第三話 『燃える北海』 その6


 アイリスとピアノの旦那が用意してくれていた『音楽酒場スタンチク』特製弁当を持って、それぞれの持ち場を目指して出かける。オレは竜鱗の鎧を装備しない。帝国兵に化けるつもりだからな。


 『アルニム』は商業の拠点だから、商人風の姿やその護衛、あるいはただの労働者。そういった変装でもすれば『アルニム』の城塞を脱出することは可能だ。


 夜間よりは、はるかに警戒が薄いからな……帝国が商業を重視している政策の現れでもあり、オレたちとすれば今回ばかりは都合がいい。亜人種もそれなりにはいるからな、紛れ込むのは容易いのさ。見つかっても、アイリス特製の偽・許可証もあるから大丈夫だ。


 しばらく黒い森のなかを進み、ゼファーが降りられそうな丘の上に出る。そこに、ゼファーを呼んで、まずは『ガロアス』に向かうチームがゼファーに乗るのさ。


 ミア、ジャン、カーリー、ピアノの旦那はしばらくこの場所で待機していてもらう。ここに来るまでの道すがらに、カーリーにはオレとジャンの『呪い追い/トラッカー』について説明している。


 カーリーは呪術の専門家だからな。ジャンの『呪い追い/トラッカー』についてのアドバイスを頼んでみた。かなりのムチャな要求ではあるが、『パンジャール猟兵団』への協力が伯父上の力になることはカーリーだって理解しているからな。


 協力的だったよ。前向きに考えてみてくれている。何かを考えついてくれる可能性はあるさ。『十八世呪法大虎』を目指す少女なのだからな。


 呪術のエリートとしての教育を受けている。なので、呪術に対して基礎的なことをジャンに話してくれればいいともアドバイスしてみた。


 ジャンの糧になるだろうし、カーリーも須弥山の流派とは違う『呪い追い/トラッカー』を知ることは己の成長につながるさ。ミアも、その会話を聞くことになるだろうから、知識の底上げが可能……イイコト尽くめってわけだ。


 自分の知らない世界を、三人は共有することが出来る。呪術、その厄介でオレたち『パンジャール猟兵団』には、専門家がいない要素だからな。


 カーリーのアドバイスで、ジャンが『狼男』流の『呪い追い/トラッカー』を完成させてくれたなら、オレとジャンの二人で高度な呪いの対策が出来るようになる。そいつは戦術の幅を大きく広げることになるだろうよ。


「じゃあ、行ってくるぜ!ミア、ジャン、カーリー、そしてピアノの旦那!そっちは任せたぞ!」


「うん!いってらっしゃい、お兄ちゃん!」


「ま、任せて下さい!」


「伯父上、ご武運をお祈りしております!」


 若者たちは空に舞い上がっていくゼファーとオレたちにそう伝え、ピアノの旦那は無言のまま静かにうなずいていたよ。クールな立ち居振る舞いが出来るオトナの男って、うらやましいぜ。


『ねえ、『どーじぇ』。このまま、きのうの『とう』のところにいくの?』


「ああ。あそこの町、『ガロアス』に向かう。まずは上空から偵察して、敵の動きと配置を読み切る……その後、一人でいいから元・北天騎士の帝国兵を探すんだ。そいつを拉致して、装備を剥がし、オレが着る」


「追い剥ぎですわね!ワクワクしますわ、『リング・マスター』!」


 よく分からないが、レイチェル・ミルラは楽しそうである。追い剥ぎ?……何か楽しくなる要素がそこにあるのだろうか……?


「ふむ。ターゲットは、元・北天騎士なら、誰でもいいわけか?」


「高望みは出来ないからな。現地にいるヤツなら、別に誰でもいい。選べるようであればジグムントに選んでもらう」


「……オレがか?」


「他に適任はいない」


「たしかにな。しかし、したことが無い行為だからなぁ。ストラウス殿よ、一体、どういうヤツがいいんだろうか?」


 まあ、『北天騎士団』はスパイのやるような戦術を使うような人々じゃないからな。ガルーナの竜騎士もそうだが……オレも、純粋な戦士とは言えないくなりつつあるか。


 だが。より強くはなっている。力だけでは、数に負ける。多勢に勝利するには、策がいる。9年間で、よく学んだことだ。純粋さを失ったが、深さは増している。オレはより深い戦士に至っているという自信は持っているんだよ。


 その自身を裏打ちしている経験値が、頭に囁きかけるのさ。


「……意外性を持っているヤツとかもいい」


「意外性?」


「帝国軍人になろうと必死な元・北天騎士とかな。そういうヤツが裏切れば、影響は大きいだろう。親帝国である人物まで、反乱しようとしているのなら?……元・北天騎士の帝国兵など、セルゲイ・バシオンもバシオンの部下の帝国軍士官は信じなくなる」


