第三話 『燃える北海』 その11


 北天騎士ジグムント・ラーズウェルの戦いが始まる。大小の剣を抜いた彼は、『ベイゼンハウド』の風に化けるのだ。二刀の斬撃が帝国兵の体を斬り裂いていく。


 北天騎士の技巧ではない?


 ……いいや。『剛の太刀』を習得したオレには、あの二刀の斬撃に北天騎士の奥義が詰まっていることが分かる。『虎』の速さと二刀の技巧に、北天騎士の『剛の太刀』。両者の技巧を彼は両立させているだけのこと。


 放つ斬撃の一つ一つに、全身の関節を締める技巧が帯びている。オレたちのような未熟な者では、一刀にその力を捧げるので精一杯と言ったところなのだが、彼は呼吸を行うかのように、それぞれの斬撃に『剛の太刀』の威力を帯びさせていた。


 剣聖。その言葉が、まさに相応しい。体力は衰えているが、その技巧の高さは翳ることがないようだ。


 帝国兵士たちは『ベイゼンハウドの剣聖』の剣舞に対応することが出来ない。左右の鋼は嵐のように戦場で暴れる。


 サーベルの突きでそれらを打って脅威から逃れようとしても、剣聖は左に握るミドルソードでサーベルを巻き取るように絡めて、右の一撃で兵士を両断してしまう。頭部を狙わない、胴体を破壊するのも特徴か。


 『剛の太刀』の威力を持ってすれば、鎧に守られた胴体を一太刀のもとに斬り壊すことが可能だからだ。重心に向かって、あの衝撃は進むだろう。北天騎士の剣の神髄は、斬るよりも叩き割るなのさ。


 胴体の一部に当たりさえすれば、その剛剣は敵の動きを止めてしまう。凄まじい威力だ。己を捨てる、無私なる騎士の剣ゆえの重みがあるわけだ。


 手数では劣るが―――そこを補うための二刀流でもある。フーレン族の肉体的な資質ならば、そして、フーレン族の肉体の操作を極めた須弥山の剣舞ならば……それらを両立することさえも可能というわけか。


 ……シアン・ヴァティに見せてやりたいものだ。彼女がこの剣聖を知れば、より強くなれるだろう。いつか会わせてやらなくてはな……。


「隙有りいいいいいいいいいいいッッ!!」


 背後からその声がかかるが、オレは無視して目の前にいる帝国兵に踏み込みながら、斬り捨てていた。背後に迫っていた大男は空振りしていたな。


 隙など作らんさ。この狭い空間で、オレとジグムントはお互いの盾になるように動いている。追撃しようにも、ジグムントの視線に睨まれ、次の一歩が踏めんだろう。踏んでもいいが、その瞬間、斬り殺されるだろうな。


 北天騎士の戦術でもあるし……それだけではない。


「クソ!!ウロチョロと――――ッッッ!!?」


 海上から密かに放たれた『諸刃の戦輪』が彼の背中に命中している。呪われた鋼が、今日もギチギチと鳴いている。ギザつく戦輪の刃が、わずかにうごめきながら命中した敵兵の背中の傷を広げていく。


 喰っているようだな。そんな印象を覚える。


 相変わらず、『人魚』さまが手懐けた呪われた鋼には、独特の獣性を感じる。まるで猛獣のように狂暴でありながら、主である彼女のために敵を喰らうのさ。


 呪われた鋼が己の意志に従って、海中目掛けて戻っていく。投げた時と同じ勢いで戻る。使用者の身を大いに危険に晒す武具だな。レイチェル・ミルラしか使いこなせた者はいないらしい。


「な、なんだ!?」


「海中にも、何かがいるのか!?」


「しかし、どういうことだ――――」


 海に身を乗り出していた敵兵に、陸から放たれたリエルの矢が突き刺さる。そのまま射殺された体は海中に落ちていったよ。


「弓兵がいる!?」


「どこに!?」


「まさか、陸から狙っているのか!?」


 その事実に驚愕を覚えた海兵隊どもの背後から、再び諸刃の戦輪が襲う。一人の男が犠牲になったよ。


「ぎゃああああ!!」


「悲鳴を上げるのかい、そいつは……男の死にざまに相応しくはねえ」


 背中を破壊されて、悲鳴を上げる男に対してジグムントの剣が慈悲を与えていた。背骨と筋肉が破壊されているから、ヒトを死に至らしめるほどの膂力は出せない。捨て置くべきでもあるが……ジグムントは優しくて厳しい。


 『剛の太刀』がその男の胴体を深く破壊し、心臓さえも打ち砕いていた。情けない悲鳴は終わる。そして、呪われし鋼は再び海中の主へ目掛けて、来た時と同じ勢いで戻っていくのだ。


 ジグムントの青い瞳が、海中目掛けてギチギチと鳴きながら戻っていく諸刃の戦輪を一瞬だけ見ていた。敵兵も見ているな。


「……しかし、アレは何だい?」


「ククク!……気にするなよ、ジグムント。今は……」


「ああ。目の前の敵を楽しむとしようかッ!!」


 北端騎士の戦術さ。お互いの背中を守ればいい!!『氷剣のパシィ・イバル』と『鬼人エルト・カマル』の歌の通りさ!!双璧がお互いの背を守れば、100の敵に囲まれても活路はある!!


