第二話 『囚われの狐たち』 その29
……ゼファーと心を繋ぎ、アイリスの無事を確認する。相当の距離を歩かされていて、バテている……フリをしているな。負傷者を真似ているのさ。それに、もしもの時に備えて体力を回復させるために、歩いているわけだ。
狡猾だぜ。
さすが三十路も半ばを過ぎたスパイは違うよな?……まあ、こんなこと言うと睨まれそうだが―――ああ、嘘だろ?……ゼファーを見た。一瞬だけど。何か、自分に不利益な情報をオレが考えていると、エルフ系の人々は気がつくんだよな。
オレの心の声を彼女たちの耳は拾ったりするのだろうか?……わからない。そうでないことを祈ろう。
『あいりす、ぶじ!』
「そうだな。彼女は重要な『情報源』だ。手厚く保護するだろうよ。元・北天騎士たちが紳士であって良かったよ……さてと。『隠し砦』の方は……動きナシ」
「見張りは表だけを見張っているとでも、特務少尉に言われたのかもしれませんな」
「そうかもな。スパイの尋問に、気の短い北天騎士は向かないだろう。殺しかねない」
「それに、情報を隠しているのかもしれないであります……」
「ふむ。ありえるな」
……『狐』の情報を知りたがっている。『パナージュ家』のメンバーのことだろう。あるいは、オレに知らされていない秘密もあるのかもしれない。
そもそも、帝国軍のスパイどもは、一体、何をしにこの『ベイゼンハウド』にやって来たのだろうな……?分からんところだ。
「とにかく、今は行動開始だ」
「イエス。では、ゼファー、よろしくお願いするであります」
『うん!おろすね!』
ゼファーは羽ばたきを調整して、ゆっくりと高度を下げていく。オレとキュレネイがしがみついているロープをあの灰色の岩盤の裂け目を通り抜けて、あの『隠し砦』の床に到着する。
……オレは、キュレネイの頭を撫でる。
「セクハラでありますか?」
「違う。がんばれよって伝えたい」
「イエス。では、行って来るであります」
「『風』で盗み聞きする。危ない時は、敵を殺せ。アイリスを奪還する方法は、上空からロープでかっさらうという乱暴な手もある」
「……アイリス・パナージュは怒りそうでありますな」
「部下を無事に助けてやったんだ。怒ることはない」
多分な。
……いや。
それでも、怒るだろうな。
「……じゃあ、行け」
「団長も、上に」
「ああ。ゼファー」
『……おっけー……っ』
押し殺した声が響き、ゼファーは羽ばたいてくれる。上空へと戻る。オレはその作業と同時にロープをのぼって、ゼファーの背に座った。落ち着く。竜騎士サンの定位置は、やはり竜の背中だ。
ゼファーの首筋を撫でてやる。ゼファーは今夜は特殊で細かな飛び方をしてくれている。長距離を飛ぶよりも、この集中力を使う飛び方は疲れてしまうだろうな。
「……いい飛び方だぞ、ゼファー」
『うん……っ!』
「オレたちを岩盤にぶつけないように、よくやってくれた」
『えへへ。がんばったー……』
ご褒美に両手で首をナデナデしてやりたいところだが、集中力を保たなければならない。オレたちは戦場に救出すべき女性を二人残したままなのだから。
ゼファーがオレの気配を悟り、オレと心をつないでくれる。オレは『風』を使う。魔力も体力もかなり消耗しているが、『風』を使って盗み聞きをすることぐらい出来る。
ゼファーは視力を提供し。
オレは聴覚を提供するのさ。
二人してそれらの感覚を共有することで、オレたちは戦場を探る―――キュレネイ・ザトーが視界に現れる。無音の歩法を用いて、元・北天騎士たちの背後を取った。彼らは油断していた?……そうじゃない。キュレネイの無音の歩法がスゴいだけだ。
彼女の口が動く……。
竜と竜騎士の感覚が融け合い、『風』が集めた言葉を聞く。
