第三話 『燃える北海』 その8
さてと。昨夜の鍛錬の復習になる。ゼファーからロープを垂らして、オレとジグムント・ラーズウェルはそれから降下していくのさ。ジグムントは初めての行為ではあるが、上手くこなした。
フーレン族の身体能力と、四十路の戦士ゆえの経験が生きている。ジグムントを知るあの二人の帝国兵たちも、まさか上空からいきなり襲撃されるとは思わなかっただろう。
オレから飛び降りて、黒髪の男に飛びついて、体重を浴びせて地面に押し倒す。そのまま首にナイフを当てる―――刹那のあいだ迷ったが、けっきょく掻き切っていた。コイツが生粋の敵の顔をしていたからだ。
……我々の敵でしかない。永遠に帝国軍の兵士だというのならば、生きていてもらっても喜ばしいことはないのさ。
ジグムントもオレの行為を容認してくれた。非難の言葉を使うことはなかったな。さすがは戦士だよ。相容れない敵を生かしていても意味はない。情報源は、一人いれば十分だしな。
ジグムントは茶色い羊みたいな頭をしているロッキーを、完全に組み伏せていた。地面に叩きつけて、背中に飛びつき、次の瞬間にはロッキーの首に腕を回している。いつでもへし折れる体勢に持っていった。
「さすがだな」
「まあ、この程度は、大ケガ人のオレでもやれるさ」
「ククク!……そうみたいだな。さてと、君はロッキーかな」
首を絞められて、息も絶え絶えの男に話しかける。彼は腕を動かし、剣で斬りつけようとして来たが、オレはその手首を握ると、握力で骨を握りつぶしてた。
『チャージ/筋力増強』を使っている。怪力に雷神の剛力の加護を与えれば、戦士の骨の一つや二つは容易く折ることが出来る。まあ、脱臼させながらテコの原理も応用しているから、筋肉芸ってだけじゃない。『雷』に頼ったのは、より確実に破壊するためだ。
折れた手首から剣が抜け落ちて、黒い森の土へと衝突する。叫びはしなかった。出来ないからだ。ジグムントに首を絞められているからな。
青い顔。
唇も青い。
今にも死にそうな顔になって、震えている。北天騎士ではなく、帝国兵の様相だったな。かつての同僚に対して、ジグムントは怒りを覚えている。フーレンの長い尻尾をおおう毛を逆立てて、牙を見せつけるように唇を開いていた。
「……ロッキーよ。北天騎士として、オレたちはこんな臆病者にお前を育ててはいないはずだったんだがなぁ……ッ」
「……いじめてやるなよ。怯えてくれているのなら、ハナシが早い。死にたくないのならば、協力する。帝国人に鞍替えしたお前には分かり安い合理的なハナシだろ、ロッキーくん?」
「……た、たすけて……っ」
「命乞いか。まったく、『ベイゼンハウド人』の面汚しめ……」
……ジグムントは尋問には向かないな。すぐに怒って殺してしまいそうだ。オレはロッキーに助け船を出してやる。
「ジグムント、離してやれ。アンタの腕に絞められたままじゃ、ろくに話せないだろうからな」
「……ああ。構わん……『風』を、使っているしな」
さすがはベテランの北天騎士だよ。上空にいるリエルが『風』を呼んでいる。音を遮断するための『風』の防壁を作っているのさ。ヤツが叫んでも、遠くまでは響かない。
ジグムントの腕がロッキーを解放する。ロッキーは、潰されかけているノドで、ゲエゲエと醜いカエルのような声を発している。哀れさを呼ぶが、戦士は敵には情けをかけることはない。
「大声で仲間を呼ぶなよ、ロッキーよ。そうすれば、殺すことになる」
「……わ、わかった……な、何の用だ?」
「教えてくれるか。セルゲイ・バシオンは船に乗っているのか?」
「……の、乗っている。バシオンさまは丘に上がることが少ないから……」
「そうか」
レイチェルの情報の通りだ。さすがだな。酔っ払いから秘密を聞き出す力に、本当に長けている美女芸人さんだよ。
「次の質問だ」
「は、はい……な、何なりと」
「どんな任務をしいていた?」
「そ、それは……」
言いにくそうだな。まあ、そうだろう。でも言わせる。睨みつける。それだけで彼は素直になった。
「じ、ジグムント・ラーズウェルだ!……ジグムント・ラーズウェルを追いかけていたんだ……バシオンさまの命令で」
「お前らごときが、オレを殺せるかよ」
