第三話 『燃える北海』 その18


 あの白い竜が『ゴルゴホ』たちの呪いに呼び出された可能性もあるか。竜を完全に呼ぶことまでは難しいかもしれない。だが、氷の大陸から引き寄せることは可能なのか?……分からない。


 そうかもしれないが、それをして何になるというのか?……いるかいないかも分からない存在に、この四ヶ月を捧げるというよりは―――カーリーの予想する『古霊』。そういうモノを呼び出そうとしていると考えた方が合理的ではあるが……。


 二ヶ月前のルード会戦を経て、『古霊』から竜に『召喚』の対象を変えてしまったという可能性もある…………竜を研究しようとした。あるいは、ゼファーをオレから奪うための作戦を練ろうとした……もしくは……姉貴も、帝国人だからな。


「……赤毛?」


「……ん。すまないな。黙り込んでしまった。問題はない」


「そう?」


「ああ。『メーガル』の収容所に併設されている『ジャスマン病院』。そこでは、『何』かを召喚する呪いがあるということだな」


「うん。そうだと思うわ。それ以外は、分からない。わらわから出来る報告は、これぐらいね」


「……何らかの軍事的な策略が練られているようですね。十分に注意しましょう。襲撃に際して最大のリスクとなるとすれば……そこに脅威的な戦力が召喚されるということですね。竜であれ『古霊』であれ、我々の脅威となるかもしれません」


 ロロカ先生はそう語る。たしかにな。土壇場で竜に襲撃されたら?……どんな状況に陥るか分からない。あの白い竜は、ヒトのことをエサぐらいにしか思っていない可能性も高いからな……。


 敵味方の区別なく、殺戮のための劫火を吐いてくるかもしれん。


「……そのときは、オレとゼファーで対応する」


「はい。ですが、そうならぬようにするのが肝要ですね」


「つまり、呪いの現場を叩いておくってことね!」


「呪いを発動させなければ、竜も『古霊』も来ないってわけか。そいつは……ああ、作戦としては最高だ」


 後ろ髪が引かれる思いってのもある。なにせ、竜を呼び出せる呪いを自分たちの手で消しちまうというのだから。


 あの白い竜は、そうなったとき……どうなるのかな?もしも、ゼファーやアーレスの気配に惹かれたんじゃなくて、その呪いとやらに誘導されていただけなら……?氷の大陸に戻っていくかもしれないじゃないか……。


 そうなると。


 探すのに骨が折れるのは確かだ。


「……指揮官はソルジェさんです。どんな選択を望むのかも、ソルジェさん次第です」


 ……ロロカ先生に気を使わせてしまっているな。それは良くないことだった。


「ロロカ。決まっているよ。呪いを潰そう。虜囚となっている北天騎士たちは、疲弊しているんだ。もしも、竜に上空から襲われてしまえば、どうにもならない」


「……分かりました。その方針で作戦をデザインしていきますね」


「そうしてくれると助かる。最優先すべきは、北天騎士の解放だ。『ベイゼンハウド』から帝国軍を追い出すための力を組み上げる。そうすれば、ハイランド王国軍と対峙している帝国軍に混乱をもたらすことも出来るからな」


 セルゲイ・バシオンは北天騎士たちを拘束させていた。バシオンと北天騎士の対立は深刻化している。バシオンは、ハイランドと戦う予定の帝国軍に対して、連絡を送るはずだ。北天騎士の反乱に注意せよと。


 今の時点でも、元・北天騎士の帝国兵士に対しての警戒は深まるだろうが……まだまだ揺さぶってやるべきだな。


「……それじゃあ!次は、ミアが報告するね!」


「『ノブレズ』の『岸壁城』か」


「そうだよ。『ノブレズ』は大きな港だったの!広くて、『ベイゼンハウド』の中では一番に大きいかもしれない町!……そこに、『岸壁城』はあるんだ。敵サンが一杯!天然モノの大きな岩盤をくり抜いて作ったみたい。東からの海賊に備えていたんだって。はい!」


