第三話 『燃える北海』 その4


 レイチェル・ミルラも帰還して、これで本当に全員集合だった。彼女もどこかで朝飯を食べていたようだが、港で歌っていたらお腹が空いてしまったらしい……。


 女性ウケもあるんだろうな。土産にたくさんの巻き貝をもらっていたよ。魅力的な人物って、色々なモノを貢いでもらえるからお得だよな。


 ……オレたちは、コーン・ポタージュにミートソースのパスタ、それにツナサンドイッチやらサラダを堪能したのさ。真夜中に色々なことをして来たオレの胃袋には、『音楽酒場スタンチク』のモーニング・メニューがたっぷりと入ったよ。


 最高の朝食だったね。


 そして。朝食後のコーヒーをいただきながら……オレたちは作戦会議を始めるのさ。


 テーブルを拭いて、たくさんの地図を広げるんだよ。『ベイゼンハウド』の地図に、北海の海図、そして、オレたちがホフマン・モドリーから預かった『メーガル第一収容所』の図面もある。


 皆でテーブルを囲む。デザートのチョコ菓子をかじったりしながらな、体を休めながらも心は集中しているよ。


「さーて。とりあえず、情報の共有といこうか」


「ああ。それなら、『リング・マスター』、私からお話ししますわ。色々と町の人々から情報を手に入れていますから」


 レイチェル・ミルラはアメジスト色の瞳で、色気たっぷりのウインクをしたよ。彼女はオレたちの知らない町の情報を知っている、ちょっと気になるところだから話してもらおう。


「頼む」


「ええ。まずは、自慢から。私の『歌』はそれなりに効果を発揮しています」


「『ベイゼンハウド人』の心に響きましたよ、レイチェル・ミルラ殿」


 敬意を持ったというか、ちょっとしたファンの眼差しになりながら、ジグムント・ラーズウェルは語る。


「フフフ。ありがとう。北天騎士の方に評価してもらえるなんて、光栄の極みですわ」


「……あの歌は、我々の文化と生きざま、そして死にざまと希望を歌っておられた」


 ……それだけじゃなく。彼女自身の愛の物語も織り交ぜていたがな。だからこそ、彼女の魂が歌声に融けているのさ。それが、人々の心を掴むことにつながっているんだよ。


 そのことはジグムントには秘密。彼女の物語は、彼女が話すべき重みに満ちているからね。オレには語るコトなんて、許されないのさ。


「……あの歌は『ベイゼンハウド人』の魂を揺さぶる。あれを耳にすれば、我々が継承して来た物語は、どんなものであるべきなのかを思い出せるのです!」


 ジグムントは握り拳に力を込めていた。よほど、あの歌に心を掴まれているらしい。


「……ええ。そのようですわね。行商人や、漁師たち……彼らも私の歌を気に入っているようです」


「それならば、あちこちの町にも伝わっていますね。この『アルニム』は海商たちの拠点でもありますから」


 ロロカ先生が、地図を指差しながらそう語る。『アルニム』からは、商船たちの動きを示す線が、『ベイゼンハウド』の各地に向かって伸びていた。


 あの集落にいたメアリー・ドーン。北天騎士の妻であった彼女も、古い知り合いたちに声をかけてくれると言っていた。船と、黒い森を歩く行商人たちが、少しずつ『ベイゼンハウド人』の反乱に対する士気を高める情報を広めているわけだ。悪くないことだ。


「私の歌。微力ながらに、戦意向上にはつながっている自信はありますのよ、『リング・マスター』?」


「……そのようだな。他ならぬ『ベイゼンハウド人』であるジグムントが、ああ言っているのだから」


 士気を上げる歌。そいつは、バカに出来ない影響力だ。一万の軍勢相手の『戦』になる。たった一万だ。こちらの士気を高めることで、戦いの勢いは大きく変わるだろう。


「収容所に閉じ込められている北天騎士たちが解放されたら、『アルニム』の人々は彼らに同情的な態度になると思いますの。敵の海軍戦力の基地であるこの町の民衆は、潜在的に我々サイドの存在で・す・わ!」


