第三話 『燃える北海』 その7


 もちろん、いきなりは降りないぞ。魔眼とゼファーの瞳を使って、上空から観察と行こうじゃないか……『ベイゼンハウド』の黒い森のなかを、帝国の兵士たちが動き回っているな……。


 数が多い。帝国領から派遣されて来た者が主体となっている。セルゲイ・バシオンの海兵隊たちか。海を見ると、バシオンの乗っていると考えられる軍船が浮かんでいる。


「……バシオンは、あそこにいるだろうか?」


 これはジグムントへの問いかけだったはずなのだが、答えてくれたのはレイチェルだった。


「いると思いますわ」


「酌み交わした海兵隊からの情報か?」


「そうですわ。彼らにセルゲイ・バシオンの性格を聞いてみました。勇敢で武術には優れている人物で、指揮能力にも長けている―――いい軍人なのですが、その分、仕事中毒気味のようです。まったくお酒も呑まずに、いつも自分の船の中で海図を睨みつけているそうです」


「……軍人としては最高の人物にも見えるが、社交性に著しく欠けているところが見受けられるな。弟たちを殺されたせいで、孤独はさらに深まり、復讐の感情が先走るようになっている……他者の話を聞けない指揮官には、欠点もある」


「ええ。マジメさだけでは、全ての部下はついて来ないものです」


「分かるよ。オレだってシリアス一辺倒な時代もあった」


 仲間に特攻を強いて、強気で勇敢な連中を次から次に地獄に突き落としていったのさ。反省すべき暗黒の時代でもある。


「……マジメすぎると、孤独になるもんだ。組織運営ってのは、とても難しいものだよ」


「……それはそれで、カッコ良いのだがな……」


 リエルがオレの背中で小さく語ってくれる。マジメ一辺倒のオレは、死神って呼ばれていたけどね。敵も味方も皆、死なせてしまっていたから。その戦の仕方では、帝国に勝ることは難しい。


 敵を殺し、仲間たちは生き延びる。そうでなくては、数の多い帝国を相手にする戦では勝利を得られることはない。そう気がついた。


「今のオレもカッコいいだろ?」


「……ま、まあ、な。十分だぞ、私の竜騎士よ」


「あら。可愛い会話ね!夫婦のノロケはいつ聞いても顔がにやけてしまいますわ」


「か、からかうでないからして!?それよりも、仕事だ、仕事!!」


「ウフフ……そうでしたわね。まあ、シリアス一辺倒で仕事中毒のセルゲイ・バシオンは、ハイランド王国軍との戦に、自分の海兵隊が呼ばれる可能性も考えて、船のなかに待機しっぱなしのようです。戦闘以外で陸に上がることは、ほとんど無いみたいですわね」


「なら。今日もあそこの軍船にいるわけだな」


 古びた歴戦の強者の感を十分に漂わせる中型の軍船にな。


 今日は手漕ぎの揚陸用のボートも、二つか三つ、あの軍船の周りにいる……人員が多く乗っていないところを見ると、連絡とか物資の搬入なんかで使っていたのか……。


 酒場で聞く仕事の愚痴を信じよう。レイチェル・ミルラの瞳に酔っ払った海の男は嘘はつけない。


 それに、確認する方法もあるからな。黒い森のなかを、二人一組で動き回っている兵士たちに訊けばいい。帝国人の兵士は拷問に屈する。捕らえて聞き出して、殺してしまえばいいんだよ。


 ……さてと。ゼファー・アイが色々な吟味を完了しつつある。


 戦闘能力の高そうなヤツらと、黒い森のなかでも速く動いているヤツらを見つければいい。高度な知能と強力無比な視力を持っている竜には、元・北天騎士の人間族を見つけるのは難しい行為じゃないんだよ。


 この黒い森になれて、ジグムント・ラーズウェルとの遭遇に対して恐れを抱かない者たち……つまり、足取りの速い者たちだ。そいつらが高確率で元・北天騎士ってことさ。


『……じゅうろくにんぐらいね、それっぽいのがいるよー。みんな、そうさくたいのさきにいるね』


「オレを探して、急いでいやがるってわけかい。たった二人の騎士で、このジグムント・ラーズウェルを狩ろうとしているのかよ……」


「あのケガをろくな治療もすることなく、しかも四対一を辛勝したと考えているのさ。あげく夜通し、コソコソと逃げ回った。体力も限界。二対一でなら、十分に殺されていただろうな」


