第二話 『囚われの狐たち』 その31


「お疲れ。いい演技だったぞ、二人とも」


「フフフ。美少女スパイに、皆がメロメロでありますな」


「そうだ。良くやったぞ、オレのキュレネイ」


「イエス。さすがは団長の特別な犬でありますな」


 オレの右手を掴みながら、キュレネイ・ザトーはミア・ポジションに座ってくる。オレの脚の間が好きなのかね……?


「……ラブラブね?」


 おばさん臭い響きを帯びた声で、そんな感想を告げながら、三十路も半ばを過ぎた敏腕スパイ、アイリス・パナージュお姉さんが仕事に疲れた貌をしつつ、オレの右手に捕まっていたよ。


 酒場の営業の後で、犬と戦い、兵士に縄で縛られて森の中を何時間も歩いたわけだから、かなり疲れている。ヨレヨレだよ。体力的にかなり辛かったようだった。


「やっぱり、愛人関係なんじゃないの?何よ、特別な犬って?」


「ノー。健全な上司と部下の関係でありますぞー。あー……演技をがんばったので、お腹が空いてしまったであります」


 きゅるるるるう。


 無限の容量を誇るキュレネイの胃袋が、演技とはどれほどのエネルギーを酷使する行為なのかを語っている。可愛らしい声でな……。


「……さてと。収穫はあったの?……連行される方角から、あの岩の裂け目を見つけたんでしょう?」


「ああ。君の部下のエド・クレイトンを見つけた」


「死んでいたの?」


「いいや。拷問を受けて顔面はズタボロだったが、生きていた。命に別状は無さそうだ」


「……そう。良かったわ。体張った甲斐があった。ロープで縛られて歩かされるなんて、オトナのレディーには過酷だし」


「だろうな」


「それで。エドが生きていてくれたことは嬉しいけど。他には?」


「帝国軍のスパイがいた」


「……キュレネイちゃんが化けていたヤツのお兄さんね?」


「ああ。本名なのかは分からないが、自称アイゼン・ローマン特務少尉だ」


「どんな男?」


「2メートルほどの、人間族の大男でありました」


「……ました。過去形でヒトを呼ぶのって、悲しいわねえ。殺しちゃったのね」


「捕虜にするつもりだったんだぜ?」


 上司に言い訳してる、やらかした部下のような気持ちになる。スパイ・モードの時のオレとすれば、アイリス・パナージュお姉さんは、何だかんだで『師匠』の一人のような気がしているんだよな。


「強敵だったのね」


 さすがの分析能力だよ。見たこともないヤツの強さを当ててくるんだものな。


「そうだ。抵抗されたというか……縛り上げて、ゼファーで輸送していたんだ。ジャンたちがいる砦にな」


「それなのに、逃げたの?」


「ああ。ロープを筋力で引き千切り、20メートル以上の高さから落下してな」


「……人間族だったんじゃないの?」


「そうだが、ちょっと違っていた」


「ジャンの親戚でありました」


「語弊があるぞ。血縁者ではない……『熊神の落胤』、ヤツは自分のことをそう呼んでいたよ。バルモア連邦出身者のようだな」


「……『熊神の落胤』ね。聞いたことはある。まだ生き残っていたのね」


 さすがはアイリス・パナージュお姉さんだよ。オレよりも長く生きて、オレよりも知識の量を多く蓄えているだけはある。色々なことに詳しいと来ているな……。


「どういう連中なんだい?……オレが知っていることは、ヤツらは巨大な熊に変化する。『狼男』ならぬ、『熊男』という印象を受けた。かなり強かったぞ」


「そこまで知っているのなら、私に訊くようなことはないんじゃない?」


「……まあ、そうかもしれんが」


「はいはい。知っていること話します。えーと……バルモア諸国では熊神を祀っているのだけれど。この熊神をお酒に酔わせているうちに、邪悪な巫女たちが彼と交わり子を成した。熊神の種を盗んだ……それは熊神に対する冒涜らしいのよね」


「……そして、呪われ人となったか」


「そうみたい。真実なのか、それとも事実を曲解して作った物語なのかは知らないけれどね、バルモア諸国の歴史では、ときどきそういった怪人物が現れる」


「巨熊に化ける、呪われ人……『狼男』のような存在か」


「そうね。バルモアの『狼男』なのかもしれない。とにかく、彼らは凶暴で強力な存在。力のままに暴れて、よくヒトを殺した。何百人も、何千人も『熊神の落胤』は殺し回ることがあったみたいね……」


