第二話 『囚われの狐たち』 その30


 アイラ・ローマンこと、キュレネイ・ザトーは堂々としている。特務少尉の階級章は有効に機能しているようだ。


 元・北天騎士たちの兵士は少尉である彼女に対して、忠実な態度を示す。かつての敵の敬礼を完璧にこなしたが―――すぐにアイリスをキュレネイに引き渡すことはない。


 彼らも疑問は抱いている。


「……あ、アイラ・ローマン特務少尉殿」


「なんだ?」


「いえ、アイゼン・ローマン特務少尉は、一体何処に?」


「捕虜の管理も知らないのか……」


「え?」


「安全保障上の機密に関わるゆえに、詳細は言えない。諸君らは、重大な任務に携わっていることを自覚しているな?」


「は、はい!」


「よろしい。あの男の所属する組織の仲間が、あの男を回収しようとしている可能性がある」


「なんと!?」


「その組織の戦力は、かなり強度があると考えられている。だが、ヤツらは少数での行動となる。制式装備ではなく、『ベイゼンハウド』の二刀を装備することを許されている、元・北天騎士である諸君たちならば、どうすべきか分かるな?」


「……敵が少数精鋭ならば……ターゲットを、分散する……?」


「そういうことだ。だからこそアイゼン・ローマン特務少尉は、秘密裏に男の方のスパイと共に、この砦を脱出している。輸送ルートは私も知らない。私が捕らえられて、拷問されても情報を漏えいしないためだ。諸君らに秘密なのも、そのためなのは理解出来るか?」


「は、はい!」


「よろしい。ならば、速やかにその捕虜を私に差し出せ」


「……し、しかし、命令書も無しに、勝手な行動は……我々は、アイゼン・ローマン特務少尉に、この砦で引き渡すことになっています……彼以外には……」


「この任務の秘匿性も分からないのか?正式な手続きを取っていては、時間がかかる。我々が追いかけるターゲットの行動は、とても素早い。海兵隊ではなく、ジークハルト・ギーオルガとその部下である諸君らを我々が頼ったのも、柔軟性を求めてだ」


「……っ」


「諸君らは、その価値すらも手放したいのか?」


「それは……」


「戦場に出なければ、諸君らの出世は見込めない。二流、三流の貧乏人のままだ。セルゲイ・バシオンは諸君らを恨んでいる。諸君らの誇りを奪おうと躍起になっている……俗物だが、有力者だ。我々との協力関係が破綻すれば、バシオンの好きなようにされるだけになる。それでもいいのか?」


 キュレネイ・ザトーは無表情で長いセリフを使っている。何というか、説得力が半端ないな。迷いを感じない。あの無表情は、冷静沈着さを感じさせてくれる……キュレネイの意外な才能をまた一つ知ってしまったな……。


 演技力だ。


 軍人やスパイのフリをさせれば、強い説得力を帯びられるようだな。いい発見をしている。部下の意外な側面を知るってのは、団長としても嬉しい―――。


「―――諸君らとこうしてムダに時間を過ごすことで、作戦を危険に晒しているということも理解してもらえると助かる。諸君らの評価は下がっていくぞ。使えん北方野蛮人どものままか?」


「……っ!!で、ですが、我々は……命令を実行したいのです、特務少尉殿!!」


「……ふむ。時間を使わすか。そして、私を信用しない。評価は低くせざるを得ない。協力関係に影を落とすこととなる。だが……貴様の言い分も理解は出来る。命令書を残すことは、我々の任務の痕跡を残すこととなる。避けたかったが、これを読め」


 キュレネイ・ザトーは丸められた羊皮紙の命令書を差し出していた。なるほど、彼女の作品だな。ルーベット・コランさ。彼女は帝国軍の偽造した命令書を、複数持っていたというわけだ……。