「……動くな。未熟者どもが」
いきなり口調が悪い。そして態度も悪かった。『戦鎌』の刃を一人の兵士の首に背後から当てていた。そのせいで、五人もいる見張りたちは身動きが取れなくなる。
「だ、誰だ!?」
「な、何者!?」
「……動くなであります。私の襟元の階級章が見えないでありますか、この雑兵どもが」
キュレネイはいつもの通り無表情だし、その言葉は淡々としていて、感情が宿っていないように聞こえるが、ある意味、軍人っぽいというか、スパイらしくていいかもしれない。
「……と、特務少尉の階級章……っ!?」
「……ま、まさか……情報機関の……っ!?」
「こんな娘がか……っ!?」
「だが、気配を全く感じさせなかったぞ……とんでもない、実力者だ」
「……私がウルトラがつくほどの美少女スパイであることを、理解したようだな」
……ちょっと遊んでいる気がするな。美少女だけどさ?……あんまり自分で言わない方が可愛げあるような気もするんだが。しかも、あの言い方だと、ウルトラ可愛いって言いたいのか、スパイとしてウルトラな存在なのか、どっちか分からん。
まあ、両方なんだけどよ。
キュレネイ・ザトーの能力も美少女度合いも、最高なのさ。
「……私の名前は、アイラ・ローマン。特務少尉だ。兄、アイゼン・ローマンから聞いていないのか?スパイの合流があると?」
「い、いえ……聞かされておりません、ローマン特務少尉殿」
「……なるほどな。たしかに、お前たちの実力には疑問がある。兄上は、お前たちを確かめていたのだろう」
「確かめる、ですか?」
「そうだ。気がついていたか?……兄上が、私が縦穴から垂らしたロープを使い、捕虜と共に脱出したことを?」
「え!?」
「そ、そんな!?」
「まさか!?」
「……ふむ。どうやら、元・北天騎士たちの腕前も、知れたものだな……」
「そ、それは……」
「あまりにも侮辱が過ぎますぞ」
「……黙れ。能力の低さを、お前たちに証明したのは、今夜、私で二例目だ」
「……本当に、アイゼン・ローマン特務少尉は、捕虜を連れて……?」
「兄上の体力を疑うのか?……調べてくるがいい。ああ、そうだな、お前が行け。未熟が過ぎる。走って体を鍛えるがいい」
そう言いながらキュレネイは『戦鎌』で拘束していた兵士を解放してやる。兵士は、キュレネイに命じられて、大急ぎで『隠し砦』の奥まで走り、すぐに戻って来る。
「い、いません!特務少尉殿も、捕虜も!どこにも、いません!」
「まさか……ッ」
「オレたちに、気づかれないうちに……ッ」
「少尉だけならともかく、捕虜を連れてかよ……」
「実力差を、ローマン兄妹は示した。お前たちは、ずいぶんと未熟で、頼りがない。北天騎士であったのは、お前たちよりも上の世代までのようだな。この腑抜けどもが」
「……ッ」
「……っ」
キュレネイの言葉は辛辣だな。無表情フェイスから放たれる、無慈悲な言葉は元・北天騎士のプライドを痛めつけるのには十分だった。
「……兄上は……いや、特務少尉は捕虜を連れて我々の拠点に戻った。私の任務は、ここに運ばれ、我々が受け取る予定であった人物を渡してもらうことだ」
「……そ、そうでありましたか!」
「……な、なるほど……」
「……もうしばらく、お待ち下さい……あ、あそこに、現れました!彼らが、女スパイを捕まえているはずです」
「うむ……ご苦労だ」
キュレネイはそう語り、アイリスを捕らえたまま、その場に現れた30人ほどの帝国兵士の前に堂々とした態度で現れる。
彼女は大きな声で告げるのだ。
「私の名前はアイラ・ローマン特務少尉だ。捕虜をもらい受けに来たぞ。すみやかに、その女を引き渡せ」
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