第二話 『囚われの狐たち』 その22


 ゼファーで、その『隠し砦』の上空を旋回する。そうしながら、魔法の目玉の能力を解放するのさ……『ディープ・シーカー』。


 視界のなかから色彩が失われていき、あらゆる物体の輪郭が強調される。さらには時の流れもゆっくりと遅くなっていく。


 このモノクロの世界こそが、『ディープ・シーカー』。これがあれば、『隠し砦』の上空を一瞬で飛び去ってしまいながらの偵察でも、体感上は数分の観察に値するのだ。強い呪術の一つ。多用することは出来ないが、現状を把握するには最適の術である。


 『隠し砦』は木々が生い茂った丘の下に存在している。大地が横に裂けたような形状だな。そこには樽やら木箱やらが放置されてある。穴が開いているほどの、明らかに古いモノもあるし、最近この『隠し砦』に持ち込まれたらしい汚れのない樽もあった。


 帝国軍の兵士がいる。鎧は着ていないな……人数は、見える限りでは5人程度だ。全員が大剣を装備していたよ。


 元・北天騎士の部隊。ジークハルト・ギーオルガの部下たちだろう……そして、兵士ではいない者もいる。『隠し砦』の奥へと向かっているのが、モノクロの世界で確認出来る。


 コイツは、制服を着てはいない。


 ずいぶん大柄な男だな。革製のコートを羽織っているし……武装をしていないのか?剣も槍も斧も、威力のある鋼を装備していない。2メートルぐらいある大男。巨人族ならフツーだが、骨格から見るに、かなりデカい人間族ってところだ。


 鍛え上げられているな。


 そこらの元・北天騎士の若造どもより、戦闘能力は高く見える。コイツが帝国のスパイなのか?……『ゴルゴホ』の医者って風貌ではない。戦闘能力のあるスパイ……まあ、オレみたいな立場の男なのかもしれない。


 黒髪短髪の大男、どうにも異質な気配をまとったその人物が『隠し砦』の奥へと続く通路……というか、洞窟を歩いて行く―――あいつは『何処』に向かっているのか?……分からん。


 だが、『スパイの女の方』を捕らえたことは、すでにあの『隠し砦』の連中にも伝わっているはずだった。ヤツが『手持ちぶさた』なら、他の兵士たちと一緒に、この洞窟の前で『届けられる獲物』を待っているんじゃないかね?


 ……ただの直感になるが、アイツは『エド・クレイトン』の尋問に向かっている途中なんじゃないだろうか?


 あの巨体ならば『拷問者』としての威風は十分にある。ヤツに迫られるだけで、おそらく、世の中の大半の者が、素直に情報を提供してくれるんじゃないだろうか……体格ゆえに、ターゲットの追跡や捜査には向かない。目立ち過ぎるからな。


 ……拷問のスペシャリストならば、巨体と鈍重も許されそうだ。


 ……エド・クレイトンを殴りに行くのかもしれない。


 ……オレは『隠し砦』のシンプルな構造を暗記する。洞窟を利用しただけのものだ。森から生えている砦たちと異なり、戦闘用の複雑さはない。物資保管庫という性格が強いものかもしれないな。


 森から生える砦たちを養う、補給の要だ。こういう拠点があれば有事の際に、放置してある砦に物資を供給して復旧させることも可能というわけか。


 まあ、立て込めなくもないが、そういう使用方法には適していないようなシンプルさだ。倉庫と幾つかの部屋があるだけ……オレのような蛮族のアホな頭でも、構造を暗記することぐらいは出来たよ。