「……なるほど。帝国に不満を抱えているヤツよりは、効果的かもしれない」


「そういうことだ」


「……だが、その拉致した騎士はどうするんだ?」


「どこか森の深いトコロの木にでもくくりつけておくさ。そのうち、自力で解くだろう」


「それでは、そいつが証言するんじゃないか、我々の行動を?」


「そうなるだろうな。だが、セルゲイ・バシオンはそいつを信じないさ」


「……っ!ああ、ヤツは、『北天騎士団』にまつわる者を憎んでいるな。弟たちのためにも、我々の全てを否定したいと考えている……」


「それに、嘘だろうが何だろうが、責任の追及と行動を選ばざるをえなくなる。バシオン自身も死にかけるし、大勢の兵士を失うことになるんだからな。誰かに責任を取らせたくなる。元・北天騎士のそいつが何を言おうが、そいつは拘束されるだろうし、そいつの上官であるジークハルト・ギーオルガにも疑惑が及ぶ」


「ワクワクしますわね!」


「……そうだろ?……連中の対立を煽れば、連携に混乱が起きる。そして、セルゲイ・バシオンはハイランド王国軍と対峙する帝国軍に連絡を入れる。元・北天騎士たちを信用するなとな」


「戦の前に、そういう情報が入れば、ルード会戦の二の舞を恐れるわけだな!」


「そうさ。帝国軍の連携は、間違いなく乱れる。自軍であり、しかも腕利きの元・北天騎士に対する処遇に困り始めるさ。情報を統制するかもしれないが……こちらから宣伝もすればいい」


「どういうことだ、ストラウス殿?」


「帝国軍に情報戦を仕掛けているのさ、ハイランド王国軍だってな」


 色々と策を使っているのは、オレたちだけじゃない。ハント大佐が率いるハイランド王国軍の主力にも、スパイのような戦術を取れるヤツだっているさ。


 実行してくれているはずだぜ?……元・北天騎士と自分たちが通じているという偽情報。そいつをハイランド王国軍の工作員も、帝国軍に与えているはずだ。わざと敵の偵察兵に見つかり、装備を落として逃げる。


 その装備のなかに、元・北天騎士あての手紙が入っているのさ。いつ決起しろとかな。ハント大佐やエイゼン中佐は軍人だから、そういう作戦がどれだけ有効かは承知しているだろう。


 エイゼン中佐もこの期に及べば、作戦に協力した方が得だと判断はするさ。敵同士でモメるのならば、戦はずっと楽になる。『ヒューバードの戦』では、オレに新兵を寄越すほどの合理的な人物だ。


 ……さんざんばらまく偽情報の一つに、元・北天騎士に対する疑惑を深める手紙が何枚もあったところで、問題はないだろうよ。


 虚構を作る。


 いくつかの方向から、同じような危機を予想させる情報が続けざまに入ってくれば、その虚構に対して、兵士は恐怖する。


 そうだ。


 恐怖を与えて、敵の群れをコントロールするんだよ。そうすれば、敵は弱くなる。味方である者たちが、自軍に襲いかかる可能性。その疑念を抱いたままでは、帝国軍は前だけを向いて戦うことは出来なくなる。


 拠点防衛に向く『北天騎士団』の戦術を、元・北天騎士の帝国兵たちが採用するのであれば、ハイランド王国軍はそれを無視して帝国軍の本陣を攻めればいい。機動力では、北天騎士よりも『虎』の方が速いからな。


 そういう動きをすれば、敵対したままでも、元・北天騎士が帝国軍を裏切ったようにも見えるだろうさ。そうなってくれると、戦はかなり楽にハイランド王国軍のペースになる。


 ハント大佐とエイゼン中佐は有能そうだから、その辺りは上手くやる。『十七世呪法大虎』の軍も、戦闘能力だけなら十分だ。どんな戦況になっても、切り抜けるだろうし、オットーの知略と、ギンドウが用意しているはずの手投げ爆弾もある。


 まあ、いい状況だ。


「オレたちの仕事が、上手く行けば行くほどに、『自由同盟』の利になる。ハイランドにも、『ベイゼンハウド』にも、大きな利をもたらす。帝国を打倒することにつながるのだからな」


「……帝国を打倒するか。オレたちは、自国の防衛しか考えなかった」


「それだけに尊重されていた。ガルーナが侵攻しなかったのも、『ベイゼンハウド』がその哲学を掲げていたからだ。他国を攻撃しないと宣言するのであれば、そういう敬意を手にすることもある。ガルーナは、アンタたちを敵と考えたことは歴史上なかった」


「……そうか。オレたちも、そうだ。相互不可侵。その不文律は、確かに存在していたんだな」


「ああ。騎士道を掲げる国同士として尊敬し合っていたからな……だが、どちらの国も帝国に呑まれた。取り戻すぞ。オレたちが、命を捧げるに足る祖国の真の姿をな」


「……そうだな!」


『『どーじぇ』、『まーじぇ』、みえてきたよ、『がろあす』が!』


 おしゃべりしているあいだに着いちまう。さてと、作戦を開始するとしようじゃないか。



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