低い声で唸るように、『虎』でもある北天騎士は威嚇していた。茶色い羊は泣きそうな顔になりながら、ぐったりと体を丸めていた。
「……は、はい……そうだったみたいですね、ジグムントさん」
「三つ目の質問だ」
「は、はい!」
「……『ガロアス』の戦力を教えろ。死にたくないだろ?」
「え、ええ……っ。500ほどです」
「その内、元・北天騎士は何人いる?」
「……50人ぐらいだった……昨日の朝までは」
「そうか。5人減ったな」
今、45人ほどか。コイツの情報が正しければだがな。
「……セルゲイ・バシオンの船に、元・北天騎士は乗っているのか?」
「ま、まさか……バシオンさまは、オレたち、べ、『ベイゼンハウド人』を嫌っておられるからな……」
「ほう。自分たちを嫌う者に、仕えるのか?」
「……み、認めさせれば、いいだけだ。ジークハルトは、そう言ったし、オレたちも、あいつの言い分は正しいと考えているよ……『ベイゼンハウド人』でいることでは、得られぬ豊かさがある……オレは、帝国人になりたかった…………アレンも。きっと、ジークハルトも」
豊かさを求めたか。それだけならば、悪い選択には聞こえにくい。だが、その実、コイツがしたことは裏切りだった。民草の半分を構成するはずの亜人種、彼らを守ることを蜂起した。『北天騎士団』の一員だったというのにな。
オレはこの若造を好きにはなれない。好きになる必要も感じてはいないがね。いい情報源になれば、問題はないのだ。
「……ジークハルト・ギーオルガは、『イバルの氷剣』の情報を得られているのか?」
「……い、いや。分かっていないんじゃないか……」
「『イバルの氷剣』を、どうして探す?」
「……知らないよ。オレは……あまり、頭が良くないんだ。アレンについて行けば、失敗は無いと思ったんだ……」
「そうか。じゃあ、今から装備と服を外せ」
「か、片手が折れているんだけど……?」
「だから、どうかしたのか?……オレに何を期待している。永遠に痛みを感じない立場になりたいのなら、協力してやるが?」
「い、いや……いいです。左手は、動きますから……っ」
片手の指だけをつかい、ロッキーは装備を外し始める。オレはアレンの装備を剥ぎ始めたよ。
……帝国二等兵の鎧か。元・北天騎士たちに対しての扱いは悪い。それでも、たしかにヤツらの昇進は、ある程度は実力に応じて行われる。北天騎士ほど強く、勇猛に戦えば、戦功に比例して昇進し、より多くの富を手にすることが出来ただろうな……。
「ロッキー、お前は出世したかったのか」
「は、はい……もちろんそうだよ。だって……豊かに、なりたかった」
「だが、戦場に出られなくては、出世も出来ない。セルゲイ・バシオンはお前たちを嫌っている。ギーオルガに弟たちを殺されたからだ」
「……そうだ……でも、それは、仕方がないことだ。あれは戦でのことだし…………」
「お前たちがハイランド王国軍との戦に出られぬコトに対して、誰が原因だと考えているんだ?」
「それは……バシオンさまだよ」
「……バシオンの怒りを買う原因に、お前たちが長として認めたジークハルト・ギーオルガに責任があると考えたことはあるか?」
「……っ」
「図星という顔をしているぞ」
「……そうだよ。た、たまにはある。コソコソとジークハルトの文句を言うヤツも、たしかにいた。彼を長に選ばなければ、バシオンさまの怒りも、きっと、もう少しマシだったとは思う……でも。お、オレは……ジークハルトが長に相応しいと考えている」
「どうしてだ?」
「……腕がいい。それに、掟破りだ。オレたちとは違って、『ベイゼンハウド』のタブーにも堂々と触れられる……そういうヤツじゃないと……オレたちを、変えることが出来なかったんだ……」
「そうか。ギーオルガに対しての忠誠心は、それが由来か」
「……オレや、アレンはそうだ…………でも、たぶん、全員じゃない……後悔しているヤツだっているよ…………アレンが死んで、オレは……オレも、よく分からなくなっているんだ……ああ……色々と、空しくなってきている……」
「そうか。いい情報だった。その礼に、命は助けてやる。この森の木に縛り付けて行く。そのうち、お前たちの仲間に見つけられるだろう」
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