第三話 『燃える北海』 その17


「お帰りなさい、ソルジェさん」


 ロロカ先生の歓迎を受けたよ。彼女は酒場のテーブルの上に地図を広げて、作戦を練り上げているようだった。近くのソファーにはミアとカーリーが眠っていたが、我々の帰還に気がつくと、ぱちりと大きな瞳を開けていた。


「あー。お兄ちゃんだ!お帰りー!」


「伯父上!お帰りなさい!」


 少女たちがパタパタと慌ただしく走り、こちらに駆け寄ってくる。オレはミアを抱き上げて、ジグムントは目の前にやって来たカーリーの頭を撫でている。


「……無事で何よりだ」


「……は、はい!任務、果たして参りましたっ!」


 水色のリボンが巻かれたカーリー・ヴァシュヌの金色の尻尾は、何とも心地よさそうに揺れていたよ。


「……ロロカ、状況は?」


「全員が無事に戻っています。食事も食べて、皆が休憩に入っているところです」


「そうか!さすがだな。みんな、仕事が早い」


「ゼファーもお昼寝中。森で大きなイノシシさんがいたからね、それを仕留めて食べてるよ!」


「しっかりと休まなければな。今夜は、忙しく働いてもらうことになる」


 ……あの白い竜のことは、心をつなげて伝えている。今回の仕事が終われば、探しに行くぞということもな。ゼファーは、そのときにも備えて素直に眠っているのさ。体調を整えておかねばならない。竜と戦うことになるかもしれないと、本能が悟らせている。


「……とにかく、情報を共有しよう」


「はい。ソルジェさん、こちらにどうぞ」


 皆でテーブルに座る。アイリスとピアノの旦那の姿が見えなかった。アイリスは夜に備えて昼寝中らしく、ピアノの旦那は情報収集を行っているようだ。ルード・スパイたちが作り上げている秘密の情報網があるのさ。


 おそらくは海路でも陸路でも、商人に化けた人物が……あるいは商人も兼任しているスパイがピアノの旦那と接触しているんじゃないだろうか?


 とりあえずはオレたちだけで情報を共有するとしよう。アイリスには後でもいい。オレたちが彼女に報告することが出来る、予想外の情報なんてのは、あの白い竜との遭遇だけだからな……。


「……ミアたちの偵察で、ホフマン・モドリー氏から託された図面の信憑性は高まりました。完全に一致しているようです。内部の改築が行われていたとしても、おそらくは小規模なものでしょう」


「あの地図を信じても良さそうだったことだな」


「ええ。侵入経路は作ってあります」


「……囚われている者たちの健康状態は?」


「痩せてる!……元気ってほどじゃないけれど、鉱山掘りをさせられているぐらいだから体力は十分そう」


「それで、拘束は?」


「『魔銀の首かせ』はされてないよ。その変わり、脚に重りをくくりつけられているの」


「……なるほど。武器が必要そうだな……ロロカ、『あれ』はどうなっている?」


「大丈夫です。武器の手はずは整っていますよ。ゼファーであれば、彼らに武器を届けることは可能です」


「……なるほど。それならば良かった。これで囚われている北天騎士たちを解放すれば、問題はないということだな……」


「それでは、細かな説明をしていきますね」


「頼む」


「まずは、キュレネイからの報告です。ルード・スパイのお二人は無事。体調も良好のようですね」


 エド・クレイトンとルーベット・コランは無事か……つまり―――。


「―――『隠し砦』の敵は、ソルジェさんたちの工作を信じているようです。帝国のスパイたちも、まだ異常に気づいていない可能性もあります。楽観的になることは忌避すべきことですが……彼らも人手不足のようですからね」