 疲弊するということは恐ろしいものだよ。戦士から強さも集中力も奪ってしまう。疲れた最強の戦士は、元気な凡人に敗北するように出来ている。


 オレの見立ては正しいさ。昨日、『パンジャール猟兵団』の介入が無ければ、今ごろジグムントは捕らえられていただろう。


 ジグムントも理解しちゃいるが、不満げな顔になる。プライドが許さないのさ。嫌いじゃないよ、戦士が見せるそういう強がりのことはね。


「……上手いこと戦ったさ。四対一でもなぁ……」


「だろうな」


「…………いや。すまん。助けられたよ、お前さんたちが来なかったら、正直、殺されていたかもしれない」


「……捕らえられて、運ばれていたかもな。セルゲイ・バシオンではなく、ジークハルト・ギーオルガの元に。ヤツは、『イバルの氷剣』が欲しいんだろ?」


「そうだな……『象徴』を欲しがっている。お前さんたちの分析の通りに、ヤツ自身の求心力も落ちているのかもしれん……ヤツは周囲に富をもたらせなかった」


「名誉回復を試みているかもしれぬな。この土地の者たちは、『剣塚』の物語に強く憧れておるのだ。ならば、その『象徴』は大きな権威となりそうだな!」


「あらあら。リエルも賢い言葉を使うようになったわねえ?」


「こ、子供扱いするでない!既婚者だぞ、私は!」


「まあ、可愛い奥様ですこと」


 オトナ女子のレイチェルの前には、森のエルフの弓姫も敵いそうにない。


「さてと……とにかく、どいつがいいのか選ぼう」


『どれがいいのー?』


「この作戦に積極的なヤツがいいな。消極的なヤツは、ジグムントに対して同情的な男という評価になる。そういうヤツではなく、ジグムント捕縛に燃えている男。そいつは帝国に媚びているギーオルガの同類だ。反乱者に陥れる価値が高く、オレたちの敵としても厄介な存在。そいつを拉致する」


『らじゃー!がんばって、さがしているやつを、『どーじぇ』のこころにおくるね!』


「ああ。頼むぜ、オレのゼファー」


 首のつけ根を撫でてやりながら、オレは語った。すぐに眼帯の下にある左の瞳に敵の姿が映し出される……。


 次から次に、兵士が映し出されていく。北天騎士の象徴である大剣を腰に下げているヤツらだな。その表情は、様々だ。


 何か迷っている顔のヤツも多い。彼らの四人の仲間たちは、変装してまでジグムントを襲った。四対一で元々の仲間であり師匠であった者たちを嬲り殺す。それは不名誉な行いだからだ。


 そうだというのに、知ってか知らずか、セルゲイ・バシオンは大規模な兵力を動かして、町の者たちに彼らの所業を悟らせるような行いをした。


 文化や価値観は、土地によって違う。バシオンは北天騎士たちのタブーを犯したんだよ。バシオンは、この土地の物語に興味がないだろう。


 酒場に行かねば伝説の勇者の行いも、この土地の正義の形も知る由もない。詩歌を捧げられる名誉を知れぬままだ。


 ……あの騎士たちの苦悩は、バシオンの嫌がらせが生ませているのかもしれないな。名のある北天騎士であり、多くの弟子を持つ剣聖、ジグムント・ラーズウェルを卑劣な手で殺す。靴を履き替えるほどの、謎の行いをせねばならんほど、どこか罪深い行為。


 軍務のためにそれを選んだが、バシオンは彼らの決意と苦しみを汲んではやらなかった。


 自分たちがなろうとしている帝国人。その存在に対して、元・北天騎士であった若者たちの心は、拒否反応を示そうとしているのかもしれない。若者の心は移ろいやすいとレイチェルは語ったが、それは当然だ。


 さほどもない経験で、より良い道を模索する?


 なんて難しい行為だろう。


 知らぬことの中から最善を選ぶなんてこと、まあムリさ。失敗して学ぶのが若者の仕事だ。そして、一度した選択を貫けるほど、彼らの意志は経験に裏打ちされるものではない。


 過ちは多いが、若ければ選択し直すチャンスもあるんだよ。


 迷いの顔を持つ若き騎士たちを多く見た。こちらに願えるチャンスは十分にある。情勢が悪化すれば、あの若者たちは帝国を見捨てる可能性は少なくない。『ベイゼンハウド人』命を賭けるほどの価値を、帝国は持ってなどいない。


 豊かさだけでは、真の戦士は満足することなど出来ない。それに満足するようであれば、誇りよりも金を選ぶようになれば、下劣な商売人のような浅ましさしか持たぬ豚と同じ。真の戦士ではないのだ。


 戦いの意味と、名誉の重さを知る戦士ならば、血に受け継がれた物語を選ぶべきだ。君らの故国は、まだ完全に帝国へ呑み込まれたわけではないのだからな―――さてと。こっちサイドに寝返りそうなヤツもいるが……。


 ……これも一つの若さの特権かね。


 自分の正義と選択に、命を賭けている男たちも何人かいるようだ。血眼になり、黒い森を邁進する男が二人いる……まるで、飢えた猟犬。狩りを楽しんでいるな。


「黒髪、22ぐらいで180センチ、体重は80キロ。デカい戦士じゃないが、よく動けそうなヤツがいる。アゴ先にヒゲか…………そいつの相棒は身長が同じで、カールした茶髪だな。年齢は似たようなものだな……コイツらを知っているか?」


「ああ。アレンとロッキーだろう。黒髪がアレン、茶色い羊みたいなのがロッキーだ。アレンは『ガロアス』出身で……そうだな、ジークのヤツと親しい。ロッキーは『ノブレズ』の生まれだが、アレンとは親友だ。コイツもジークと同じく、帝国に強い憧れを持っているぞ」


「ほほう。いい獲物だな」


「そんな人物がミスター・ジグムントとつるんでいるのであれば―――インパクトは大きいですわね。怪しいですが、裏切りそうな者が裏切るよりも、返ってインパクトが強い」


「しかも、ジークハルト・ギーオルガに、飛び火もしそうだ。理想的な獲物だよ」


「腕がいい二人だが―――まあ、お前さんたちとオレが組むんだ。まってくもって、問題はねえなあ」


「そういうことだ。コイツらを捕まえて、装備を剥ぎ取る。帝国の雑兵に化けて、セルゲイ・バシオンの軍船に乗り込むぞ」




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