 レイチェル・ミルラ以外が、こんなことを言ったら自意識過剰だろ?……って、思うんだが。『人魚』の歌が港町の民草の心を掴まないわけがない。


 あのアイリス・パナージュお姉さんも否定の言葉を発しないんだから、かなり効果的なのさ。レイチェルの自信を信じよう。団長として……いや、彼女の『リング・マスター』としてな。


「さて。私の自慢はそれぐらいにしておいて。漁師たちと帝国海兵隊の会話から、いくつかの情報を得ていますの」


「帝国の兵士とも話したの!?」


「ええ。そうよ、小さな『虎』ちゃん。オトナの女は、敵とだってお酒を酌み交わせちゃうのよ?」


「お、オトナの女、スゴい……っ」


「……それで、どんなものだ?」


「海兵隊の指揮官、セルゲイ・バシオンに対する悪口ですわね」


「ほう。興味深いな。ヤツとギーオルガとの対立を深くしてやりたいんだよ」


「あら。敵同士を揉めさせるのですね?私の『リング・マスター』は、極悪ですわ」


「魔王だからな。それで、ヤツはどんな愚痴で叩かれている?」


「帝国軍の士官たちから、ハイランド王国軍との戦にギーオルガたちの部隊を派遣しなかったことを愚痴られていますの」


「……ありえるな。ギーオルガたちは元・北天騎士の人間族の中では、最強の使い手たちだろ?……それをハイランド王国軍の戦に派遣させなかった。愚かなことだ。ハイランドとの戦の結末がヒドければ、責任を取らされることになるだろうよ」


「そのことを、士官たちは愚痴っていましたわ。本国にバレたら、自分たちまで巻き込まれると」


「……なるほど。セルゲイ・バシオンの求心力も、削がれていそうだな」


「ええ。彼は感情的な指揮官として見られているみたいですわね」


 嫌いなヤツは有能でも嫌い。そういう判断をする指揮官ってのは、人間性にあふれているが、軍人としての評価は低くなるだろう。有能な駒を使わなかった……それで戦で大きな被害が出れば、非難されるべき行いでしかない。


「……かなり彼の評価は下がっているようですわ。バカの下では、働けないとまで口にする士官もいるほどに」


「ならば、バシオンのヤツも空気読んでる頃かな。自分の求心力の低下を。つまり、ヤツは今、部下である海兵隊たちの信頼を取り戻そうたいと考えているはずだ。工作に対して、いい感度で反応してくれるかもしれんな」


「本当にサー・ストラウスも、スパイらしくなって来たわね。成長が嬉しいわ!」


 『ルードの狐』の一人に褒められた。かなり嬉しいよ。


「……ふむ。ソルジェよ、それで、どういうコトを企んでおるのだ?」


「海兵隊員の信頼を取り戻すためには、ギーオルガの部隊の連中が、ハイランド王国軍との戦に送るべきでない人材なのだという、自分の主張をバシオンは裏付けたがっている。ならば、ギーオルガたちの『欠点』を晒せば、ヤツは食いついてくる」


「なるほど。ギーオルガに『ダメ出し』することが、バシオンにとっては部下たちの求心力を取り戻す手段だというわけだな?……ふーむ。では、我々は、どんなモノを用意すべきなのだ?」


「ギーオルガの部隊が、ジグムント・ラーズウェルと協力して『反乱』を起こそうとしている。そういうストーリーがいいと思うぜ」


「反乱……か」


「それをすると、どうなるの、お兄ちゃん?」


「一挙両得なのさ」


「いっきょりょうとく?」


「ああ。バシオンからすれば弟たちの仇であるギーオルガ、ヤツを排除するチャンスになるからな。そのストーリーに信憑性があればあるほど、バシオンは食い付く。ギーオルガの部隊を拘束したくなる」


「ふむふむ」


「それと同時に、ギーオルガの部隊を構成している、元・北天騎士の人間族にもメッセージになるんだよ。ジグムントとの『合流』、それに対して未練がゼロのヤツはいないだろうからな」


