ!……ああ、いいねえ。


 グラタンを食べながら、ついでにこっちもいただくのさ。こっちはスプーンさんじゃなくて、フォークさんの出番だ。銀色に輝くフォークで、具と煮汁の絡んだパスタをくるりと巻いて口に運ぶ!


 ああ、海鮮の味が活きているよ。海を感じるな。焼けたトマトの酸味と、アサリの味がいい。白ワインで作られた汁を吸った白身魚の身も美味い。ああ、深みのある味だな。


「美味しい、サー・ストラウス?」


「とっても美味しいよ。レシピは分かる。分かるけど、再現するのは難しそう」


「シンプルな料理は、数作ってナンボだもんね。料理屋を開かない限り、この絶妙な味は出しにくいかもしれないわね」


「……コツはあるのか?」


「全てにね。でも、シロウトさんにオススメなのは、貝をたくさん使いましょうってことかしら?ダシが出て、深みが出るわ。貝ってちょっと苦味もあるけれど、トマトの酸味と合うのよ」


「難しそうだな」


「シンプルなところに奥義があるの。エビは頭ごとつけて炒めるのよ。加工するほどに、素材の味は落ちちゃう。頭は後から外せばいいし、食べなきゃそれでいいだもんね」


「エビのダシも、オリーブオイルに絡めて逃さないか」


「背中に包丁で切れ目を入れる。ワタを抜いたところから、エビの肉と殻から旨味が出て来るのよ?……貝の苦味とコクで、味に深みを。エビで旨味を、トマトは酸味と、白ワインと協力して風味と爽やかさをもたらすイメージにするの」


「そして、白身魚とパスタは甘味担当か。色々と深い味になるってわけだな……」


 もぐもぐと絶品のペスカトーレを食べながら、オレは感動していたよ。アイリス・パナージュお姉さんの料理の歴史の深さにな。伊達に三十路も半ばを過ぎちゃいないぜ。


「お兄ちゃん、このパスタも美味しい!!覚えて!!」


「……あ、ああ。がんばってみるけど、これ、修行がいるから、時間はかかるぜ?」


「待ってる!!」


 ああ。妹に待ってると言われたら、料理が趣味なシスコンのお兄ちゃんとしては、努力するしかないじゃないか。がんばろう!!


 料理でメシが食える本物の職人の味を舌で楽しみつつ、料理の道の深さを見せつけられた、それに圧倒も感じつつ……オレは、この美味しい晩飯で胃袋を一杯にしたよ。


 さてと。


 これを食べたら、出かけるとしよう。まずはオレとゼファーだけで、ちょっくら『ノブレズ』を攻撃してくるのさ。他の皆は……そうだな、怪しまれないようにバラバラに出発して、ホフマン・モドリーの屋敷に行っていてもらうことにしよう。


 彼も仕事を終えているだろう。今回は様子見だし、陽動の攻撃に過ぎないが、やがて『岸壁城』も攻め落とす。『岸壁城』の図面も、完成してもらえているはずだ……。


 オレはホワイトソースが絡まったロブスターの肉を食べながら、戦いに思いを馳せて。ストラウス一族伝統の、強い犬歯をギラリと光らせるのさ。



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