 ……まあ、百でもないし、リエルとレイチェルからの飛び道具の攻撃がオレたちを力強くサポートしている。


 オレたちもベテランらしく、甲板上にある樽やら段差を利用して、それを己の身を守る遮蔽物として利用しながら暴れているしな。


 30の兵力も、ヤツらはマトモに使えない。劣勢を悟った海兵隊たちは、角笛を鳴らした。角笛を鳴らした兵士は即座にリエルの矢と、海から飛び出した諸刃の戦輪に命を砕かれてしまうが……角笛は地上に届いていた。


 港からも角笛が鳴り響く。


 『ガロウズ』の街並みに、帝国兵士の姿が見えたよ。ヤツら待機中だった兵力さ。海に向かい、手漕ぎの揚陸ボートに乗り込んでいく。


 セルゲイ・バシオンがいるこの軍船の救援をする気なんだよ。二つのボートに20人ずつぐらいの兵士が乗り込んでいく。リエルは、その動きを静観する。敵兵を分散するためさ。


 地上にもボートに乗り込みきれなかった兵士があふれて、漁民のボートを奪い取ろうとしているが、それでも足りないだろうな……。


 海上に軍用ボートが繰り出していく。かなりの勢いで、こちら目掛けて進んでくるが、オレは慌てない。ヤツらは立ち往生することが決まったからだ。


 海に影が走る……、


 時に灰色にも見える冷たい北海を、イルカよりも速く泳ぐ姿があった。『人魚』のレイチェル・ミルラだよ。


 彼女は獲物に近寄ると、深く沈み……そのまま、ボートに体当たりでも食らわしたのか。あるいはあの流麗な尾ひれを動かして、海中に渦を呼び出したのか……ボートはいきなり傾斜した。60度近く傾いて、転覆寸前の様相を見せていた。


 転覆はしなかった。


 たくさんの武装した兵士たちが、海に目掛けて落ちてしまったからな。反動でバランスが取れていた。彼らは……北海の藻屑となるのさ……鋼を身につけたまま、泳げる男はそうはいない。


 何よりそこは『人魚』の住み処でもあるからね。


 海のなかでは地上よりも素早く動くレイチェル・ミルラが、次から次に復讐を果たす。海より深い夫への愛、そして夫とのあいだに生まれた息子への愛のもとに。


 夫を嬲り殺した帝国兵士の同僚たちを、呪われし鋼が刻んでいったよ。


 殺す度に、彼女は夫を感じられるのかもしれない。愛と悲しみと、欲求が。その殺戮行動を悪夢のように錬磨しているのさ。悲鳴があがり、敵が北海へと呑まれていく。


「な、なんだ、どうなっている?」


「海の中に……なにが、いるんだ……?」


「シャチでもいるのか……?」


「と、とにかく、救助しろ!」


「だが、閣下の船が襲われている―――」


 『人魚』に襲撃されているボートに近づこうとしていて、もう一隻のボートの漕ぎ手が南から来た矢に背中を射抜かれていた。


「て、敵が港に――――――」


 『雷』の『エンチャント』が解放される。矢から放たれた『雷』がボートに乗る帝国兵たちの体を焼いていく、動きが止まってしまう……ボートを漕ぐための腕の全てが、その電流に麻痺を与えられていたからな。


 『人魚』は森のエルフの弓姫と連携するのさ。おそらく海中で戦輪と共に踊りながら、ボートの船底に戦輪の強打を打ち込んだ。


 木っ端が飛び散る。ボートが突き上げられるような衝撃。クジラにでも頭突きされたみたいに大きく揺れていた。あの威力は大きなものだが、それでいて鋭くもあるだろう。


 ボートを構成している木が、大きく引き裂かれてしまうのさ……何が起こるか?北海が入ってくる。


 悲鳴は上がらない。『雷』が帯電していて、動けやしないさ。必死に体内の『炎』の魔力を練ろうとしているだろうが―――海が船底から入ってくる恐怖に、パニックを起こしてろくな集中力が作れないらしいな。


 想像力が災いを招く。海に得体のしれない殺戮者がいることと、鋼を装備している自分が、海に落ちたら浮上することも敵わず、ただ溺れ死ぬという明白な事実に、彼らは怯えていた。


 武装しなければいい?……それでは、意味がないからな。海兵隊はそれなりの装備をしている。とくに、偉いヤツを守るための強兵たちはな。


 ゆっくりと沈み行くボートに対して、地上からの救援は来ない。リエルが矢を放ちまくって牽制しているからな。漁民のボートを奪うことも出来ず、港に近づく者たちが射殺されていく。


 海と陸は寸断されている。60人近くが海で立ち往生しているし、港もリエルの矢に封じられている。


 甲板の敵兵たちは、その事実を知っているのか、知らないのか。防御を選んだ。船内に続く階段に立て籠もり、肉体の壁となってその通路を封鎖していた。


 その奥にセルゲイ・バシオンがいるようだな……。



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