第三話 『燃える北海』 その5


 作戦の方針は決まった。後は細かな情報交換を行う。オレたちが見聞きした情報を話したよ。帝国軍の情報機関の存在……数は少なそうだが、戦闘能力が通常の兵士どもとは桁違いの怪物がそろっているらしい。


 オレが遭遇して倒したヤツは、かつてオレとリエルがハイランドで戦った『蟲使い』ギー・ウェルガー、そして、今回の『熊神の落胤』、アイゼン・ローマン。どちらもかなりの戦闘能力だった。


「『ベルーゼ室長』とやらをリーダーに、特殊でクレイジーな医療集団『ゴルゴホ』……そいつらが、『メーガル』の収容所を仕切っている。そこの病院では怪しげな動きもあるようだ。死体が減っている。何かアンデッドでも造っているのかもな」


「……クソ。怪しげな連中がいるとは聞いていたが、本当に怪しそうだぜ……ッ」


「ジグムー、噂は聞いたことあったの?」


「ジグムー……ま、まあ、そうだなぁ。公式に身分が発表されていない。長の名前ぐらい聞けるはずだが……誰も知らねえ。そいつは、ちょっと不自然だと思った」


「情報を秘匿していたのね。現地人のほとんどに気づかれないように情報を封じる……訓練量と経験値を感じさせる集団ね」


 同じスパイとして、アイリスは連中の実力を褒めてもいるようだ。感心しているらしいな。オレはそこには深入りしない。敵を皆で褒めることもないさ。


「……帝国軍のスパイどもの目的の一つは、亜人種の捕虜を大量に管理出来る監獄をデザインすることでもあるようだ」


「なによ、それ。どういうことなの?」


「これはオレの勘だが、帝国内の亜人種の反乱と逃亡を抑えて、奴隷のように酷使するための施設を造ろうとしているんじゃないかと考えている」


「……サイアク!」


「そうだ。カーリー、お前の言葉の通りだ。もしも、オレの読み通りだとすると、本当にサイアクな施設だな」


「イエス。ぶっ潰すべきであります」


「ああ。何であれ、潰すさ。そのためにも、ホフマン・モドリーから得た『メーガル第一収容所』の図面を利用する」


「そちらはお任せ下さい。私とアイリスさんとで、プランを作ってみます」


「頼むぜ、ロロカ、アイリス」


「上手な潜入と破壊工作のプランを作るから、サー・ストラウスはセルゲイ・バシオンに工作を施してくれる?」


「わかった。ロロカ、ジグムントからは聞くべき情報は得ているな?」


「はい。朝の内に、ジグムントさんがあの収容所に侵入して、失敗した経緯を聞いています」


「……屈辱の時間のことだが、包み隠さず話したぜぇ……」


 ジグムント・ラーズウェルは眉を悩ましげに曲げながら、肩をすくめていたよ。


 敗北の物語を語るのは、男にとって、かなりキツい行いだが、彼はそれをやり遂げてくれたようだな。朝から苦悶の表情になっていた理由は、よく分かった。


「ありがとう、ジグムント。アンタの戦いと経験をムダにはしない」


「ああ。せいぜい活用してくれぃ……」


「アンタが失敗してくれたおかげで、オレたちは楽になる。そこの警備を担っているのはギーオルガたちらしいが、最大の障害であるアンタを退けたことで、油断する。他にもしなくてはならん仕事もあるだろうしな」


「そうね。彼らは、ハイランド王国軍との戦に赴きたい。そのために色々と動くはず。戦と名誉から切り離さる恐怖心……『剣塚』があり、『ソード・ゴースト』がいる土地で育った彼らには、人一倍強いでしょうしね」


 戦から逃げた者は、『剣塚』に剣を捧げる名誉を失い、黒い森を死後も彷徨うか。ジークハルト・ギーオルガたちの骨身に染みこんだ物語が、連中の行動を強化する。


 是が非でも戦に出たくなっているってことさ。何の名誉にもならん、同胞たちを閉じ込めた収容所を監視する?……そんな仕事だけで満足はしない。


「揺さぶれば、警備は緩む。揺さぶるぞ。敵は人手が不足している状態だからな。事件を起こして、仕事を強いる。負荷をかけるほどに、囚われの北天騎士たちを解放した後が楽になる」


「……戦となるわけだな、ソルジェ?」


「そうなる。反乱した『分離派』の集団。帝国軍からすれば、掃討する動機にはなる。ジークハルト・ギーオルガからすれば、名誉を挽回するためにも必死に攻撃してくるだろうな。ヤツは帝国人になりたいようだから」