 ジグムントを見る。ジグムントはオレの言葉に反論はしない。肯定もしてくれなかったがな。


「……悪くはない。オレからは、それぐらいしか言えねえなぁ。ヤツらの半数は、オレの弟子みたいなヤツらだったよ……かつては、北天騎士であることを誇りにしていたが、今は変わりつつある」


「あら?北天騎士の物語に未練がある子も、かなりいる可能性はありますわよ」


「レイチェル殿……そうなのでしょうか?……あいつらは、オレを拒絶しましたが……」


「若者たちの信念は、移ろいやすい。一度は変わっても、また元に戻ろうとする気持ちもあります。かつて帝国軍に求めた『理想』……その夢見がちな理想を、今の彼らは体現しているとは感じてはいないんですものね……」


「……っ!……そうですな。たしかに、今のヤツらには多くの不満がある……」


「そうだぜ。バシオンのせいで、戦から遠ざけられている。戦功を挙げることで出世し、富と名誉と帝国の市民権を得ることは不可能になっているんだ」


「イエス。両者のあいだは、こじれている。お互いが邪魔になっているでありますな。バシオンの選択が、感情的な報復心に満ちているせいで」


「ソルジェさん、いい案だと思います。バシオンにギーオルガを『攻撃』するチャンスを与えれば、必ず『攻撃』する。そのストーリーが、我々の望む形、『元・北天騎士である人間族の若者を、ジグムント・ラーズウェルが味方につける』という筋書きならば……どちらも本当になる可能性がありますね」


「……ジークハルト・ギーオルガが、どれだけ自分の組織を掌握しているかが結果の分かれ目になるがな」


 その掌握が弱ければ?……本当に、人間族の若者たちを、こちらの仲間にしてしまえる可能性もある。彼らもバシオンとギーオルガの対立のせいで、現状に不満を抱えているのだからな。


「……ギーオルガは、『イバルの氷剣』なんぞを探している。ヤツもまた、部下を集めて置く根拠が欲しいように見えるな……部下に対しての求心力の低下は、バシオンだけじゃなく、ギーオルガにも起きているんじゃないか?……ギーオルガの元・師匠よ、どう見る?」


「……ジークは……いや、ジークハルト・ギーオルガは、剣の腕は確かだが、それ以外は未熟なところもある。それに……かつては誰よりも『北天騎士団』の伝説に焦がれていた男ということを、皆が知っているはずだぜ……」


「それで、ヤツの部下に対する求心力は、減っておるのか?」


「……減ってはいるだろう。オレを仕留めることも出来ず、『イバルの氷剣』も見つからないままだからなぁ。ヤツには珍しく、失敗が続いている」


「そもそも、ヤツがバシオンに個人的に恨まれているせいで、経験と若さを併せ持つはずの最高の若手たちが、戦場に出られていないわけだしな」


「ウフフ。若者たちなんて、浅はかなものだものね。私の予想じゃ、かなりの数がギーオルガに的外れな不満を抱いているでしょうよ」


「アイリスのお墨付きを頂けたな。この方向性で計画を立てようと思う。異議がある者はいるか?」


 テーブルに集まっている全員の顔を見回していく、ジグムントのように悩んでいる者もいるが……文句を口にする者がいない。


「ならば、ギーオルガの部隊が、ジグムントに合流して帝国に反旗をひるがえそうとしている……その『証拠』をねつ造して、ギーオルガにプレゼントしてやろう」


「……ストラウス殿。収容所の方は?」


「……『メーガル』の収容所を攻めるのは、どうせ今夜になるんだ。だから、今日の昼間の内に、セルゲイ・バシオンに『元・北天騎士の帝国兵が反乱を企んでいる証拠』をプレゼントするぞ」


「……何となくは、分かったけれど。それで、赤毛。具体的には、どうするっていうのよ?反乱の証拠をねつ造するなんてこと、そんな簡単に出来ちゃうの?」


「プランはあるぜ。とりあえず、一人ほど元・北天騎士の帝国兵を拉致することなる。それで、後はどうにでもなりそうだ」


 こちらには竜と『人魚』と、ジグムント・ラーズウェルがいるんだからな。オレも、人間族だし、これだけそろっていれば『証拠』をねつ造することは簡単だ。



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