「そうらしい。そのうえ、また一人、特殊な戦士を失ったばかりだからな。『熊神の落胤』、アイゼン・ローマンを」


「はい。彼らの戦力は大きく下がっているでしょう。アイリスさんの願いでもありますけれど、可能であれば接触し、もう何人か実行部隊を排除しておきたいとのことです」


「ふむ。敵のスパイどもを駆逐するのですね、ロロカ姉さま?」


「そういうことです。彼らは、戦闘能力以上に厄介です……こういう言い方をすべきなのかは迷いがありますが……私たちと似ているような存在です」


「『熊男』に『蟲使い』……特殊な能力を持っている敵たちだしな……似ているという評価は、多分、正しいぜ」


「……ベルーゼ室長という人物が、帝国社会の影に埋もれている特殊な人材たちを選りすぐって組織しているのかもしれません」


 ベルーゼ室長。『熊神の烙印』に『蟲使い』……そのどちらからも尊敬されている人物。彼らのリーダーか、少なくとも直接的な上司ということだろう。


 彼らを統べる男か。


 その戦闘能力は、はたしてどれほどのモノなのか……想像もつかない。戦士としては是非とも会ってみたい人物だよ。可能であれば、早い段階で仕留めておきたいところだな。


「……さて。ミアたちは『メーガル』で色々と情報を入手してくれています。その一つに『呪術の痕跡』があります」


「呪術?……『ゴルゴホ』たちの仕業か?」


「おそらく関わっているコトだと考えられます。カーリーちゃんから、説明が出来ますか?」


「う、うん!もちろんよ、ロロカ!」


「では、呪術の専門家として説明をお願いいたします」


「うん!」


 専門家、プロフェッショナル。その言葉と扱いに、幼いカーリーは充足感を得られるようだな。子供らしくもある。一人前の扱いに、強い憧れを抱いているのさ。


 ……まあ。ここにいる誰よりも呪術に対しての教育を受けてもいるわけだ。ミアやジャンにも授業してくれのだろうか?……とにかく、今は彼女の言葉に耳を貸そう。


「いい?赤毛?」


「頼むよ」


「えへへ!……『メーガル』の収容所の一部、ピアノのおじさんが言うには、『ジャスマン病院』と呼ばれる場所ね。そこは病院ってコトだけど、とてもおかしいの」


「とてもおかしい?」


「そうよ。とても大きな呪術の反応がある。私の背中の紋章も反応していたし、ジャンの鼻も怪しいと言っていたわ」


「ジャンの『呪い追い/トラッカー』か」


「ええ。呪いを追う方法のコツは、ミアとジャンにも教えた。ミアはピンと来なかったみたいだけど、それはフツーね。紋章があるヒト用の基礎だから。ジャンは、それなりには理解が出来たみたい。少しは精度が上がったんじゃない?」


「……呪い。分かんない……っ」


 ミアがオレの膝の上でそんな感想を述べる。まあ、分からなくても、耳で聞いておくだけでも糧にはなるだろうよ。知識というのは、多く集めることが肝要だからな。どんな形で、どう役に立つのか、分からないからな。


 オレはミアのがんばった頭を撫でてやる。黒髪のなかから生えた猫耳さんがピクピク心地よさそうに動いていた。


「……とにかく。私とジャンが、呪いがそこにありそうだと一致したの。二つの系統で呪いが追跡出来るのだから、『ジャスマン病院』には何かしらの呪いがあると判断したわ」


「……どういう呪いなのかまでは、分からないのか?」


「断言は出来ないってだけで、方向性は分からなくもないわ」


「さすがだな。どういうモノだ?」


「不明確な答えになるけれど……『召喚』の呪術だと思う」


「……『召喚』。つまり、何かを呼び寄せた?」


「そういうことね。『何』なのかまでは、分からないし、『何処』から呼ぼうとしたのかもわからない。この土地に古くから存在する、『古霊』の可能性もあるわ……」


「『古霊』ってのは、どういうものだ?」


「『ベイゼンハウド』の森には、アンデッドがいる。そのアンデッドの親玉のような存在を呼ぶのよ。そういうコトだって、土地の伝承から存在を見つけ出せていれば、呼べる。死者の数が足りないのは……たとえば、そのアンデッドの『器』にしているからかも?」


 『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』の『親玉』を、虜囚としている北天騎士たちの死体で再現する……そういうコトなのかもしれない。あるいは……『召喚』か。


「……氷の大陸から、竜を呼び寄せることは出来るか?」


「え?」


「……『ガロアス』で、竜と出逢った」


「ホント?お兄ちゃん?」


「ああ。残念だが、ろくにハナシもしてくれず、逃げてしまったが……カーリー?竜を呼ぶことは、出来るかな、その呪いで?」


「……分からない。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。どちらとも言いがたいわ。わらわにだって、直接見ないと分からない。でも、可能性はあるわよ」


「……分かった。ありがとうな、カーリー、参考になった」



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