 オレの膝に乗っているミアが、テーブルの上にそのスケッチを広げる。木炭で紙に書いたモノだった。なんとも、精密に描かれているな……。


「ピアノのおっちゃんが描いたんだよ!」


「……なるほど。たしかに岩壁をそのものを改造して、砦にしたのか。まさに『岸壁城』だな」


「オレたち『北天騎士団』の大きな拠点の一つでもあった。海賊との戦いや、海から流れつく怪物なんかとの戦いでは、重要な拠点だぜ」


「攻略方法は思いつくか?」


「……海からは行かない方がいいな。海からの攻撃で、オレたちが苦戦した歴史はないからな。オレたちじゃなくても、帝国兵があそこを使うことでも、同じような性能を発揮する。ヤツらは、オレたちとの戦い方を肌で覚えているからなぁ」


「……ここの指揮官は?」


「本来なら、ザード少将という男だ。しかし、ヤツは帝国軍の主力を率いて出陣しているはずだ。帝国から派遣された名も無き軍人だろう…………あるいは、有事の際にはセルゲイ・バシオンが選ばれるのかもしれない。ヤツは、『岸壁城』攻略のため、四度も攻めて来やがった」


「敵の中では、誰よりも『岸壁城』の使い方を知っているわけだ」


「そうだ。ザード少将って男は、合理的な人物なのさ。有効に活用出来る者にこそ、『岸壁城』を任せようとするだろう……」


 ジグムントがセルゲイ・バシオンを逃したことを悔やんだ理由の一つか。作戦だったとは言え、ヤツはたしかに美味しい獲物だった。ワザと逃すには、大きすぎる獲物……腕の一本でも斬り落としておければ幸いだったか。


「……『ノブレズ』には5000の兵力がありますし、『ベイゼンハウド』の議会もこの町にあります。セルゲイ・バシオンは『ノブレズ』に向かっているかもしれません」


「この『アルニム』に来る可能性は?……海上戦力は、微々たるものではあるが、ここに集まっている」


「……そこは、ピアノさんの偵察を待ちたいところですね……ああ。丁度いいタイミングのようです」


 『音楽酒場スタンチク』の玄関のドアが開き、あの細身の巨人族が仕入れたばかりの魚介と共に戻って来てくれた。大きなエビもあることに、ミアは喜んでいた。


「やったー!エビがある!晩ご飯が楽しみだー!」


「……ピアノの旦那。敵の動きはどうだ?……『ガロアス』での反乱については、ここの帝国兵にも伝わっているだろ」


 ピアノの旦那は大きくうなずいた。そして、ゆっくりとオレに近づいてくると、その大きな手を差し出す。


 握手かな?……いや。そうじゃなかった。彼の大きな手の内側には、メモがある。それを受け取ったオレは、声に出して読むことにした―――。


「―――えーと。『バシオンは200の部下と共に、『ノブレズ』に。『アルニム』の戦力の3割は『ガロアス』に移動、元・北天騎士たちの兵士らを拘束する』……バシオンは、議会を動かすつもりか」


 巨人族のルード・スパイの頭が縦に動いていた。その動きを確認して、ロロカ先生が語り始める。


「帝国軍も、その傀儡の『ベイゼンハウド』の議会にも働きかけて、ジークハルト・ギーオルガたちのような、元・北天騎士でありながら帝国兵士になった者を拘束しようとするかもしれませんね」


「ギーオルガは、そういう政治的な圧力をはね除ける力があるか?」


 かつての師匠であるジグムントは、否定的な動きを首にさせていた。


「……ヤツはそれほど器用な男ではない。身の潔白を示すために議会に赴くか……あるいは、自分を裏切ったアレンを探し出して、処刑することで自分の正しさを証明しようとするかもしれない。後者だな。オレの首を取ることも、反乱分子もその手で処分したがる」


「……ならば、ギーオルガが仕切っているという、『メーガル』の収容所から外に出るかもしれないな……」


「はい。自分の地元でもある『ガロアス』で起きた事件。彼は『ガロアス』に行って、状況を把握しようとするかもしれない。拘束されている元・北天騎士たちから事情も聴取したいでしょうから」


「……直接対決の機会が消えるってのは、かなり残念じゃあるが、作戦の成功率は上昇するからな」


「だよね!強いヤツ、ヨソに行ったのなら、『メーガル』の収容所を攻める大チャンスだもん!」


「そうです。ギーオルガとの戦いは避けられないような気がしますが、収容所から解放された北天騎士たちが武装を完了し、反乱の準備を終えるまでは、戦うべきではないでしょうからね」


「……北天騎士たちの解放を最優先する。それが、オレたちの今夜の方針だ。そのためにも、まだ色々と仕掛けるぞ」



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