第三話 『燃える北海』 その12
「ここは死守しろ!!絶対に、ここから後ろに通すんじゃないぞ!!」
「どうにかして時間を稼げ!!」
「仲間が駆けつけて来るまで、閣下をお守りするのだ!!」
……やはり、目的の人物はここにいるようだな。殺すつもりはないが、大将首。せめてお目にかかっておきたいところではあるな。
港ではリエルが敵を射殺し続けている。『雷』の感電する『エンチャント』と、『炎』の爆発する『エンチャント』を帯びた矢を用いて、敵が近づかないようにしているが……手持ちの矢も無限ではない。
やがてはリエルも囲まれてしまう。そうなるとタイムリミットだ。もちろん、逃げ道はあるぜ。『人魚』は漁船の一つを密かに回収している。港の先端に向けて、移動中なんだよ。アレがリエルの逃げ道だ。
作戦は完成しつつある。元・北天騎士の反乱を目の当たりにして、セルゲイ・バシオンははらわたが煮えくり返っているだろうな。
じゃあ、もっと不機嫌にしてやるとしようか。
オレは雑嚢から瓶を取り出した。油がたっぷりと入っているものさ。そいつの口を開けると、通路を封鎖して密集する兵士の群れに目掛けてブン投げる!
兵士の一人が反応し、サーベルでその瓶を叩き落とすが、別に問題はない、割れて砕けたヒマワリ油が、密集する兵士たちにかかってしまう。
「くそ!?」
「なんだ!?」
「油?」
「正解だ」
そして、これがオレの得意魔術。『ファイヤー・ボール』だよ。
「まさか!?」
「やめろ!?」
「やめるかよ」
サディストの笑みを浮かべながら、オレの左手は火球を放っていた。それらは兵士たちに足下を焼き払い、『炎』に炙られた油に着火する。
油はよく燃えるものだが、これも良く燃えた。兵士たちは足下で起きた火災を消し止めようと必死になる。自分たちも船も燃えてしまうからな。この老朽化が懸念される古い軍船は、よく燃えるだろうよ。
だが。足下の火に慌てている場合じゃないぜ?……ストラウスの剣鬼も、『北天騎士団』の剣聖も、正面突破が大好きな北方野蛮人の騎士なんだよ!!
炎にもまれて混乱する敵の群れに対して、オレは力尽くで突撃していく。『剛の太刀』を使い、敵兵を一人斬り伏せて、返す刀を敵に放つ!!
鋼が衝突する。敵が、受け止めたのさ。悪くない腕。長の警備につくには相応しい連中だな。しかし、止まらないさ。ギリギリと敵兵を押し潰すように体を浴びせていく。狭い船内に、ぎゅうぎゅう詰めとなっている敵の群れを、オレは力で押し込んでいく。
「……か、火事の最中に突撃してくるかよ!?」
「ああ。お前らの消火活動のおかげて、鎮火寸前だしなッ!!」
「この、人数差で、押し勝てると思うなよッ!!北方野蛮人があああッ!!」
オレと鍔迫り合いをしている男の背中を、敵兵どもの手や肩が押し込んでくる。狭い場所だ。100キロ超えの本格派のファイターどもの多勢を相手では、オレとて勢いを失えば押し負けるのは当然だな。
でも。オレも一人ではないのだ。押し負けそうな背中に、その低い声が当たったよ。
「……見事な突撃だ」
「ああ、アンタの番だぜ、ジグムント・ラーズウェル!!」
「な、なに!!」
「北天騎士の剣聖が来るぞおおおおおおッッ!!」
オレの突撃が押し開いたスペースを使い、ジグムント・ラーズウェルが飛び込んで来る。
フーレン族ゆえのしなやかさで宙を舞いながら、オレと押し合う何人かの頭上を飛び抜けていた。彼はその筋肉質で重たい体を使い、オレと押し合う兵士の群れを上から押し潰していた。
まあ、押し潰す直前に剣を振り抜いていたからな。致命傷を受けた敵兵たちは、彼のダイブを支えきることは不可能だった。潰された直後、ジグムントはやわらかな動きを使い体勢を整え直す。
混乱する敵兵に対して、彼の二刀の鋼が襲いかかった。折りたたんでいた腕を広げながら、斬りつけた敵兵を脚で踏みつけながらも回転し、剣の乱舞を撃ち放つ!!