「……ジークめ……誰よりも目をかけていたんだがな……愚か者になっちまったもんだぜ……」


「伯父上……」


「……カーリー、心配するな。オレは……あの弟子を斬ることに、躊躇いはない」


「……とにかく。敵に内輪モメと混乱を誘導する。それぞれに、仕事を与えるぞ」


「うむ。どういうことをするべきだ?」


「まずは、セルゲイ・バシオンに工作を仕掛けるメンバーだな。このチームは、オレ、ジグムント、レイチェル、そしてリエルだ」


「うむ!任せろ!指示に従うぞ!」


「『リング・マスター』と久しぶりのお仕事ですわね。嬉しいですわ」


「……オレもか、願ったり叶ったりだが、どうするんだ?」


「ゼファーで『ガロアス』に向かう。あそこの沖に、まだセルゲイ・バシオンはいるだろうからな。アンタが『銀月の塔』から逃げたからな。近くの森を探させているさ」


「……竜で逃げたとは考えていないわけだ」


「まだ、オレたちを知らないからな。アンタを殺そうとした元・北天騎士の死体は見つけているだろう、そう遠くには逃げていないと考えているさ。だから、ヤツはまだ船で沖にいる。アンタを見つけないうちには移動しないだろ」


「……そこを襲うのか?」


「そうなる。元・北天騎士の人間族の兵士で、アンタと同じ『ガロアス』生まれのヤツは何人もいるだろ?……そいつらの誰かを利用するぞ」


「……なりすますのか」


「ああ。そいつを拉致して、オレが化ける。後はアンタと一緒に行動している様子をバシオンに見せればいい。そうだな、オレとアンタでバシオンを殺しに行こう。未遂に終わらせる予定だがな」


「ハハハハ!……さすがは、ガルーナ人だ。面白い。やろう!」


「そう言ってくれると思っていたぞ。だが、いいな?バシオンは殺さないぜ。半殺しはいいが、仕留めては工作にならない」


「分かっている。ジークと対立させるためにだな」


「そうだ。オレたち四人で、工作を仕掛ける。『ガロアス』のチームは、これで十分だ。次は、ロロカとアイリス。この『スタンチク』で収容所の攻略を練ってくれ。アイリスは働き過ぎだ。今後に備えて体力も回復しておいてくれると助かる」


「了解よ」


「休むのも、仕事の内ですからね」


 このメンバーの中で、最も賢い二人だからな。いい作戦を組み上げてくれるだろうよ。


「そして、偵察チームだ。ゼファーと共に、ミア、カーリー、ジャン、ピアノの旦那に頼みたい。収容所を上空から偵察する。そして、『ノブレズ』の『岸壁城』についてもな」


「ラジャー!」


「わ、わかりました!」


「……わらわも?どちらかというと、伯父上と一緒がいい」


「適材適所だ。お前は呪術の専門家だろ?」


「うん、そうよ?」


「収容所にいるスパイや『ゴルゴホ』は、何をしているか分からん。ジャンは嗅覚で呪いを認識出来る可能性がある。収容所を見て、お前が感じた呪いに関係することを、とにかくジャンに言えばいい」


「呪いを、嗅げる?……スゴいのね、『狼男』。でも、わらわだって、背中の紋章のおかげで分かるんだからね?」


「なら、ますます適材適所だ。伯父上を助けるためにも、そのチームに参加だ」


「わかったわ!大船に乗ったつもりでいなさい!」


「そして、キュレネイ」


「どうすべきでありますか?」


「まずは、ルード・スパイ二人の様子を見てきてくれ。彼らが捜索されてなければ、あの『隠し砦』にいる兵士たちは騙せていることになる」


「イエス。ついでに言うと、アイゼン・ローマンの死も隠せていることになるでありますな」


「そういうことだ。それを確かめる作業もいる。その後は、この場所でロロカとアイリスと共に作戦を覚えろ」


 昨日、最も活動時間が長かったからな。キュレネイはそんなにハードな任務は与えられない。それに、戦術理解度の高いキュレネイには、ロロカ先生とアイリスが組む作戦を覚えてもらいたい。


 育てたいのさ、スパイ適性の高いキュレネイ・ザトーをな。何でもこなせる彼女なら、オレよりはるかにスパイ向きな気もする。将来的には、特殊なチームを率いられるような器用さがある。ガルーナ・スパイの始祖になれるかもな……。


「……このプランで行くぞ。分かったら準備だ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る