 手術を受けた状態でも、それを伝えたのか……あるいは、ルーベットを砦に置いたエド・クレイトンがキュレネイに持たせたのか……。


 いい演技だ。


 そして、あの小道具の出来も完璧であるようだな。


「……たしかに。ギーオルガ殿のサインです……当該作戦での全権を、アイゼン・ローマン特務少尉およびアイラ・ローマン特務少尉に委任すると……」


 なるほど。名前の欄は空白だったわけか。そこに、あの洞窟内で『アイラ・ローマン』の名を描き込んだか……。


 『風』で乾かそうとしたかもしれないが、まだ、インクは乾いていない。ちょっとでもインクを乾かすために時間を稼いだわけだな。


 それに、この暗がり……兵士はランタンの光を当てて読んでいる……まあ、よほどの切れ者が相手でなければ、バレそうにはない。


「……そうだ。それなのに、貴様らと来たら……」


「……こ、こんなものがあるのなら、先に見せて―――」


「―――何か言ったか、私よりも階級が下である北方野蛮人め」


「し、失礼しました!!」


「よろしい。捕虜を渡せ」


「は、はい!!ただちに!!」


 いい仕事をした。ここまで順調だ。不測の事態に備えてはいるが……上手く行きそうだな。


 兵士たちの間から、縛られたままのアイリス・パナージュお姉さんが歩かされて来る。疲れたフリをしているな……彼女も演技上手。女って、怖い。


「……な、なによ、アンタが……帝国のスパイなのね?」


「そうだ。アイラ・ローマンだ。知っているか?」


「……ええ。聞いたことがある。帝国のスパイに、腕利きのローマンってヤツがいるってことは、私たちも掴んでいたわ……」


 ……即興の演技を合わせて、キュレネイの演技を補完してくれているな。世界観が広がる。『ルーベット・コラン/アイリス』が『帝国軍スパイ・ローマン』を知っていると発言することで、『アイラ・ローマン』が実在の人物であるように見えてしまう。


 周囲の兵士たちも、目の前にいる『ルーベット・コラン』と『アイラ・ローマン特務少尉』が、まさかどちらもニセモノだとは思えないだろうな。さすがはアイリス・パナージュお姉さん。虚構を創り上げることに長けていやがるぜ……。


「……情報を吐かせてやるから、楽しみにしていろ」


「……くっ!……エドは?……私のエドは……無事でしょうね……?」


「私の兄が確保している。貴様とは別のルートで、目的地に運ぶことになる。協力してくれるのならば、悪いようにはしない。仲間に救出されることは、あきらめることだな」


「…………っ」


 キュレネイはアイリスを縛るロープを受け取った。


「たしかに、ターゲットは譲り受けた。先ほどの命令書だが、もしも敵がこの砦を襲撃して来たら、必ずや処分しろ。私たち兄妹の名前を、敵に確認されるわけにはいかない。それが出来るか、無能なお前たちに?」


「もちろん、可能です!」


「……ならば成し遂げろ。いいな、全員で、この砦を警備するんだ。ここに捕虜たちがいると見せかけるためにだ。この砦に敵の目を引きつけて、私たち兄妹が捕虜をそれぞれ別のルートで運ぶ……そうすることで、敵に捕捉されないようにする」


「なるほど。了解しました!!」


「……ならば、直ちに配置につけ。洞窟の奥の縦穴にも注意しろ。警備がザル過ぎて、兄がそこから捕虜を運んだことさえも、ここのマヌケどもは気づけていなかった」


「……も、猛省します!!」


「……失態を繰り返すな。諸君らの同胞は、ジグムント・ラーズウェルを取り逃したようだ」


「……彼を……っ」


「あえてなのか?」


「そんなバカなことをしません!!……ジグムント・ラーズウェルは……ぶ、分離主義者のリーダーになりかねない男で……」


「北天騎士としての誇りを失い、新たな祖国に寝返る貴様らには、信頼は置けない」


「……ッ」


「……っ」


「ジグムント・ラーズウェルも、私たちが捕らえるだろう。諸君らはスタートから出遅れている。元・敵であり、祖国を裏切るような信用のならぬクズどもだ。少しでも評価を高くする気があるのなら、せいぜい任務に励むといい」


「……りょ、了解しました」


「……さあて、来るがいい。女。逆らえば、殺す。私の強さが分かるな?ここにいる心も腕も劣ったクズどもより、何倍も強い」


「そうみたいね……光栄だわ、そんな強い方に、護送してもらえるなんて?」


「……道中、色々と質問してやる。では、歩け。まずは、来た道を戻る……そこから先は分かれ道が来る度に指示を出すとしよう」


 キュレネイとアイリスが歩き始めた。元・北天騎士たちは、肩を落として『隠し砦』の警備に向かって歩き始める。ねぎらいの言葉もなく、罵られた。ドM野郎以外は、帝国スパイに悪い印象を抱いただろうな……。


 しかし、理想的な仕事をしてくれたようだ。キュレネイとアイリスを追いかける者はいない。元・北天騎士たちも、疲れているようだ。数日かけた任務だったろうから。


 ……気の毒ではあるが、こいつも戦だ。


 捕虜を二人も失った。その失態の責任を巡って、せいぜい身内同士で争ってくれると助かる。さてと。


「ゼファー。キュレネイとアイリスを迎えに行くぞ。『隠し砦』から、かなり離れた」


『うん!ふたりを、むかえにいこー!!』


 上機嫌に鼻歌を歌いながら、ゼファーは夜空の闇を翼で打つ。二人の上空に辿り着くと、オレはロープを垂らすのさ。彼女たちは、すぐにそのロープをよじ登ってきた。


 今夜も一仕事、完了したぜ。



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