狭い通路であるというのにな。見事なものさ。海賊との戦いもこなして来た『北天騎士団』の歴史が、彼にそのコンパクトな剣舞を伝承しているのだろう。
……とんでもない男だよ。経験値と技巧のカタマリのようなやつさ。嫉妬するね。その老練さに裏打ちされた強さに!……だからこそ、彼より若いオレは躍起になって、鋼を暴れさせた。
つばぜり合いをしていた男を押し込んで、そのまま圧し斬るように鋼を浴びせていく。密着しながらの斬撃だ。『剛の太刀』の神髄は踏み込むことで生む突進力。つばぜり合いながらでも、一歩踏み込み、鋼の重みを相手に与えられるのさ。
サーベルがへし折れて、北天騎士の伝統を持つ剣が、深く敵の体を引き裂いた。崩れ落ちるそいつと交替するように襲いかかって来た兵士に、オレは突きを浴びせて仕留めていたよ。
筋肉と反射を利用する、体力を消耗する動きではあったが……その甲斐あって敵兵を大勢、仕留めていた。狭い船内での戦い方を心得ているジグムントは、オレよりも多くを斬っていたがな―――甲板では、オレの方が多く斬っていたから、問題はない。
敵がいなくなる。ずいぶんと多くを斬り殺しているからな……それでも、セルゲイ・バシオンはいない。そうだろうな、護衛と共に、この軍船の奥に隠れている?……いや、魔眼で見切った魔力の動きから察するに……。
「……どうしたんだ、ストラ―――『アレン』よ」
「……ジグムント。敵は隠し通路を使ったらしい。船室から甲板に上がる道があったようだぜ」
「なるほどなぁ。よく考えている。このまま追い詰めるか?」
「ああ。だが、この道は危ないな。ヤツら、罠を仕掛けている。火薬と油の臭いがしているな……」
「……旗色の悪さを悟り、自爆も覚悟していたか」
「往生際の悪い男だ」
嫌いじゃないが、敵だから無事には済まさない。オレは来た道を戻る。甲板に逃げたのなら、甲板から追いかければいいわけだからな。
斬り殺された帝国の海兵隊の兵士たちが転がり、ヤツらからあふれ出たの血のせいで、足下がすべってしまいそうな甲板にね。
甲板に上がった瞬間、矢が飛んできたよ。オレは鋼を振るい、その矢を打ち落とす。
「……く、くそ!!死角からの射撃だぞ!?」
「か、閣下、お逃げ下さい!!」
いやがったぜ。オレは身なりのいい、そして、顔面に深い古傷が無数に走る男を見つけていた。軍船の後部甲板に、護衛の兵士たち四人と共に大柄な男がいた。目つきは鋭く、彼がまとっている気配が教えてくれる。
……コイツもまたかなりの達人なのだと。
「……セルゲイ・バシオンか」
「……そうだ。貴様は、誰だ、北方野蛮人」
「オレはアレン……この町の出身だ。そろそろ本物の自分に戻ろうと考えていたんだよ。ジグムント・ラーズウェルと出会い、再び導かれた」
「……これだから北方野蛮人など、信用がおけぬ」
「―――だとすれば、どうする?」
オレの言葉じゃなく、船室から戻ってきたジグムント・ラーズウェルの言葉だったよ。彼の姿を見つけたとき、セルゲイ・バシオンの顔が怒りに歪んだ。
顔中を走る傷痕に、赤みが増して見えた。心の底から、怒っていやがるな。ブラウン色の瞳が、大きくせり上がった頬と、古傷のせいで硬くなった皮膚を歪ませて、悪魔のような貌を作らせていた……。
「ジグムント・ラーズウェルッ!!……生きているどころか、ここに乗り込んでくるとはなッ!!」
「ああ。なかなか、上手く行ったよ。引導を渡してやろうじゃないか……」
「……調子に乗りおって!!」
セルゲイ・バシオンが剣を抜こうとする。だが、周りの護衛が彼の行動を止めた……いい行動だ。セルゲイは護衛よりも強いが、護衛よりも命の価値がある。死なせては、この土地にいる帝国軍の士気が大きく下がるだろう……それをするつもりはないがな。
「閣下、ここから撤退して下さい!」
「ここは、我々が時間を稼ぎます!!」
「北方野蛮人どもの反乱を、鎮圧するためにも、陸へと戻り仲間と連携しなければ!!」
「…………すまぬ」
合理的な判断だ。ああ、悪くない。それでいいさ―――?
……オレは気がついていた。霧が出ている……?さっきまで、アレほど晴れていたのに……?そして……背筋が引きつる……っ。イヤな感覚?……いや、楽しくもある。何だ?何か分からないが……この船の近くに、何かがいるぞ……。
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