「熊神の子なのに、邪悪な存在なのか」


「そうみたい。まあ、強すぎる力を得た者は、畏怖と迫害の対象にもなる。『熊神の落胤』を殺すことは、バルモア人には名誉とされているらしいわね」


「倒すことが名誉か。たしかに、それに相応しい実力の持ち主だったよ」


「二人がかりで倒したの?」


「ノー。団長の楽しみを奪うことは、いたしません。キュレネイ・ザトーは、忠実で可愛げに満ちた部下なのであります」


 そう言いながら、キュレネイは雑嚢からクッキーを取り出すと、モグモグと栄養補給を開始する。


「……じゃあ、サー・ストラウスが一人で倒したのね?」


「まあな」


「スゴいわね。伝説だと、熊を知り尽くした50人の猟師たちがいて、ようやく倒せる存在とされているのにね」


「それぐらいはいるだろう。ヤツは、とんでもなく強かった。オレでも正面からの打ち合いでは敵わなかったよ。筋力が桁違いだからな」


 ジャン・レッドウッドもそうだが―――『獣人』という呪いを血に宿す者たちは、筋力だけなら桁違いだよ。


「生きた巨木を腕力で粉砕する瞬間に、初めて出会ったよ。フレッシュな樹液を飛び散らせながら、木っ端の雨が頭に降りかかってきたぜ……」


「よくそんなのに一人で勝てたわね」


「団長は、ジャンを知っているでありますからな」


 クッキーをモグモグしながら、キュレネイはそう指摘する。さすがだな、戦いを見ていて、悟ったのか。


「そうだ。似ている部分は多かった。おかげで、戦い方はすぐに分かったよ。いつか『猪男』やら『象男』に出会っても、慌てずに楽に戦えると思う。素敵な経験値になった」


「魔王よねえ」


「まだ、王サマにはなれていない」


「……しかし、帝国の情報機関もやるわね。バルモアの伝説的な怪人を仲間にしていたのね」


「らしいな。ベルーゼという人物に拾われたと語っていた。忠誠心は、組織や帝国というよりも、ベルーゼに対して捧げられていたようだったぞ」


「アイゼン・ローマンにとっては、好ましい人物だったようね」


「そうらしい。アイゼン・ローマンは迫害されていた身なのかもしれないが……ベルーゼとやらは、彼により良い暮らしを提供したようだな」


「……特殊な能力を持つ人物を選んでチームを作っているわけね……どこかで聞いたようなハナシね」


「……うちのコトを言っているのか?」


「ええ。『パンジャール猟兵団』と似ているでしょう?」


 否定する言葉が一瞬では思いつかなかったな。


 たしかに、『熊神の落胤』と、オレたちの『狼男』、ジャン・レッドウッドは似ている部分が多かったと思う。


「サー・ストラウスは、ハイランド王国でも彼らのエージェントの一人の遭遇しているわよね?」


「……ああ。ギー・ウェルガー、『ゴルゴホ』の蟲を使う男だった。ヤツも……ベルーゼ室長とやらを慕っていたフシがある」


「『ゴルゴホ』と帝国の情報機関は連携しているのでありますな」


「だと思うぜ。『メーガル』の収容所でも、何かをしていたというハナシだしな……」


 エド・クレイトンとルーベット・コランは、その収容所を探っていたようだな。そして、協力者が帝国軍のスパイどもに囚われて、そこから自分たちの情報が漏れたと考えているようだった……。


「……とにかく、『蟲使い』に『熊神の落胤』を仕留めた。この様子じゃ、たしかにその連中は『パンジャール猟兵団』並みに、色々な連中がいるのかもしれないな」


「とりあえず、そいつの死体を見たいわね」


「……検死するのか?」


「いいえ。裸にして、何か入れ墨とかがないかを確認する。彼が『熊神の落胤』で、迫害されていて孤独な存在だったとすれば……自分たちの組織を象徴するタトゥーを彫っているかもしれない。孤独な男って、そういうことするでしょう?」


「……オレはしなかったけど、するヤツもいるかもな」


「組織に対して、安らぎまで求めてしまうようなエージェントには、割りといると思うのよ。探りたい。ゼファー、よろしくね?」


『うん。それじゃあ、さっきのところにいくね』



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