 『ディープ・シーカー』を解除する。世界に色彩が復活して、それと同時に時間の流れも元に戻っていく。


「偵察は、完了したでありますか?」


「……ああ。帝国のスパイを見つけたと思う」


「どんな人物でありますか?」


「見る限り、武闘派。戦闘能力は高そうだったな。オレの予想では、拷問担当。ムダな厳つさと巨体がある。隠密行動には向かない」


「拷問……では、エド・クレイトンも?」


「……勘が頼りになるが、ヤツは一番奥の部屋に向かっているようだった。そこに、エド・クレイトンがいるのかもしれない」


「ふむふむ。それで、団長、あの穴の構造は……?」


「あまり複雑な構造をしていない。ただの倉庫であるようだ。間隔の広いドアが幾つかあった。広さからして、おそらくは倉庫以外の地下施設ではないだろうよ」


 ムダに広い部屋?……そんなものを、わざわざ作るとすれば、それしか考えられないな。


「倉庫でありますか……」


「そうだ。物資を長期間保存しておく、砦たちの『栄養源』ってところだろう。そんな印象を受けた」


「倉庫。つまりシンプルな構造をしている」


「ああ」


「……忍び込む場所も、少ないでありますな」


「そうだな。しかし、一つ、思い当たるところがある」


「どこでありますか?」


「ゼファー、あの『隠し砦』の上空から、空に向かって風が吹き上がる場所はないか?」


 魔眼で調べることは出来るが、魔力の温存をはかる。『ディープ・シーカー』を使うと魔力をかなり消耗するんだよ。間違いなく、最高の偵察道具だがな……。


 強い能力には代償がつきものというわけだよ。


『んーと……』


 ゼファーが調べ始める。金色に輝く竜の眼に魔力を捧げて、風を見ようとするのさ。方法?……枝や葉っぱが変な揺れ方をしている場所があればいい……。


「……なるほど。風洞でありますか」


「ああ。食料を保存するには、そういう環境を利用すればいい……風が吹き抜ける洞穴は涼しいもんさ」


『……ある!……みつけたよ、『どーじぇ』!』


「ククク!よくやった!」


『かぜが、したからふきあがっているところがある。あそこに、あながあるよ……』


「では、そこから侵入してやるでありますな」


「そうしよう。正面から向かって5人を殺すのは簡単だが、無音のままに殺すのは難しい……そうなれば」


「スパイの拷問官にバレてしまう。エド・クレイトンに危険が及ぶ可能性がありますな」


「ああ。そいつは良くない……可能なら、エド・クレイトンを回収すべきだな。彼だけでなく、あのスパイも」


「拷問野郎を拷問して、情報を吐かせるでありますな」


「そういうことだ。アイリスの部下に損害を与えたヤツらだ。その身をもって償ってもらおうじゃないか」


 素直に吐くとは思わないが、それでもいい。


 帝国のスパイ。そんな厄介な連中が一人でも減ってくれるのならば、オレたちの今後の仕事がしやすくなるというものさ。


 アイリスが拷問したり分析したりすれば、何も吐かなくても情報を回収することが出来るかもしれん。


 オレには思いつかないことも、スパイの道のベテランである彼女ならば、思いつけてしまうだろうからな。


「……ゼファー、穴の上空に。オレたちは、そこからロープを伝って降りる」


『らじゃー!』


 ゼファーは翼を器用に操り、夜空の中で巨体を揺らす。


 地上から吹き上がる風の道……それが、オレにも見える。いや、正確には感じるな。竜騎士の肌は、風を読むことに長けているのだ。


「穴があるでありますな。風洞です」


「そうだ、あそこから、穴を降りて内部に入る」


「ふむ。そこでエド・クレイトンを捜索、いれば救助する」


「ああ。その上で、あの大男のスパイも回収したい」


「……なら、ゼファー、我々が降りていくロープを咥えたままでいるでありますぞ」


『らじゃー。『すぱい』を、ぼくのろーぷで、ひきずりあげてやるんだね?』


「頼むぜ、オレにゼファー。オレと連携しながらやれば、十分に可能な行いだよ」


『うん。『どーじぇ』、きゅれねい、きをつけてね!』


「イエス。行ってくるであります」


 キュレネイがそう言いながら、ゼファーの背からロープを投げ下ろす。身軽な彼女はそれを伝って、するすると地上に向かう。


 黒い森の木々が無い場所に、灰色の岩盤の裂け目が見えた。『隠し砦』のもう一つの穴だ。入り口から入る風が、あそこを通り抜ける度に、洞窟内から温度と湿気を奪うのさ。


 食料の保存には向く構造。


 今が、もしも戦の最中であれば、あの『縦穴』に対しても見張りの一人がついたのかもしれない。しかし、この土地では戦をしていないからな……何よりも、スパイの捜索に人材を割いて人手不足というわけだ。


 見張りは誰もいない。


 あの縦穴の奥も、無人……その近くに、あの大男が向かった部屋がある。どちらも同じ部屋にいる……そうだとすれば、楽な仕事になりそうだがな。


 ……エド・クレイトンが死んでいるか、生きられそうにな深手を負っていれば……。


 彼の死体の回収よりも、あの大男を生かして捕らえることを優先しよう。


 ……エド・クレイトンが生きていて、生存が十分に可能である状態であったら……。


 エドの生存を最優先しよう。


 大男が想像以上の抵抗をしたときは……殺してしまうとするか。


 ……そっちの方が、仕事としては楽なんだがな……。


 さてと、キュレネイの後に続くとしようかね。



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