第二話 『囚われの狐たち』 その32
あちこちを飛び回らせることになっているが、ゼファーは楽しそうだった。
地上に降り立ったオレたちは、アイゼン・ローマンの死体を見つける。
「……熊じゃないのね?」
「死んだら、ヒトの姿に戻った。彼らの本質は、ヒトの姿なのだろう」
「……なるほどね……さてと、服を脱がしますかね」
「手伝うよ」
「私は年頃のレディーなので、クッキーを食べながら、あっちを向いておくであります」
キュレネイは周囲を警戒してくれるらしいな。死んだ大男の裸は、たしかに年頃のレディーには相応しくない。
「……はあ。男の裸に対して、何の抵抗も抱くなっているわねえ」
「しみじみ言うなよ」
ちょっと面白いから笑ってしまいそうだが、笑うと殴られそうな気がしてならないんだよな。オレ、姉貴がいるからかな……年上の女性に対して、みょうに苦手意識があるような気がする。
……とにかく、今は仕事に集中するとしようか。
死んだ大男の死体を探る。上着をナイフで切り裂きながら脱がしていく。服も調べたいからだ。スパイの服だからな。
生地のあいだに、何かを隠しているかもしれない。オレとアイリスはアイゼン・ローマンの服を切り裂きながら、生地の中まで指で探ったよ……。
金貨が見つかる。あとは、とくに何かが見つかるわけではなかった。期待外れではあるが、それも仕方がないことだろう。
「……服からは何も見つからなかったな」
「有事の時に軍資金用となりそうな、金貨が2枚……かなりの価値はあるけれど、それだけね。一般的な金貨ね……何か、呪いとかかかっていそう?」
「いいや。魔眼にも映らない」
呪いがあれば、魔眼が察知してくれるかもしれないが、その金貨にはそういう気配を見つけることも出来なかった。
ただの金貨だ。
高価なものではあるが、それぐらいしか価値がない。靴の中敷きの裏側なんかに隠していやがったよ……。
「他には荷物らしいものがない……ある意味、スパイらしいわ。これなら死んでも情報を残さずにいられる」
「……コイツらは『狐』を探していた」
「あら。そうなのね……『ルードの上級スパイ』を探す。色々とこちらの存在に気がついていて、警戒していたのかも?」
「だから、自分の頭の中にしか、情報を隠していなかったと?」
「そうかもしれない。期待していたけれど、タトゥーは見つからない。まあ、タトゥーが入れてあった場所はあるみたいだけどね」
「そうだな。この左胸……火傷で潰してはいるが……何かが彫られていたのかもしれないな」
「……バルモア人の男は、左胸には忠義や愛を現す入れ墨を彫るらしいわ」
「……じゃあ、コイツはそこに帝国軍の情報機関につながる何かを入れていたのか?」
「そうかもしれないし、違うのかもしれない。バルモア時代にも軍人だったのかもしれない。そのときの組織が彫られていたのかもしれない……この火傷は、古いモノだから」
それはすっかりと瘢痕になっていた。一年以内の傷とは、とても思えない。端の方は傷痕が不鮮明になりつつある……。
「……『熊神の落胤』として覚醒したのは、いつだったのだろうか」
「分からないわね。分かったとしても、情報の価値は高くない……気になるのは」
「……コイツかい?」
指を差してみる。それは肘の関節部位ににある血管だった。竜太刀で破壊してやった左腕……その肘のくぼみには、多くの傷痕がある。それは太い注射針か何かを繰り返し打ち込んだような痕に見えた。
「……『ゴルゴホ』は、彼に多くの薬剤を打ち込んでいたみたいね。あるいは、『熊神の落胤』の血を、大量に採取していたかだけど……」
「前者にしろ、後者にしろ。敵の思惑を読み切ることは難しそうだな」
「あり得そうなのは、肉体を強化する薬を打っていた。何らかの研究目的で、『熊神の落胤』の血を集めていた……そして『熊神の落胤』を治療しようとしていた可能性もある」
「……あれだけ偉大な力を消し去りたいか」
「……それは、戦士としての発想に基づき過ぎているかもよ?」
「……ああ。そうかもしれん」
『熊神の落胤』は迫害の対象とされていたわけだからな。ヤツも言っていたな、『熊男』と呼ばれることが大嫌いなんだと―――オレは、熊に変身する能力を、誰かがくれるというのならもらうのだが……。
その力の代償として孤独になるのは、考えものだな。
この男も、ジャンのように、どこか薄暗い森のなかでキノコばかりをかじりながら生き抜いてきたタイプの人生だったのだろうか……?
それにしては豪気で自信家だった。
もう少し、派手で血なまぐさい人生だったのかもしれないな。
だが。
どこかで否定していたというのかね。アレほどの強力な戦闘能力をくれる、『熊神の落胤』としての特権を……?
あの力を『ゴルゴホ』の連中に、封じて欲しかったのかもしれない。そんなことをアイリス・パナージュは考えている。
……オレには、思いつけなかった発想だな。だが、『ゴルゴホ』の本質は医療集団だ。そういう呪いを治癒する方法を探求することも、医師の道としては間違っているようには思えない。
ただの善良の医師たちによる集団だなんて、とてもじゃないが考えることは出来ないけれど、『熊神の落胤』という大きな呪いを消せるとすれば?……他のあらゆる呪いを消し去ることが出来るかもしれない。
「……私は、想像することしか出来ないけれど。一生涯を獣のままで過ごす可能性を、彼が感じていたら?」
「……そういう可能性があるのか?」
「分からない。でも、『獣の姿を持つ呪われ人』には、そんな恐怖心があるんじゃないかしらね?」
「……変身したら、元に戻れない?」
「そういう恐怖心に駆られているのかもしれない。一生、『熊』や『狼』の姿でいるのは辛いでしょう?」
「……そうだな」
「もしも、そういう呪いが確実に制御することが出来たら、彼は大きな安心を手に入れることが出来た。今までよりも、思い切り『熊』になれたのかも」
「……そうかもしれない。だが、推理にしかならないな」
「ええ。勝手な妄想のハナシよ……とにかく、コイツを調べて分かったことは少ない。情報の隠蔽を徹底しているタイプの組織で、『ルードの上級スパイ』について知っている。油断は出来ない存在たちってことは分かったわね」
「難敵だな。だが、その手足となり動く者を一人は仕留めることが出来たわけだ」
「……死ぬ予定だった部下たちも無事に戻った。今夜の収穫は大きい……さてと」
「帰るか?」
「いいえ。せっかく、外に出た……今の時間帯なら、ホフマン・モドリーも絶対にお家にいる時刻よね?」
「……『メーガル第一収容所』の改築を担当した建築家か」
「そうよ。彼にもハナシを聞くべきよね?」
「……彼は、エド・クレイトンの話によると……『アルニム』から東に5キロの集落に住んでいるそうだな」
「ええ。どうせ帰る道すがらよ。お話しを聞きに行きましょう?……『第一収容所』を襲撃することになるでしょ?」
「ああ。『ベイゼンハウド』の反帝国勢力に力をつけさせる。そうすれば、ハイランド王国軍のサポートにもつながるだろうからな」
「じゃあ。今夜のお仕事は、延長決定ね。ホフマン・モドリーに接触しましょう」
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